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いま、製品づくりを学ぶためのガイドライン

2013.08.29

Updated by WirelessWire News編集部 on August 29, 2013, 16:00 pm JST

その品質とデザイン性の高さからヒット商品となったた卓上LEDデスクライト「STROKE」の開発から販売までをひとりで手がけたBsize(ビーサイズ)代表の八木啓太氏。当時の自分自身を振り返りながら、ものづくりを志す読者に向けて、製品開発に必要な技術の全体像を、領域の壁を超えて語る。 [編集:福島奈美子 写真・資料提供:Bsize]

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僕がものづくりに志を立てたのは、高校生のときだった。

ITバブルがその兆しを見せ始めた頃。時代の風に吹かれてソフトウエアをつくったこともあったが、根がアナログなのだろう。画面の中の出来事にどうしてもリアリティを感じられなかった。これといった夢も定まらず、進路に悩んでいた頃、Appleが1998年に発表した1台の新製品に、目がくぎづけになった。

ジョブズ復帰後初の製品であったiMacは、僕の中にあったコンピュータの概念をあざやかに覆した。それは「リビングに置いて誰もが簡単にインターネットに接続できるコンピュータ」という明快なコンセプトをそのまま体現していた。

「ほかの惑星から来たコンピューター」――そうジョブズが形容した通り、僕はまさに新しい世界を見たような気がした。その世界にあったのはAppleの製品だけではない。B&OやDyson、BOSEといったメーカーも、独自の哲学を掲げ、世界を舞台に次々と製品を生み出していた。「形のない想いを形にし、現実の世界を変えていく」という力強いリアリティに、僕は自分の夢を重ね、製品をつくることで世界をよくしたいという思いを抱くようになった。

しかし、高ぶる想いとは裏腹に、何から手をつければよいのかまったくわからない。

あの頃の僕は「製品をつくる」というあまりにも壮大で漠然とした課題を前に、焦燥感にかられるばかりだった。

製品づくりを学ぶためには、いくつもの異なる技術を横断的に理解しなければならない。このことが大きな障壁となる。実際に、僕自身も大学でほかの専攻の授業にもぐったり、独学したり、専攻と異なる領域への就職活動をしたりと、縦割りされた技術の壁をのり越えようと、もがき苦しみながら闇雲に学んでいくほかなかった。壁の向こうは何もわからない世界。飛び込む前にせめて、全体を見渡すことができれば、もっと安心して、寄り道もせずに学んでこられたかもしれないと思う。

あの頃の自分を思いだしながら、製品開発に必要な技術の全体像を俯瞰してみよう。

製品をつくるための技術は、つくる領域によって3つに大別できる。筐体(きょうたい)や機構などの「メカ領域」。そして、電子回路基板やモジュール、組み込みソフトなどの「エレキ領域」。最後に、製品の機能が製品の外側で処理される「外部領域」だ。

参考のために、仮想の商品を分解して説明する。*図をクリックすると拡大します*

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開梱してみると、取扱説明書や付属品、そして製品が入っている。製品を分解して(本当には分解する場合は自己責任で!)はじめに製品のメカ領域について考えてみよう。

「メカ」〜製品の構造をつくる

まず、製品を形づくり、機械的な構造となるメカの部分を見てみよう。メカは「筐体」と「機構」に分類される。

筐体は、製品の骨格となる部分だ。筐体には2つの役割があり、甲殻類の外骨格(例えばカニの殻)にあたる外装と、哺乳類の内骨格(人間の骨)にあたるフレームとがある。

外装は、使いやすさや美しさ、感電や火傷をしない安全性を考慮した形状やレイアウトなど、おもに外的な観点から設計される。一般プラスチックの射出成形や板金のプレス加工、切削加工などで作られるものだ。

それに対してフレームは、内的な観点、つまり内部部品を保持する構造や、部品が壊れない十分な強度などが求められる。製造例としては、ダイキャストや、板金の曲げ・プレス加工などで、押出材をフレームとする場合もある。

外装がフレームを兼ねる製品も多く、外装の内側に剛性を高めるリブをつけたり、基板を固定するボスを設計したりする。製造や組立性の都合から、外装は上下や左右に分割され、順に組立をして最後に閉じるように設計される。最後はネジ止めや爪(スナップフィット)などで固定されることが多い。

上記のような、内的、外的な要因の均衡をとり、筐体は設計される。

さて、筐体はあまり動かない静的なものだったのに対して、動的で変化を伴う機能が「機構」である。

例えば、歯車やベルトで力を伝える「伝動設計」、光を導光して伝播させる「光学設計」、音質の向上やノイズ・振動を低減する「音響設計」、冷却や加熱を制御する「伝熱設計」、空気抵抗の低減やダウンフォースなどの「流体設計」など、現象を制御するためのさまざまな機構がある。機構の設計には、対象となる物理特性を理解する必要がある。物理特性や機構の原理は書籍で学ぶことができ、現象の振る舞いは、CAE(シミュレーション)などを活用することで、予測することが出来る。

以上、駆け足だがメカの領域をさらった。次にエレキ領域について考えてみよう。

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「エレキ」〜エネルギー網と情報網をつくる

エレキ領域は大きく2つ、電気特性そのものを設計し制御する「アナログ回路」と、電圧が基準より高い"High=1"か低い"Low=0"かを符号化した情報を制御する「デジタル回路」に分けられる。喩えるなら、アナログ回路は全身を張り巡らせた血管の回路のようなもの、デジタル回路は脳と臓器をつなぐ神経回路のようなものと言えるかもしれない。

さて、人間が活動するためには、大動脈から毛細血管に至るまで適正な血圧と血流が不可欠だ。同じように、アナログ回路は電子回路基板が正しく機能するために、電圧と電流をたえず制御し、適正に供給する役割を担っている。

