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ユーザーが「キャリアメール」に求めるものは何なのか

2012.01.11

Updated by Asako Itagaki on January 11, 2012, 15:00 pm JST

2011年末、街がクリスマス気分に浮かれていた12月20日に発生したドコモのspモード障害。スマートフォンのspモードアプリに設定されるメールアドレスが他人のものとすり替わってしまうという、通信事業者にはあってはならないトラブルだった。

初期からのスマートフォンユーザーの中には「スマートフォンなんだからメールはGmailを使えばいいじゃない」で済ませてしまう人もいる。だが、2010年の春、初代XperiaやDesireの発売でスマートフォンの認知が広がりつつあった時期、アーリーアダプターではないユーザーの一般的な反応は「たしかに便利そうだけど、でもケータイのメールアドレスそのまま使えないんだよね?」だった。その問題を認識したキャリア各社による「キャリアメール対応」で、「ケータイのメールアドレスがそのまま使える」ようになったことが、日本における急速なスマートフォンシフトを後押ししていることは疑いがない。

「ケータイのメールアドレス、使えないんでしょ?」の意味

ところで、「ケータイのメール」といえば、ユーザーはどのようなものを想定しているのかを考えてみよう。「ケータイを使って送受信できる」というのは大前提であるが、その際の送受信の相手にも、ケータイを想定していることが多いのではないだろうか。その場合、「メールの着信は即時であり、同時に受信者に通知される」という暗黙の了解がある。だから日本では「携帯電話のメールが遅延した」ことがニュースになるし、「メールにすぐに返事をくれなかった」という理由で、今日もどこかで痴話喧嘩が発生するのだ。

これは「ケータイの機能」をユーザーがどう定義しているのかという問題でもある。常に手の届くところにあり、音声であれメールであれ、自分宛の連絡があった場合には(即時に応答するかどうかは別として)リアルタイムで知ることができるというのはケータイの基本機能であると見なされている。もちろん世界の事情を見れば必ずしもそうではないし、日本でそう思われているのは、通信事業者各社のサービスレベルの高さによるところが大きいのだが。

そのような状況下で、フィーチャーフォンからスマートフォンに乗り換えを勧められたユーザーが「でもケータイのメールアドレス使えないんでしょ?」と言う時には、何が障壁になっていたのだろうか。「メールアドレスの変更通知が面倒だ」という理由はたしかにあるが、これは、キャリアが違えばフィーチャーフォンのキャリアメール同士の乗り換えでも発生した問題だ。では「キャリアメールでなくては困ること」は何かといえば、おそらく2つあったと思われる。1つは即時性の問題、もう1つは迷惑メールフィルターの問題だ。

即時性の問題については、キャリアメールの場合はメールの着信時にプッシュ通知がされるのに対し、例えばGmailに乗り換えた場合に、即時に通知されるのかどうかという点で、ユーザーは不安を感じていたのではないだろうか。最初から「メール」機能が端末にインストールされており、契約後すぐにメールを使えるフィーチャーフォンと違い、スマートフォンでGmailを利用する場合は、自分でアカウントを設定した後、同期設定を行う必要がある。知っていればどうということはない操作だが、そもそも「Gmail」といえば「パソコンのブラウザを自分で開いて、Webメールにアクセスして読むもの」という程度の認識のユーザーにとっては、「Gmailを携帯に」と言われてもはたして本当にリアルタイムに届くのか、不安を感じるのは無理もない。

それでもGmailの問題については自分で調べて解決できることだが、迷惑メールフィルタの問題は自分ではなく、自分のメールを受信する「相手」の問題だ。メールを送りたい相手が携帯・PHSからのメールだけを受信するという設定にしていると、Gmailのアドレスで送信したメールは届かない。事前に、自分からメールを送る可能性がある全ての相手に、自分のGmailアドレスを受信する設定に変更を頼むのは難しいし、そもそも「迷惑メールフィルタ」の設定方法が分からず、ショップの店員に頼んで設定してもらっているようなユーザーが相手ではお手上げだ(私自身も、両親を相手に、電話で「アドレス指定受信」のやり方を伝えようとして挫折し、帰省時に全部設定しなおした経験がある)。

