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やがて訪れるデータ・エコノミー社会の将来像〜ビッグデータだけでは見えない情報社会の真実〜[第2回]荒川祐二氏「奪われた音楽との出会い」(2)

2013.02.27

Updated by on February 27, 2013, 18:30 pm JST

データは利用主体を意識しないと意味がない

──新しい新人の登場の仕方、させ方を考える必要があるのかもしれません。「そんな世の中への出方があったのか!」と思うような。そもそも、このような問題意識は音楽業界でどのくらい共有されているものなのでしょうか。

201302261600-2.jpg荒川氏:米国をはじめとしてSpotifyが、なぜいろんなサブスクリプションサービスの中で評価されているかというと、APIを開放し、いろんな形でアプリが提供されやすい環境を作り、音楽を発見しやすくしているからです。つまり、セレンディピティの演出が、うまい。

一方で、片や200万曲のサービス、片や1000万曲のサービスというと、やはり1000万曲の方がすごそうに見えます。だけど、個人にとって、その差がどれだけ実感できるのかというと、数だけで語るのはナンセンスです。なぜなら、たとえ1000万曲あっても、「僕が欲しい1曲」がなければ、無意味です。でも2万曲しかなくても、「僕が好きな5曲」があればそっちの方が全然いい。

私個人の最近の新しい音楽と出会うパターンとしては、Pandora(※)を聴いていて気になるアーティストがいたら、ブラウザのプラグインでSpotifyのアーカイブからアーティストを検索する。あれこれ聞いてみて気に入ったら、さらに似たようなアーティストを探して来る...、こんなサイクルが回ることによって、新しい出会いがある。

レコメンドエンジンとしてのパンドラは凄く優れていて、新しいアーティストによく出会うことが出来ます。

また、私がSpotifyで面白いと思う理由は、他にもあります。クラウド型サービスを展開している他の多くのサービスでは、ストアしている楽曲のうち実際に聞かれるのは2割という「2対8の法則」で動いています。しかし、Spotifyでは逆に、聴かれている曲が8割くらいに迫るほどのようです。

Spotifyは、すべてのデータを単に並列で置いておくだけではなくて、いろんな入口を作っています。かつ、そういう入口がないとダメだという意識がものすごく強い。

その傍らで、アメリカではクリケットという、主に「iPhoneは持ちたいけど高くて持てない」といったユーザー層を対象とした通信キャリアが、MUVE Musicというサービスを展開しています。オールインワンで定額、通話も出来て、月額50ドル。そこでさらに10ドル払うと音楽を端末にダウンロードし放題というサービスで、加入者が110万人いる。アメリカのSpotifyの有料会員数に匹敵している。

このように世界ではいろんな音楽への接し方、サービスの模索がされている中で、日本はどうなるのか。日本ではドメスティックアーティストの比率が非常に高く、マーケットの80%以上を占めています。そしてその中には大中小取り混ぜたタコツボが並列して存在しているわけです。このことは、欧米で成功しているサービスが日本上陸に際して大きなハードルになっているように思えます。

そして、アーティストプロモーションとしてテレビが非常に大きな影響力を保っています。例えば、ミュージックステーションに出ているアーティストに合わせて配信事業者がCMを打つと、瞬間風速的にそのアーティストの着うたがどーんと売れる。音楽に対して受動的な、このような購買パターンの傾向としては、どちらかというと地方在住で、ギャル・ヤンキーというような文化と親和性のある人たちだろうと言われています。

デジタルになると地域性は関係ないと言われながらも、実態としてはものすごく地域性がある。市場の仕組みや特性をロジカルに積み重ねて行って、エリアや世代ごとに推定しようとすると、想定される結果と実態が常に微妙に食い違っています。現状のままでは、地方の女の子が「Spotifyサイコー!いけてる!」ということにはならないのかもしれません。

(※)Pandora:パンドラ。米中心に展開している音楽発見サービス。無料(広告付き)と定額制の有料サービスがある。日本からもサービス利用可。

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デジタル時代の音楽産業に必要な情報基盤

──地方の女の子に、「Spotifyサイコー!」と言わせるためには何が足りないのでしょうか。サービスの良し悪しや音楽の出来不出来の前に今の日本の若者は、予想以上に使えるお金が無いという厳しい現実があります。だから無料じゃないと使ってくれない。そして作り手としても、費用の回収が間接的で時間を要してしまい、厳しくなっています。

そう考えると、若者は音楽を聴く機会が奪われています。CDレンタルもレコメンドとして機能していない、TVやラジオも聞きたい物が流れているわけじゃない。残るのはYouTubeとなってしまう。

若者の機会がないのは、産業側の理由です。メディアに限らず提供すべき人たちが自分たちのロジックでロックアップしてしまい、全方位的に機会を提供しなくなってきている。音楽に限らない話ですが、産業が中に閉じてしまっているように見えます。

