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やがて訪れるデータ・エコノミー社会の将来像〜ビッグデータだけでは見えない情報社会の真実〜[第5回]鈴木雄介氏「ビジネスにはデータに表現できない強さがある」(2)

2013.03.22

Updated by on March 22, 2013, 16:00 pm UTC

多くの業界でIT活用が進められている一方で、「本当にITを活用できているのか?」または「ここでITを活用すべきなのか?」という疑問に直面するケースも出てきました。そのひとつが百貨店です。大手百貨店やヘルスケア業界をはじめとした様々な業界の情報システム構築にITアーキテクトの立場から係わる鈴木雄介氏(グロースエクスパートナーズ株式会社)に、日本のビジネスにおけるデータ取り扱いの実状をうかがいました。(2/3)

(1)百貨店における情報システムの役割 から続く

──サイズを実測したり、モデルが着用したり、多数の写真を掲載したりと、アパレルECもここ数年で大きく進歩し、消費者にはある程度、受け入れられつつあります。でも、それだけでは、百貨店の商売には不十分ということでしょうか。

201303221600.jpg鈴木氏:情報を増やすほど伝えられることは多くなりますが、どこかで破綻します。人は多すぎる情報を受けいれることができません。というか、そもそも全ての人に同じ情報を伝えることに意味が無いのです。こだわりが強い商品ほど、お客様の知識レベルにあわせた情報提供が必要になります。

実際の売り場では会話のなかでそれを探り、ストーリーを個別に組み立てて接客をしています。現在のようなマスマーケティングによって語られるECのスタイルと、そもそも合いません。

一方で、百貨店でもECに適した商材があります。わかりやすい事例が中元・歳暮です。五千円なり三千円なりの定型的な商品をカタログで選んで相手に送るものなので、ECにとてもマッチしています。

こう言っては何ですが、中元歳暮で大事なのは百貨店の"のし"だけです。同じ商品を調達してきて、のしを掛け替えればいいので、バックエンドの調達や物流も効率化できます。

──百貨店で扱う商材には直接的にデータで表現できるものと、間接的にしかデータで表現できない物があるのだと思います。さらに、マスを対象にしたマーケティングと、百貨店のマーケティングの違いは、ビッグデータに関する議論はマクロとミクロを混同したものが多いという現状を示しています。全面的に不要ではないにせよ、実はビッグデータの利用局面は限られているのかもしれません。

鈴木氏:メディアによる情報の伝搬を考えてみれば、確かに情報が広がるスピードは昔より速くなりました。しかし到達範囲は限定的になっていないでしょうか。むしろ切れていて、伝わっていない領域は増えているかもしれない。

百貨店はテレビCMのようなマスマーケティングをあまりしません。それよりは、たとえば男性ミドルエイジ向けのファッション誌に誌面を持った方がよい。このあたりの男性雑誌は発行部数を増やしているジャンルですし、確かにターゲットに届いていることが分かります。

こんな風に社会が意外と分断されていると、さまざまな局面で感じることがあります。ある範囲内では異様なほど情報が速く伝わっているのに、少し離れるとまったく伝わらない。だから、人々の認知や理解のギャップも激しくなります。そうした細分化された社会では、どの範囲の情報を収集すれば全体を捉えていることになるのかが判断しにくい。こうした情報をビッグデータで把握しようというのは、簡単ではなさそうです。

ヘルスケアから広がるエビデンスベースという思考

鈴木氏:ヘルスケア分野では、個人が健康ステータスを情報として保存して持ち歩き、自分の治療に役立てたいという考え方が広がってきています。医師はデジタル化した身体情報から傾向値や変化を見出し、診断することができるようになります。そういうデータを貯めながら、患者個人は自分の健康状況を管理していくことになるのです。

個人ベースの動きがある一方で、集まってきた個別の情報を集積すると、効果的な薬や治療方法の確立が可能になり、医療業界全体に役立てることを目指す医師や関係者もいます。しかし、どこまで個人の情報は開示されるべきで、どこまで個人の管理下にあるべきなのか、まだ議論が定まっていません。

したがって、ヘルスケアにおいてはビッグデータの活用よりも以前に、情報をどう管理していくか、という議論がメインテーマになっています。医療データはそもそも個人情報やプライバシーの観点からも機微情報という位置づけですし、またヘルスケアという概念で関連分野を拡大すると、管轄は複数の省庁にまたがります。医療を発展させるためには、データを集積して活用すべきですが、まだ答えは出ていません。

現実的な解決策として自病院の患者データを集めることが出来たとしても、特定の場所で集めたデータが統計的に正しいのかという問題があります。集めたデータを他の医師とやりとりしようとした場合には、同じようにデータの適正な受け渡しを誰がどうやって管理・監督すべきなのかなど、議論が追いついていません。

──風邪をひいて治るまでをサイクルを考えると、これまでは風邪と自覚した人が病院にかかることでしか、風邪の情報は顕在化しませんでした。しかし「風邪かも」という気付きの段階で、人々が風邪に関するキーワードで検索するようになった。つまり、検索サイトが情報を収集できるようになったわけです。実際、Googleは米国でCDC(アメリカ疾病予防管理センター)と一緒に、そうした研究を行っていると聞きます。

医薬品業界にしてみれば、過去の販売実績から季節変動を把握するようなおおまかな情報でしか生産や流通の最適化が出来なかったのが、世の中全体の需要動向気配を、検索情報などを先行指標として活用することで産業として効率化できるようになってきました。

鈴木氏:現在の一般的な意味での健康とは、身体に関するパラメータがある一定のラインを超えていないだけのことであって、実際にはすべての人間は何らかの問題を抱えています。そうした細かな変化をいち早く把握することができるようになれば、予防措置の充実やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の改善につながるはずです。

たとえば腎臓の人工透析の患者は、日々自分の体のパフォーマンスを見ていないと、命に関わります。だから、彼らは自分を数値化して日々グラフを見ながら、自分が何を食べるとどの値が変化するのか常に確認しています。

そういう行動を多くの人が取るようになり、かつ上手い形で集約できると、医療業界全体としてのエビデンス(医療判断に利用可能な客観情報)になります。日本はエビデンスベースの治療やマネージメントはまだまだこれからですが、欧米では比較的進んでおり、そこには大きなニーズがあるでしょう。

他方で、気をつけたいのは、画一的な数値目標を設けることで管理社会になってしまうリスクです。例えば、メタボリックシンドロームの基準も、ある意味では恣意的とも言えるもので、それはまでは病気でなかったものが病気として再発見されたとも言えます。

似たような話ですが、今後グローバルでは人工透析患者が大きく増えると予測されています。腎臓病は生活習慣との関わりが強いので、新興国では経済発展に伴って潜在的に腎臓病患者が増えているはずです。ですが、腎臓病という存在が広く知られていないから治療も受けていない。そういった国で腎臓病の認知が広がると一気に患者が増えて、治療を受け始めるケースが増えるのです。

精緻にデータ化すると、ほとんどのものに何かしらのラベルが貼られるという現象自体は面白いものですが、ラベルの貼り方に社会的な同意がないままでは、一方的な管理になってしまいます。

(3)日本にデータを利用する文化は根付くのか に続く

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