「ケータイのメールアドレス、使えないんでしょ?」という言葉の裏には、こうした状況を「キャリアメールが使えない」=「ケータイにメールが届かなくなる、あるいは届いたことに気付かない可能性がある」と認識している可能性があることは頭におく必要がある。

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コンテンツプロバイダーから見た「ケータイアドレス」の意味

別の視点から考えてみる。ユーザーの立場から言えば、「ケータイのメールアドレス」は「自分のケータイ宛にメールを送信するためのメールアドレス」である。しかしキャリアから見れば、キャリアメールのアドレスは自社が提供する「iモード」「EZWeb」などのインターネット接続サービスの利用者向けのメッセージングサービスのためのユーザーIDであると言うことができる。すなわち、携帯電話キャリアが提供する接続サービス、「ケータイインターネット」の一部として、一体化して提供されることになる。

このことは、コンテンツプロバイダーから見れば、「キャリアメールのメールアドレス」=「契約情報と紐付いており、ユーザーの存在が担保されたメールアドレス」として扱えることにつながる。また、キャリア自身も、その一意性とクローズドなネットワークを活かして、キャリアメールのアドレスをIDとして利用して料金回収を代行する決済プラットフォームを整備してきた。

もちろん、携帯のメッセージングサービスなので、「着信すると携帯が鳴り、本人が確実に見る」「常に携帯しているケータイの中にメールが残る」という点も、「メールを配信しても本当に開かれているか疑わしい」と言われているインターネットメールに比べれば、配信する側からは大きなメリットである。飲食店などのモバイルクーポンサービスの登録やキャンペーンの応募には、決済とは関係なく、キャリアメールアドレスを要求されることが多くなっている。

また、ケータイインターネットの範囲を超えて、「キャリアメールのアドレスが認証情報として必要なサービス」は広がっている。例えばmixiでは、新規登録時に、個人情報を全部入力させて最後に「携帯メールアドレスの登録」もしくは「QRコードによる携帯電話の認証」が要求され、その理由を「複数アカウントの登録を禁止するため、携帯電話の認証機能を使用している」と説明している。

そうした機能を利用しているサービスプロバイダーから見れば、「ケータイのメールアドレス」は、単なる「メールの宛先」ではなく、信頼性をキャリアが担保する課金情報であり、認証情報なのだ。だから、誰でも匿名でアカウントが無制限に作成できてしまうGmailでは代替できず、「キャリアメール」であることにこだわる必要がある。

再度ユーザーの視点に戻ると、キャリアメールは、「端末の画面から機能を選べば利用できる」のであり、複雑な設定は何も必要ない。その電話が誰のもので、誰とどのような契約をしているかという情報は全てキャリアが管理するワンストップサービスである。スマートフォン以前の日本のキャリアが作り上げたこの世界の利便性を、コンテンツプロバイダーも、ユーザーも、そしてネット上にとどまらないさまざまなサービス事業者も享受してきた。

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「iモードと同等の使い勝手」を至上命題にしたspモードメール

さて、ここにやって来たのが黒船「スマートフォン」である。インターネットに接続することが前提であったとしても、一部のアーリーアダプター以外のユーザーにとっては、「高機能なケータイ」であり、ケータイである以上、ケータイが持つ基本機能は満たさなくては買い換えの選択肢には入らない。

先に見てきたように、ケータイインターネットに慣れたユーザーにとって、キャリアメールが使えるということはケータイの「基本機能」であり、そこにはメールの送受信だけでなくキャリア課金を利用した決済プラットフォームやさまざまなコンテンツサービスまでが含まれる。