荒川氏:音楽産業は、今年がクラウド元年、サブスクリプション元年だと沸き立っていて、私も「どうですか?」よく聞かれる。そこで「このあとの雲行きがわからない」と答えると、実に驚かれます。

日本の音楽産業で常に意識されるボリュームゾーン、マスターゲットは10代後半〜20代前半の人たちです。その層で多く聴かれている音楽というと、J-POP、アイドル、アニメソングなど、邦楽が中心でしょう。その一方Spotifyが欧米でどの年代に支持されているかというと、これも同じく20代前半がボリュームゾーンのようです。

ということは、Spotifyのようなクラウド型の新規サービスが日本でローンチし、20代前半をターゲットにする際に必要なのは、最新の邦楽ヒット曲が揃っている環境を作り上げることです。しかし現状においてはまだ難しいと言わざるを得ない。サービスを開始して、20代の女の子が自分の好きなアーティスト名を検索しても見つからないのであれば、その瞬間にそのサービスには二度と戻ってこない...、そんな動きが予想されます。

日本で先行したいくつかのサブスクリプションサービスが苦戦していることの影響のためか、Spotifyが神格化されすぎています。だから、Spotifyが受け入れられない展開が起きてしまうと、次の手を打ちづらくなってしまう...、そんなことが危惧されます。期待値が高すぎるがゆえに、初期のサービス品質次第では、大きな失望に代わりやすいためです。

──音楽業界では、市場構造のフラット化による収益ポイントの変化が起きましたが、ライブが必ずしもタダになってないように、すべての商品が0円に向かっているわけではありません。コピーにかかるコストがかからないデジタル財だけが、そういう特性を持っているのかもしれません。

荒川氏:経済活動というところで考えると、音楽を含むコンテンツ産業は、「どこになにがあるのか」ということをきっちりと整理しないと、経済も何もありません。コンテンツが誰にも知られずにどこかにぽつんと存在するだけでは、価値がないからです。

そのためには、見つけて貰うために必要な情報基盤としてのデータ、メタデータがきちんと整備されていることが必要です。もしかしたらワールドワイドなデータベースみたいなものが必要なのかもしれません。一千数百万曲とか三千万曲とかあるなかで、欲しい1曲が見つけられるようにならないと、音楽コンテンツのビジネスは始まりません。だれかがリストの整備をしないといけない。

そこで面白いのが、amazonです。音楽に関する記事や情報など、色々なところとの楽曲データの整合性をとるときに、amazonを間に挟んでマッチングを行うと綺麗に対応関係が揃うという事象が起きている。お互いが直接コミュニケーションしても揃わなかったのが、amazonを間に挟むことで揃うようになる。原因のひとつはamazonのデータベースの精度で、もうひとつはamazon APIを通しての検索の優秀さです。

ただ、デジタル時代の音楽コンテンツの情報基盤、インフラが果たしてamazonで良いのかという問題は残ります。少なくとも、amazonだけでいいというわけでは、おそらくないでしょう。またamazonとは異なる粒度や区分でのメタデータを整備したデータベースが、必要となるのではないでしょうか。

身体感覚に根ざしている音楽は幸せかもしれない

荒川氏:獲得経路の複雑化によって、音楽が好きな人以外には日常生活の中に音楽と出会うきっかけがないことや、CDリッピングが自炊という感覚すらないカジュアルな"自炊"となってしまっている現状を直視すると、デジタルデータがビジネスにならないことを直感的には感じてしまう。

とすれば、そうなっても生きていけることを考えないといけない。実際、出来る人は今ライブで勝負している。音楽の価値はデータである音そのものだけではなく、その上のレイヤーである「誰が」の部分、つまり実演者の優れた実演にこそ大きな価値がある。そしてそれが音楽の価値を更に大きくしている。データそのものではないところに大きな価値がある音楽というコンテンツはラッキーと言えます。

さらに、これも他のコンテンツ産業と大きな違いであると思うのですが、ライブはミュージシャンも楽しいし、もちろんファンも楽しい。特にフェスでは、自分が好きなアーティストを楽しむだけではなく新たなアーティスト音楽との幸せな出会い、セレンディピティがある。そう考えると昨今のコンサートやフェスの盛り上がりは必然なのでしょうね。

また、コンポもラジカセもない生活が定着してしまっていることも、音楽産業にとっては厳しい面があります。しかし一方で、音楽は料理中でも読書中でも聞けます。でも料理中に読書はできない。マルチデバイス、マルチコンテンツの時代に音楽は寄り添うことができます。

音楽は最終的には音であり、つまりは空気の振動です。それは身体感覚に根ざしている。音楽は必ず人間というアナログな存在に受け止められてナンボだということです。その界面を改めてどう考えるかが重要だし、どこまでいっても人間が介在することになる。その意味で音楽は幸せだと思います。

〔終〕

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