「モラルジレンマ」の克服は、ビジネス革新への第一歩
2012.08.24
Updated by WirelessWire News編集部 on August 24, 2012, 10:00 am JST
2012.08.24
Updated by WirelessWire News編集部 on August 24, 2012, 10:00 am JST
政治哲学の理解は互いの立場の理解につながり、交渉力も上がると小林正弥氏は説く。その政治哲学をふまえた上で、今後の指針や突破口となりうるモラルジレンマの設定と、具体的な議論の仕方についてお話しいただいた。[聞き手:nikkei BPnet/BizCOLLEGE編集長 藤田宏之]
小林 正弥(こばやし まさや)
1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2010年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。1995〜97年、ケンブリッジ大学社会政治学部客員研究員及びセルウィン・コレッジ準フェロー。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も努める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か──公共哲学から考える』(平凡社新書)など多数。監訳・解説書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。
──「功利主義」「リベラリズム」「リバタリアニズム」「コミュニタリアニズム」という4つの政治哲学の原理や考え方を、具体的な「モラルジレンマ」に落とし込んで解決方法を探ることが、働き方や問題解決のヒントになると伺いました。モラルジレンマの詳細と生まれた背景を聞かせてもらえますか。
小林:経済的利益と社会的貢献は、企業にとって重要なテーマです。企業の活動において、CSR、社会的責任を重視しなければならないという考え方が増えてきました。そこに、モラルジレンマが生じてくるのです。
少し前では、リバタリアン(政治的自由、経済的自由を重視する発想。ネオリベラルとほぼ同じ意味)的な考え方が主流でしたから、目標はあくまでも「企業の利益、株主の利益を最大化する」でした。ある意味単純でわかりやすい目標なので、そこにジレンマは生じていませんでした。
しかし、それが行き過ぎたために、企業の不祥事として問題が表面化したり、マクロな視点で見るとリーマンショックのような市場経済自体の破綻、動揺があったりしたわけです。
ですからリーマンショック以降、多くの人びとはリバタリアン的考え方は問題だったと気がつき始め、コミュタリアン(美徳を中心に正義を考える発想)的な考え方が注目されるようになってきました。
ただ一方で、コミュタリアン的な考え方には、倫理的、精神的なものが必要になります。道徳が必要という考え方は尊いと多くの人は考えますし、とりわけ日本人はその傾向が強い。しかし、そうは言っても利益が上がらなければ企業は成り立たなくなり、ひいては従業員もクビになってしまう問題も生じるわけです。
結局、このふたつの、一見相矛盾するジレンマをどう解くかが、個別の事例ごとに問われてきます。
東日本大震災を機に生じたジレンマも多くありますよね。原発事故の問題を例に挙げると、一方で経済成長と社の利益を上げるために邁進しながらも、他方では安全対策をとるためのコストを引き受ける必要がある。もちろん、いくらでもお金があれば安全対策のためにコストをしっかりかける方法がベストですが、それがなかなか難しい中で、実際に大災害が起こってしまった。そこでいま、安全対策をどこまでやればいいのかが問われています。
ジレンマは、その局面局面で変わるもの。例えば、企業の体力がある時ならば、長期的な信用やブランド作りのためにお金をかけ、しっかり対策することができるでしょう。他方で、倒産しそうな時はそれがままならない。従業員の雇用を優先したり、現時点においては安全対策を完全には行わない選択をせざるを得ない場合もあるでしょう。
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小林:ジレンマとして問題意識を持ち続けるということは、「いまは無理でも将来する」「いま対策ができなくても、次の商品開発時に対応する」ということが可能になります。それが将来につながるし、少なくともユッケ食中毒死亡事件のような、あきらかな問題として一気に表面化し、倒産しかねなくなるようなことは避けられます。具体的な状況と社会的責任、両方のせめぎ合いの中でどうバランスをとるかを考えることが大切です。
──私自身、どこかで倫理的な観点がビジネスに必要だと最近とみに感じています。
小林:私やサンデル教授が提唱するコミュニタリアニズム的な考え方の基となった、アリストテレス的な発想では、ジレンマの中で「賢慮」に基づく判断が必要だと説いています。このためには普段から美徳を心がけることが必要、といった考え方ですね。プラトン的な発想で言うと、「アイデア」が生まれるからです。ジレンマに苦しむ中で、より優れたアイデアを得て、商品開発や販売に活かしていく。ある意味では、ジレンマに悩むからこそ解決策が出てくるのです。
アリストテレスにせよプラトンにせよ、美徳を重視する考え方は、単にきれいごとと捉えられがちです。しかし、ジレンマを克服する方策と考えれば、具体的なビジネスを考え、発展させるのに大きく貢献してくれます。サンデル教授ら、コミュニタリアニズムの立場をとっている人たちは、こうしたギリシャ的な発想を発展させ、意見が一致しない道徳的問題についても公共的に積極的に議論していくべきだと主張しています。
──ありがとうございました。
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