(2)「オープンデータの普及啓蒙にはカタリストが不可欠」から続く
東日本大震災と同時に発生した福島第一原発の事故をきっかけに、公的部門におけるデータの公開に向けた機運が高まっています。国-企業-市民がどのように作用してデータが利用されていくかについて、オープンデータ研究の第一人者である、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)講師・主任研究員で、Open Knowledge Foundation Japan代表、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)理事も務める庄司昌彦氏にお話を伺いました。(3/3)
──国際的に注目されていることはほかにどういったことがありますか。
庄司氏:今年のG8はタックス、トレード、トランスペアレンシーがキーワードです。トランスペアレンシーはオープンデータの議論が予定されています。トランスペアレンシーのためのデータ活用という観点は日本政府の議論ではあまり盛り上がっていませんが、国際的にはこの領域が注目されています。
──トランスペアレンシーがなぜ注目されているのでしょうか。
庄司氏:例えば、2010年に中間選挙を終えたアメリカのオバマ大統領は最初にインドを訪問し、オープンガバメントに関する協定を結びました。
私は当初、インド政府の情報システムがアメリカに似るとメリットがある人の思惑かなと思っていたのですが、他の国々や企業、市民団体等もこの動きに続々と参加しています。社会的課題の解決、すなわちマクロでのトランザクションの増加を直感している組織や事業者が多いのではないかと思います。
また、イギリスなどでは大きな政府を維持することは困難であるという背景から行政のスリム化を「大きな社会」でバックアップしていこうという動きが、データ公開の促進につながっています。さらに、トランスペアレンシーは開発援助の話とも結びついており、スウェーデンなど北欧の国では途上国に対する援助実績や資金の使われ方を積極的に公開するのはもちろん、アフリカや南米の国々に対しても高い透明性を求めているようです。
オープンガバメントパートナーズシップという取り組みには60カ国ほどの政府が参加しています。日本は今もまだ参加していませんが、意外なことにアフリカや中東、南米の国々が早い段階から存在感を示しています。 欧米の国家とのつながりによって、アフリカの国々でもオープンガバメントの動きは活性化している様子です。
──オープンデータの動きを「輸出」しようとする欧米諸国の動機は何でしょうか。
庄司氏:これは仮説ですが、欧米諸国はオープンデータの動きを利用して、その国の政府やマクロ経済の構造のゆるやかな統合を目指しているのかもしれません。データ経済圏をつくって主導権を握ろうとしているともいえます。その正当化の理由としてトランスペアレンシーが使われている、と。
オープンやトランスペアレントという概念は、一見心地よいものです。しかしゆるやかにルールや考え方のフレームワークを共有していくと、いずれそこから逃れられなくなります。これまでの帝国主義の流れを汲む資本による支配とは別のかたちの支配構造が見え隠れしているようにも思え、途上国が続々とオルグされていくというような印象も受けます。
こうした動きを今のところ先行しているのはイギリスとアメリカだと思います。
──そうした国々が最終的に目指しているのは、やはり貨幣経済上の価値なのでしょうか。
庄司氏:それもあるかもしれません。ただ、大儲けしたいというよりは、構造を維持し主導権を握りたいという感覚が強いように見えます。自分たちの価値観や常識が通用する経済圏を作っていきたい、ということですね。
──貨幣価値よりも価値観を共有する経済構造を重視するといえば、例えばニコニコ生放送の楽しさを知ったことで、貨幣経済の物差しでははかれない価値体系を肯定せざるを得ない、というような話にも似ているように思います。話の規模はまったく違いますが、オープンデータの普及啓蒙に取り組む国の思惑とは、いわば途上国政府をニコ生ユーザーにしてしまう、というようなことでしょうか。だとすると、日本にも可能性はあるような気がします。
庄司氏:ニコ生と繋がるかは分かりませんが、日本はオープンデータ的な考え方の素地はわりと整っています。既に財務省や経済産業省をはじめ、国の機関は実はデータをたくさん公開しています。どちらかというと、それがあまり人に知られていない、活用されていないという課題が大きいのです。
紹介すれば海外の方も日本の取組を評価する状況ですので、日本からオープンデータの概念のようなものを提示して海外を巻き込んで行くことも可能だと思います。
──従来はシンクタンクのようなところが、公開されてはいるものの誰も知らない情報の在処を把握していて、そのインデックス機能やデータ解析能力を付加価値の源泉にしていました。ただ、公共財である以上、もっとアンバンドルされてしかるべきとも思います。
庄司氏:そうですね。アンバンドルしたところでデータを握っている特殊法人やシンクタンクの優位は簡単には変わらないので、インデックスは出してしまえばいいと思います。いずれデータは誰でも確実に利用できる時代になることを見越して、そこを上手くビジネスにして行くくらいのことはやって欲しいですね。
そしてこれは、公共性をどうとらえるか、という問いでもあると思います。たとえば、地域の経済団体でもそういった議論が出来ないのでしょうか。地場の有力スーパーや鉄道会社などが協力して、データ活用を考えるとどうなるのか、関心があります。ここはオープンでなくB2Bビジネスの構造でもいいと思います。動きが活性化することで全体のレベルアップが進むと考えています。
──民間企業同士のデータの交換はチャレンジングな領域です。資本主義のルールに則って動くとなると、データに値段を付けなければならず、その妥当性をどう検証するかという問題がついて回ります。
庄司氏:データが共有されることで何が起きるのかを考えておく必要があるでしょう。結果として競争環境が変化した先で、過当競争になって市場が壊れるのでは、本末転倒ですね。どのようなデータが、どういった形で共有されると、何が起こるのか。それを考える際には、データの出し方や表現方法も軽視せずに検討する必要があります。
──公共データのインデックスでさえ動的な入れ替えが必要かもしれません。公文先生へのインタビューでも「国民経済計算の構成をもっと頻繁かつ精緻に見直すべき」という指摘がありました。
庄司氏:そうです。なんだかよく分からないデータでは誰も使いません。使いたくなるデータである必要があるわけです。そのためには、データが現実世界をどの程度表現できているのか、検討し続ける必要があります。
見せ方に関しても、例えば、たとえばデンマーク政府の資料は、見せ方が非常に格好いいです。こういう、やりたくなる、真似たくなる魅力ある絵で見せて行くプレゼンテーションも重要で、こういう領域に個人で仕事をしているデザイナーなどがもっと参入してもいいと思います。
日本では、こうした表現が軽視されがちですが、ステークホルダーのモチベーションコントロールはサイクルを維持するために重要ですから、インフォグラフィックスを含めエモーショナルな部分は軽視出来ません。それこそ、そこには貨幣経済の価値観だけではない、別の価値や動機があるのでしょう。
オープンデータの取り組みも直接部分だけで1.5兆円の経済波及効果があると言われていますが、それだけではなく、データを使うことで起こる楽しさや、違う魅力で人々を惹きつけていけると面白いと思います。
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