ドコモのspモードは、そうしたユーザーのニーズを汲んで、「スマートフォンでもケータイの基本機能をそのままに使えるネットワーク」を実現するためのサービス提供基盤として開発されたと言ってよいだろう。NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル Vol. 18 No. 3「2010年スマートフォン新サービス・機能-スマートフォン向けサービス提供基盤-」 [PDF]には、spモード契約の標準サービスとして、「インターネット接続」「メールサービス」「コンテンツ決済サービス」の3つを挙げている。また、iモードからspモードへの移行、spモードからiモードへの移行では、メールアドレス、パスワードや迷惑メールフィルタなどの設定は引き継ぐことになっている。

また、spモードのメールクライアントについては、「汎用プロトコルであるPOP3S/SMTPSを採用することで、OSバージョンアップによるメールクライアントへの影響を最小限にとどめる」としている(NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル Vol. 18 No. 3「2010年スマートフォン新サービス・機能-spモードのメールサービス-」 [PDF]より)が、一般的なPOP3S/SMTPSのメールクライアントでは、ユーザー認証時に必要となるメールアカウントの設定をユーザーが行う必要がある。同記事では、「そこで、spモードメールでは、プロビジョニング機能を用意し、メールアカウントの設定作業を不要とした」としている。メール送受信ができるという機能だけでなく、「使い勝手までケータイメールと同じに」するための仕組みである。

この「プロビジョニング機能」が実際にどのようなシステム上で実現されているのかを表したのが次の図だ。なお、CiRCUS(treasure Casket of i-mode service,high Reliability platform for CUStomer)はiモードのメールサービスやiモードサイトへのアクセスなどを提供するプラットフォームであり、MAPS(Multi-Access Platform System)は、FOMAを中心としたさまざまなアクセス回線から、インターネット接続や企業システム接続などを提供しているプラットフォームである。

▼spモードの接続とメール送受信(NTTドコモへの取材とNTT DOCOMOテクニカル・ジャーナルVol18 No.3を参考に筆者作成)
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まず、スマートフォンからspモードへの接続時には、コアネットワークで保持している加入者プロファイルでspモード契約状況やパケット定額サービスへの加入有無などを判定し、spモード契約者のみにRADIUS認証でIPアドレスを払い出す(1)。

spモードの契約者情報として管理されているメールアドレス、iモード/spモードパスワード、迷惑メール設定は、CiRCUS側で管理されている。メールアドレスやspモードパスワード等ををCiRCUSからMAPSに引き渡すための情報連携(2)には、(1)でIPアドレスと紐づけられた電話番号が用いられる。

ドコモでは、プロビジョニング機能を実現するために、ドコモ独自サービスを正規アプリのみに限定し、「独自認証」で正規アプリであることを認証できた場合にのみ、認証情報を払い出すという仕様を採用している(3)。こうすることで、電話番号と紐づけられたIPアドレスを持つクライアントに対して、POP3S/SMTPSで、対応するメールアドレスのメールが送受信できるようになる(4)。また、契約情報の確認や変更などの各種設定は図内の「設定サイト」を通してブラウザで表示される。

なお、外部と通信するメールサーバーはCiRCUSにあるiモードメールサーバーと一元化されている(5)。迷惑メールフィルタなどの処理はそちらで行い、CiRCUS側が契約情報を判定して、spモード宛と判断されたメールのみがMAPS上のSPモードメールサーバー経由でspモードメールボックスに格納される。新着メール着信時には、メールを受信するための情報が特殊なSMSでメールクライアントに送信され、この情報に基づいてメールクライアントはPOP3Sでspモードメールボックスからメール取得を行う。

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2011年12月20日に発生したspモードの障害

2011年12月20日に発生したspモードの障害では、通信中のセッションが光ケーブルの通信断により切断され、その後一斉に再接続を要求したときの輻輳により、端末に新たに払い出されたIPアドレスとMAPSのセッション管理サーバーが保持していたIPアドレスの間に不整合が生じた。その結果、IPアドレスに紐づけられた他人の電話番号に基づき、契約情報が引き出されることになった。