求められる機能はさまざまだ。例えば、電力源からの入力を整流して電圧電流を管理する「電源制御回路」や、必要な電圧電流をデバイスに供給する「駆動回路」、万が一でも壊れることを防ぐ「保護回路」、それから、電波を発したり、同期をとるための「発振回路」や、ノイズの侵入・放出を抑制する「フィルタ回路」などがある。

このような定番回路をアレンジしたり、組み合わせたりして回路を設計する。用いる素子 [1*]とその配線が決まれば、回路の設計図である回路図が完成する。

その回路図をもとに、具体的な素子のレイアウトや寸法、配線などのパターン設計をCADで行い、製造データ(ガーバーデータ)を出力すれば、実際の基板が製造できる。銅箔の配線と絶縁層とが何層か重ね合わされて板状になっているものが基板であり、その基板上に素子をハンダづけ(実装)すれば、回路基板が完成するのだ。

アナログ回路の理論や定番回路例は書籍で学ぶことができる。もしくはアナログ回路の機能をワンチップで提供するモジュールICもある。ただ、アナログ回路では、複雑な信号処理を行おうとすると、回路が大規模化してしまったり、設計変更が柔軟でないなどのデメリットもある。それを補うのがデジタル回路の役割だ。

デジタル回路は情報を扱う情報網にあたる。アナログ回路のようにエネルギー網としての役割は持たないが、アナログでは扱いづらい複雑な情報もソフトウエア的に処理できるのが、デジタル回路だ。

もう一度、人間を例に考えてみよう。人間が脳で思考し、遺伝子に刻まれた本能に従って行動するように、デジタル回路は、ICが思考し、ROMに書き込まれた組込みソフトウエアに従って行動する。

五感にあたる「センサー」が検知した信号が回路を伝ってICに届くと、IC内で条件分岐や計算が行なわれ、結果としての制御信号を出力する。脳の命令で筋肉が縮んだり緩んだりするように、ICからの信号でモーターや表示デバイスをコントロールする。そうして、製品の機能が実現されるというわけだ。

デジタル回路や組込みソフトウエアを具体的に学ぶためには、ArduinoやRaspberry Pi、BeagleBoneなどのキットが役立つだろう。モーター制御や液晶表示、また画像・音声認識や通信プロトコルに至るまで、あらゆる参考プログラムや組込OSのAPIが公開されており、試しながら学ぶことができる。

「外部処理」〜製品の外側で動くソフトと協調する

3つ目に、製品の機能が製品の「外部」にある場合を考えてみよう。

ネット接続が前提となるにつれ、製品の機能がその製品内で実現されようと、ネットワークを介した別のハードで実現されようと、ユーザーは意識する必要がなくなる。

友人である株式会社鳥人間の久川氏が開発した「ToriSat」というスマホアプリがある。スマホを空にかざすと、目の前の風景が画面に表示され、それに重ねて国際宇宙ステーション(ISS)の現在地と軌道を表示してくれる、というものだ。

複雑な計算を要するISSの軌道計算は、スマホで処理するには負担が大きい。そこで、「ToriSat」では軌道計算をサーバーで処理している。スマホはGPSの現在地座標をサーバーに送り、計算結果だけを受け取るというしくみだ。そのため、複雑な機能を持ちながら、軽快な動作が可能になっている。

「複雑な計算は高性能なサーバーに任せ、モバイル端末は処理前後のデータを通信する」――こうした外部処理のしくみを取り入れれば、軽量、廉価、省エネでありながら高度な機能を果す製品をつくることができる。

製品の計算処理がネットワーク上に分散し、それぞれが協調しながらひとつの役割を果たしていくような事例は、今後ますます広がっていくだろう。ハードウエア、ソフトウエア、ネットワーク、サービスといった領域の垣根は、より曖昧になっていくに違いない。

WebサーバーやPC、スマホ上で動作するアプリについては、解説書籍が数多くあるので、参考にしていただきたい。

技術は作り手のためでなく、使い手のためにある

以上、メカ、エレキ、外部の領域に大別し、開発技術の全貌をご紹介した。

ただ、何もこの全ての技術を学ぶ必要はない。あなたがつくりたい製品に必要な技術を、必要な分だけ習得すれば、それで十分製品をつくることは出来るのだ。

最後にお伝えしたいのは、技術はものづくりの根幹を支えるものだが、ものづくりの目的ではないということだ。技術は作り手のためでなく、使い手のためにある。製品をつくるとき、どんな技術でつくるかではなく、どんな生活をつくるかこそが、つくる理由であって欲しいと思う。

あなたの理想を実現するために必要な技術はなんだろうか。それを見出すのに本話が参考になれば幸いだ。次の機会には、「製品」を「商品」にするために必要なことは何か、ということについてお話したいと思う。

八木啓太氏は、2013年9月7日に開催されるイベント「イノベーターと学ぶ"新しい仕事術"」(主催:日経BPnet/BizCOLLEGE)に登壇します。同日は、八木氏の他竹内薫氏、瀧本哲史氏、長沼毅氏など各界のイノベータが登壇します。詳細はこちらから。

[1*]電子回路における最小単位の部品を指す用語

[2*]集積回路。マイコンやCPU、DSPやASSPといった汎用ICは調達しやすく、高性能な計算処理を行うことができる。独自の機能を持つICを実現するためにはカスタムIC(ASIC)が必要であり、通常、数億円規模の初期費用が必要となるが、FPGAやCPLDなどのPLD(プログラマブルロジックデバイス)を導入することで、小ロット製造でも独自機能のICを用いた高度なものづくりが可能になる。

文・八木 啓太(Bsize代表)

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