多くの業界でITが活用され、ビジネスの効率化が推進されるようになり、またインターネットを使った新たな販売チャネルの構築もさまざまな分野で行われています。こうした「ITの活用」が進められる一方で「本当にITを活用できているのか?」または「ここでITを活用すべきなのか?」という疑問に直面するケースも出てきました。
例えば、百貨店がそのひとつです。この10〜20年で熱心に社内システムのリプレイスを進め、Eコマースへの進出を進めてきました。しかし、効率性を目指しがちなECのモデルと、おもてなしを大事にする百貨店のビジネスをどう調和させるのかは実は簡単な問いではありません。同様に、情報やデータはどういう位置付けであるべきものか、改めて考え直すというフェーズは確かに必要に見えます。
──ビッグデータという言葉が持ち上げられ、世の中のいろいろなところに情報があるような言われ方をしています。ですが、実際にビジネスで使える情報は、スタートラインとしては会計と物流、つまりお金と物の動きを集約するところから始まりました。この2種類の情報の流れや扱い方の変化をエンジニアとしてどのように見ていらっしゃいますか。
鈴木氏:ITシステムは、会計や金融のように情報の流れを中心に管理するだけのものと、物流や販売のように情報を通じて実際の物の流れを管理するものに分けられます。僕は流通業界出身なので、情報と物の関係を考えるのが好きです。最近ではヘルスケアもこちらの分野として捉えています。
これまで情報を通じた物の管理というのは、物の移動と情報の移動の時間差を利用して効率化を図るものでした。物を移動するよりも情報を移動する方がより速く、より簡単なので、物をA地点からB地点へ送る時、A側から「○日後に届くよ」という情報を伝えることで、B側では受け取り体制の効率化を図れます。この効率化が価値だということです。
こうした情報による物の管理は、さらに進んでいます。蓄積された情報を分析することで現在を表現したり、あるいは少し先の未来を予測して捉えたり、というように変化してきました。情報技術だけではなく物流が発展したことも大きいでしょう。いわゆるビックデータは、こうした流れですね。
ただし、そこで利用するデータは過去の経緯を蓄積したものです。昨日と明日はまったく同じ日であることがないように、過去データから未来は予測されうるものですが、それは絶対的なものではありません。統計学によって確率を高めることはできますが、確実に未来を捉えることはできないのです。
また、何を信頼できる過去として捉えるのかというのも、大事なポイントです。物の動きを正確に追いかけたとして、それが何の価値に転換できるか、どんな意味があるのかは、よく考えないといけません。
──流通業界における情報活用は、さまざまな業界の中でもっとも進んでいるひとつと言われています。物流の効率化や、仕入れや販売の最適化など、多くの場面で活用されていますが、実際に、百貨店では情報の活用をどのように考えているのでしょう。
鈴木氏:確かに情報活用は進んでいます。ですが、流通業界、とくに百貨店にとって悩ましいのはEコマース事業です。百貨店というビジネスのコアコンピタンスを考えたときに、すでに持っている顧客や商品を素直にECにおいて活用することは有効な選択肢なのか、という疑問が出てきています。
情報分析のような分野であればバイヤーが買い付けをしてきた商品の販売動向に関する仮説検証のためにBIが活用され、それは上手くまわっています。
(※BI:ビジネスインテリジェンス:データを分析してビジネス意思決定の改善に用いるための分析支援ツールをこのように呼称することがある)
──それはあくまでもバックエンドの業務の話で、百貨店のお客さんにとっての価値向上や、百貨店というビジネスは何かという根本的な問いには向かっていないと言えるものでしょうか。
鈴木氏:バックエンド業務の効率化も、巡り巡ってお客様への価値提供につながりますから、重要であることは間違いありません。一方で、より直接的に顧客に触れるEC事業は必ずしも上手くいってない。そもそもアパレルECが簡単ではないし、ZOZOTOWNやamazonといった新興企業によるアパレルECと戦う難しさも伴います。
そもそも、一般的なECというモデルが、百貨店に合っていないのかもしれない、ということに直面しつつあります。百貨店だからこそ、という価値をECにおいてどうやったら伝えられるのか、というのが目下の課題だと感じています。
──今のビッグデータブームでは、あらゆるデータが上流から下流の隅々まで取得できたら「見えない百貨店的な価値」も可視化されるもので、そうなっていない現状はまだ途上段階だから、という主張もあります。
鈴木氏:確かにもっとデータがあれば表現できる部分もあるとは思います。でも、それで全てが可視化されることはないと思います。その大きな理由は、物を売る、買うというのはデータだけを頼りに行われるような活動とは思えないからです。特に百貨店にとってのそれは、容易ならざる話といえます。
たとえばアパレルの世界には、スペックやデータでは語れないものがあり、単に洋服の材料やサイズを計測して表現するだけでは、商品の魅力は伝わりません。その材料にどういう意味があって、どういう背景があって、というストーリーを伝えて初めて服が売れるのです。
たとえば綿でも「イタリアの廃村を買い取ってスローライフを実現しながら育てられた綿です」となれば買う側も気持ちも変わります。お客さんに、そういう背景ストーリーをどうやって伝えるのか。多品種少量生産であるがゆえに高額のマーケティング費用をつぎ込むことはできません。つまり、正当なマーケティングにおける悩みを抱えているんです。
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