しかし、普及したばかりのスマートフォンの場合はどうだろうか。
例えば、自分のデスクに座ってスマートフォンを使うといった静的な利用の場合、つまりパソコンと同じような使い方の場合、スクリーンサイズの影響で効果が割り引かれるとしても、没入効果はパソコンと同等である。しかし、まち歩きなどでユーザーが動き回る場合、スクリーンは常に揺れ動き、日光の反射などの影響も相まって、視覚による没入効果はまったく期待できない。
スマートフォンは、身につけて持ち歩くPC(≒ウェアラブルコンピュータ)」であり、本質的な役割はモバイル(可動性)にある。そこでは、ウェブ空間がパソコンをインターフェイスにして20年かけて築いてきた視覚による没入の仕掛けが思うように発揮されず、リアリティが感じられないのである。
前回まで述べてきたように、「おもてナビ」等によるまち歩きガイドの経験に照らし合わせても、屋外のナビゲーションでは、「視覚で得る情報」の効果は限定的で、聴覚(音声)が威力を発揮することがわかっている。むしろ再生音声を中心にして、「視覚で得る情報」を補完的に使うことが、情報提供サービスの効率を上げるだけでなく、ユーザーの身体の安全を守る上でも重要であった。
こうしたモバイル環境下でのメディア(知覚)の使い分けは、よく考えてみれば当然である。屋外のユーザーはスマートフォンのスクリーンを見ている間にも、現実空間で動き回っていることが多い。スクリーンを見るのが"ながら作業"となるので、パソコンと同様の没入効果を期待する方が間違っている。そして必然的に"ながら作業"が得意な音声再生(聴覚)が重宝されることになる。
なお、現実空間とウェブ空間を画像で重ね合わせる技術「ARカメラ」も、現状、屋外で使われることがほとんどである。屋外ユーザーの行動を想定し、"ながら作業"を前提とした情報提供方法を考えないかぎり、この新しい技術も宝の持ち腐れである。
こうした中で、再評価されているのが「ウェアラブルディスプレイ」である。
ウェアラブルディスプレイの歴史は古く、主にヘッドマウント(頭部装着)ディスプレイとして、映画『攻殻機動隊』『マイノリティリポート』をはじめSF作品に頻発に登場してきた。それただけでなく、2000年代半ばからコンピュータゲームやAV試聴用として内外のメーカーによって商品化が進められている。
ここで紹介するのが、オリンパス株式会社が2012年7月に発表した超小型ウェアラブルディスプレイの試作機「MEG4.0(メグ4.0)」である。従来のディスプレイは外界を遮断するタイプが多く、外界視界が確保されたものでも、透過型の反射板を用いるものが多かった。「Google Glass」もこのタイプである。一方、MEG4.0は、網膜に直接投影するタイプのディスプレイである。瞳孔径の半分程度の棒状光学系で映像を投影し、視界の端にバーチャル・スクリーンを現すと同時に、外界視界を確保する。
▼MEG4.0装着時の様子
耳の後ろに本体の耳かけ部分を挟みこんで使用する。メガネを利用する構造ではないので、誰にでも使える。総重量28gと意外なほど軽く、装着の違和感も少ない。ただ、光学系を支える可変性のバーが視界端の一部遮っている。
光学系の位置を自分で瞳孔に合わせると、突如としてスクリーンが浮かび上がってくる。これまで経験したことのない何とも不思議な感覚である。画像の解像度は320×240、スクリーンの大きさは1メートル先の7.9型画面相当である。スクリーンの輝度は想像以上に高い。1回の充電で15秒の間欠表示の場合8時間、連続表示の場合でも130分使用できるので、まち歩きの連続利用でも支障はない。
屋外の"ながら作業"での利用シーンを想定してみよう。スマートフォンとMEG4.0とはBluetoothで接続する。アプリの駆動に違いはないものの、その後スマートフォンは懐中にしまったまま、インターフェイスをすべてMEG4.0に委ねることかできる。アプリ操作や詳細情報を取りたい時にだけスマートフォンを懐から引っ張りだすといった使い方になるだろう。
驚くべきはMEG4.0が単なるディスプレイではなく、位置・方位・加速度の各センサーを内蔵している点である。例えば、「この方角を向くとキャラクターが浮かび上がる」という位置サービスを考えた場合、重要なのはユーザーの視線の方位になるが、MEG4.0が方位センサーとしての働きを十二分に果たしてくれる。
ただ、屋外利用を想定した場合、音声機能が欲しい。視覚と音声を組みあわせた情報提供ができれば屋外での"ながら作業"向けのサービス水準が飛躍的に高まる。また、わさわざスマートフォンを懐から取り出さなくとも、アプリの操作は音声エージェント機能にゆだねることも可能である。このようにセンサーをフルに活用した操作系インターフェイスや、空間情報系アプリの応用が期待できる。
いずれにせよ、スマートフォン全盛時代のUIは、モビリティや"ながら作業"を前提として、視覚×スクリーンという20年来の定型から大きく逸脱していくことは間違いない。そうした中でしばらく認知科学や人間工学の知見を生かしながら、技術的、デザイン的な模索が続いていくだろう。
▼MEG4.0を使った視界イメージ
(次回に続く)
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