ドコモの報道発表資料の図に沿って説明すると、セッション管理サーバーがCというユーザーに割り当てていたIPアドレスXが、交換機によって別のユーザーAに払い出されてしまうと、プロビジョニング機能によって、ユーザーAの端末にはユーザーCのメールアドレスが割り当てられ、Cのメールボックスにもアクセスが可能になってしまったのだ。

▼発生した事象のイメージ(報道発表資料より)
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接続のたびに変わり、しかも再利用が前提となっているIPアドレスでは、今回のような事故発生の可能性が排除できない。このような実装を行った理由として、ドコモでは「spモードシステムはIP網の中で動いており、パケットのIPアドレスとユーザーをひも付けるのは自然の発想だった」と説明したと報じられているが、産業技術総合研究所 情報セキュリティ研究センターの高木浩光主任研究員は、「iモードと同じ使い勝手とHTTPSへの対応を両立する必要があったからではないか」と指摘している(「高木浩光@自宅の日記 - spモードはなぜIPアドレスに頼らざるを得なかったか」より。 なお、高木氏のこの記事は、今回の問題について、セキュリティ専門家の視点からさまざまな考察がされており、一読をおすすめする)。

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「同じ使い勝手」を求めていたのは誰なのか

スマートフォンの乗り換えを検討しているユーザーが求めているのは、「スマートフォンを使って、キャリアメールやそれを利用した認証や決済の仕組みを使える」ことであり、コンテンツプロバイダーを含むサービス提供者が求めているのは、「キャリアメールという信頼性があるIDや課金代行システムをスマートフォンでも使いたい」ということであろう。そこでドコモが目指した「iモードと同じ使い勝手の提供」は、ユーザーやサービス提供者にとって必須の要件だったのだろうか、というのが、今回の問題を追っていて私が感じた疑問だ。

例えば、「メールクライアントに自分のメールアドレスとパスワードを入力する」という、PCでメールクライアントを設定したことがある人から見れば当然の操作も、「メールはケータイしか使ったことがない」という人には敷居が高いだろう。機器類の操作が苦手で、何度やってもやり方が理解できないという人もいるのは確かだ。しかし、「やればできる」ユーザーであっても、「慣れ親しんだフィーチャーフォンと同じ使い勝手と、スマートフォンの標準に合わせることで従来とは異なる操作体系、どちらがいいですか」と聞けば、大多数のユーザーは「慣れている方が良い」と答えるのではないか。

だからといって「スマートフォンでも従来と同じ使い勝手を目指す」とキャリアが一方的に決めるのではなく、ユーザーがどこまでの変化が許容できるのかきめ細かく精査して、標準に合わせられるものは合わせ、変える必要があるところはユーザーにも理解を求め、どうしても無理なユーザーにはスマートフォンよりもフィーチャーフォンをすすめるのが本来のあり方ではないだろうか。「誰にでも従来と同じように使わせる」ために、セキュリティ上の冒険までしてしまうのは許されることではない。「スマートフォンにもiモードと同じ使い勝手」を求めていたのは、ユーザーではなく、スマートフォンを売りたいドコモだったのではないか。

「キャリアメールなんかやめてGmailを使えばいいのに」というのは、キャリアメールのアドレスが単なるメールアドレスを超えてさまざまな役割を担っている現状を考えると、難しい。だからこそ、「キャリアメールをスマートフォンで使うための努力」を、ユーザーにどこまで期待できるのかについて、今回事故を起こしたドコモだけではなく、キャリア各社にはもう一度真剣に考え直していただきたいと思う。

【参照情報】
NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル Vol. 18 No. 3「2010年スマートフォン新サービス・機能-スマートフォン向けサービス提供基盤-」 [PDF]
NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル Vol. 18 No. 3「2010年スマートフォン新サービス・機能-spモードのメールサービス-」 [PDF]
spモード不具合に伴うお客様への影響と今後の対応について(NTTドコモ 報道発表資料)
spモードはなぜIPアドレスに頼らざるを得なかったか(高木浩光@自宅の日記 )

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。