予想外といえば、エアタグ表示の出来も予想を超えていた。これはサービス品質に直接関わる問題であり、国際情勢に関わるインバウンドの低迷状況と比べると、開発者にとってより深刻な問題である。
「おもてナビ」は、セカイカメラが拓いたAR技術を、周辺にある観光施設のマークと施設紹介に利用し、重要なガイドの手段とする。例えば、神社でARカメラ画面をかざすと、鳥居や本殿建物などの上にそれぞれエアタグが浮かび、タップすると説明文や写真などを掲載した施設紹介画面が現れるという仕組みである。
しかし、蓋を開けてみると、エアタグが所定の位置に浮かばない。ARカメラ画面に表示される施設と大きくズレたところにエアタグが浮かぶし、場合によってはエアタグが浮かばす、また、施設が密集しているところではエアタグ同士の並び順も違って表示される。
この原因は、ユーザー現在地の測位精度の低さにある。スマートフォンによる測位は基本的にGPSを活用する。GPSなど衛星測位は、ローカル側で多点測位を行うので4つ以上の人工衛星が遮ることなく見通せている必要がある。しかし、そもそもGPSは米国が打ち上げた衛星なので日本列島上空に都合よく配置されているわけでなく、特に都市部の場合は高い建物の陰に衛星が隠れてなかなか精度を確保できない。誤差は通常で10メートル前後、場合によっては30メートル以上にもなる。
エアタグを表示する仕組みは、ユーザー現在地からみた対象施設の方位を割り出した上で、カメラの向きとの角度差を画面中心線からの距離に換算し、画面上に表示するというもの。そのため、予め対象施設の位置情報(緯度・経度)を与えておくと同時に、現在地の正確な位置情報をその都度把握することが何より重要である。
地図画面上で同じ表現をした場合、対象施設も、現在地も、一つのアイコンとして並び表示される。対象施設の位置はズレることなく、現在地が精度に応じて多少ズレるだけですむ。それに対してARカメラ画面の場合、エアタグの位置を対象施設と現在地の関数として割り出すことから、現在地のちょっとした誤差でも大きく増幅してしまうのである。
▼エアタグ表示の仕組み
測位精度については事前に理解し、カーナビやセカイカメラで体感していたつもりでいたものの、予想を超えた結果に正直驚いた。その後、現在に至るまで、測位精度は空間情報系アプリの最大の課題の一つとして、我々のみならず、多くの関係者によって様々な改善方法が検討されている。
意外に効果的な方法が、アナログの位置情報の補正である。建物施設をマークする場合、一般的に建物の中心点で位置情報を取得する。ただし、例えば道路からの奥行きが異なる建物が並んでいる場合、建物中心にプロットすると、ARカメラ画面で建物施設のエアタグの並びが変わってしまう。そこで、建物の位置情報を微妙に補正して、地図画面でみてもARカメラ画面でみても狂いが出ないようにする。この補正作業を応用して、現地でのズレ方や建物大きさを考慮しながら、現在地の測位誤差をできるだけ吸収するべく既存施設の位置情報を補正するのである。
また、大手システム会社TISが提供する情報配信プラットフォーム「SkyWare(スカイウェア)」(http://www.tis.jp/service_solution/skyware/)をみると、当初は「おもてナビ」と同様に、ARカメラ画面上で対象施設とエアタグとの1対1関係表示をしていたが、周辺施設のエアタグを施設の位置に関係なく取りまとめて表示する方法に途中変更している。
しかし、これらの方法はあくまで誤差を誤魔化す方法である。それに比べて、ネットワーク測位を活用した補強技術は、抜本的な対策といえる。これは、通信基地局のセル(通信可能な範囲)を測定する技術であるが、どちらかというと端末機種や測位環境に依存する技術であり、アプリ側で出来ることは少ない。一部地域でアイフォンがアンドロイド端末に比べて精度が高いというのも、ネットワーク測位技術と設備投資の差が通信キャリアごとに生じた結果である。
そして、決定的な対策は、準天頂衛星みちびきの補完・補強技術の導入である。測位精度は少なくとも一桁上がるといわれている。ただし、実用に耐える仕組みになるのが4機以上の衛星が打ち上がる2010年代後半であり、まだ5年以上の時間を要する。これら新しい測位技術の普及こそが、空間情報系アプリを不可欠な道具にする契機になるといえるが、詳しくは「測位空間」の章で触れていきたい。
このように「おもてナビ」の導入は波乱に充ちたものであったが、予想外の事態はこれだけでなかった。
(次回に続く)
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