WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

"なんでもM2M"を実現する低価格M2Mチップのインパクト

2012.04.11

Updated by Naohisa Iwamoto on April 11, 2012, 12:00 pm JST

組み込みソフト開発などを手がけるアプリックスが、M2M(マシンツーマシン)向けのICチップ開発と提供に向けてまい進している。2012年2月29日に発表があったそのチップ群は、通称を「千里眼」という。千里眼のチップを使ったソリューションの構想とデモを通じて、M2Mの今後に与えるインパクトを確かめてみた。

遠隔地の状況を手軽に確認できるソリューション

千里眼とは、遠くの物事を手に取るように見られる空想上の超能力だ。ある意味でテレビも千里眼を具現化したツールと言えるだろうが、なぜ、M2M向けのICチップに千里眼という通称をつけているのか。アプリックスなどを傘下に擁するガイアホールディングス代表取締役の郡山龍氏はこう言う。「M2Mと言うと、機械と機械が通信するイメージがありますが、実際のM2Mのソリューションの多くは人と人のコミュニケーションの仲立ちをするものです。物理的に離れた場所で起こっていることを手元で確認できる。これこそ千里眼の名にふさわしいソリューションだと考えたのです」。離れた顧客の元で発生している状況がWebサービスをチェックするだけで逐一わかる――これは確かに一種の千里眼と言えそうだ。

M2Mにはさまざまなソリューションがあり、実用化されているものも少なくない。ガスなどの検針、自動販売機の在庫管理、デジタルサイネージなどもその一種に入れれば、すでに多くのM2Mソリューションが身の回りにあるように感じる。しかし、千里眼が目指すのは、もっと身近なソリューションを実現することである。郡山氏は「すべての機器がネットワークにつながることでM2Mの意味が生じる」と言う。安価な機器であってもM2Mの機能を付加できるようにするには、非常に安価なM2Mチップが必要になる。そのため、千里眼では「最も安いチップは100円以下で提供したい」(郡山氏)と目標を定める。コーヒーメーカーの残量や加湿器の給水タンクの状況、体重計の数値であっても、ネットワークに接続して活用できるようにするための目標だ。

▼千里眼を使えば、こうしたエクササイズ機器もM2Mのソリューションに取り込めるようになる
20120410_aplix001.jpg

千里眼のチップは、3世代に分けて開発を進めている。第1世代が、機器からシリアルでデータを取り込むタイプ。第2世代は、機器ボタンやディスプレイからデジタルデータを取り込みもの。第3世代は、アナログのデータまで取り込めるチップである。ネットワークへの通信手段としては、3Gモジュールを直接接続する方法と、スマートフォンをステッピングストーンにする方法を考えている。第1世代のチップは、3Gモジュールを接続するタイプになるが、第2世代と第3世代では低消費電力なBluetooth LEの機能をM2Mチップに埋め込むことで、Bluetoothでスマートフォンなどにデータを送り、ネットと連携させる手法も利用できるようにする。体重計や血圧計のデータのようにリアルタイムでネットと連携する必要がないものならば、データはBluetoothでスマートフォンに送ってアプリに蓄積しておき、必要に応じてサーバーに転送すればいいという考え方だ。それにより、3G通信モジュールにかかるハードや運用のコストを不要にし、100円以下のM2Mチップの提供を実現させる。

第1世代のチップはこの4月に製品化する計画だ。第2世代は2012年末から2013年の年明けを、第3世代は2013年末から2014年初頭の製品化を目指している。

===

どんな機器でも"M2M対応"にできる

アプリックスでは、千里眼のソリューションを実体験できるようにいくつかのデモを用意していて、それを見せてもらうことができた。

その1つが、体重計のデモ。体重計の液晶画面の表示のためのデータを千里眼で取り出し、これをクラウドに送信する。具体的には、体重の数字を示すいわゆる"7セグメント"の1本ずつのバーのオン・オフ、男性/女性などといった各種の表示のオン・オフのデータを抜き出し、クラウドに送って「48kgと表示している」といった意味を解釈する。デモでは、それをスマートフォンに送ることで、リアルタイムに体重計の表示と同じ情報をスマートフォンの画面上に再現してみせた。デモではスマートフォンに「遠隔」表示するアプリケーションだったが、その数値データをクラウドに蓄積すればダイエットや健康管理のアプリケーションとして提供する本格的なサービスが提供できる。また、各種のエクササイズ機器に千里眼を取り付けることで、リアルタイムのエクササイズ情報をスマートフォンで確認できるデモも用意されていた。これらは第2世代の千里眼チップに相当する機能を実装したもので、各種の機器からデジタルデータを取り出して、クラウドサービスで活用できるようにする。

▼体重計の液晶パネルに表示された情報を取り出してクラウドのサービスに送り、スマートフォンの画面に表示させるデモ
20120410_aplix002.jpg

第1世代のチップのデモも用意されていた。機器のシリアル出力を、千里眼チップを内蔵したモジュールに取り込み、3G携帯電話のUSBドングルを介してネットワークと接続するデモである。具体的には、バーコードリーダーやトイカメラ、血圧計などのデモがあった。バーコードリーダーのデモは、書籍のISBMコードを読み込むとクラウドにそのデータを送信し、スマートフォンにはAmazonのその書籍のページを表示させるというもの。トイカメラは撮影したデータを即座にクラウドにアップ、血圧計のデータも測定した後にクラウドにすぐにアップされる。今まで、M2Mとなかなか縁がなかったような機器も、ハードウエアのコストを掛けずにクラウドサービスと連携させるソリューションの一員にできることを示していた。撮影が許可されなかったため、写真で様子をお伝えできないのが残念だ。

M2Mソリューションの延長線上にあるものとして、スマートフォンを特定のハードウエアから操作できるコント-ローラのデモもあった。これは、第一にゲームなどを想定したもので、ゲーム用のタイコ型やキーボード楽器型などのコントローラに千里眼のチップを埋め込み、Bluetoothで制御信号を飛ばすことによりさまざまなハードウエアからスマートフォンを操作できるようになる。将来的には、ゲーム以外の業務用途などでも、専用ハードウエアから汎用のスマートフォンを操作するソリューションに活用できると考えられる。

▼千里眼のチップを埋め込んだゲーム用のコントローラを使ってスマートフォンのゲームを楽しむデモ
20120410_aplix003.jpg

===

M2Mサービスを手軽に提供できる環境を作る

M2Mのソリューションを語るときに、多くのケースでは「M2Mプラットフォームの整備」や「デバイスやアプリケーションとの共通インタフェース仕様」などを挙げる。それがM2Mの広がりに必要なことは、一つの事実だろう。しかし、アプリックスの取り組みを見ていると、M2Mのためのプラットフォームやインタフェースの整備は、M2Mの広がりの中では一部の要件でしかないようにも感じられてくる。

アプリックスの描くM2Mの世界は、きっちりとしたプラットフォームや標準APIを整えた重厚なソリューションではない。郡山氏は「毎日の血圧のデータを収集するために、APIを作ってプラットフォームを整備する必要があるでしょうか。収集したデータがWeb APIで得られればいいのであって、汎用の重いAPIは不要だと思います」と言う。重厚なソリューションではなく、情報収集が必要な機器にICチップを入れるだけで、さまざまな企業が手軽にサービスを提供できるようにすること。そのためにアプリックスは、ICチップとWeb経由で遠隔からもデータが得られる「サービス」の双方を提供するとの説明である。

家庭にあるようなさまざまな機器が、100円もしないチップを埋め込んだら通信対応になり、スマートフォンを経由してデータを活用する「サービス」につながる。そのサービスは、加湿器の水切れをスマートフォンの画面に知らせてくれるものであったり、パソコンのボタンひとつでお風呂を沸かせるものだったりするかもしれない。そんな単純明快なアプリもM2Mのソリューションに含まれてくるとすれば、M2Mの広がりは半端ではない数になる。アプリックスが描くM2Mソリューションが実現する日がくると、M2Mビジネスは飛躍的に規模が拡大することになりそうだ。

【関連記事】
ソフトビジネスを再定義、M2M向けICチップ製造にも乗り出すアプリックスの狙い

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。