WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

プライバシー保護のあり方がグローバルでのITビジネスの勝敗を決める ~パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針に対するヤフーの懸念

2014.01.22

Updated by Asako Itagaki on January 22, 2014, 02:00 am JST

201401220200-1.jpg2013年12月、政府の「パーソナルデータに関する検討会」は、パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針案(以下制度見直し方針案)を取りまとめた。これをもとに2014年6月までに法改正の内容を大綱としてとりまとめ、平成27年通常国会への法案提案を目指すものとしている。1月21日、ヤフーは記者説明会を開催し、ビッグデータ活用を推進する立場から、この方針案に対する懸念点と同社が考える「成長戦略としてのプライバシー保護のあり方」について、同社の別所直哉執行役員社長室長(写真)が説明した。現在の制度見直し方針案にはデータを活用している事業者の意見が反映されておらず、このままでは日本のIT産業は衰退すると危惧する。

ビッグデータ活用の可能性と現状の問題点

まず別所氏は、POSデータによる商品管理、ウェブ閲覧情報を利用したターゲティング広告、センサーデータを活用した道路通行マップの作成、検索ワードを利用したリアルタイムのインフルエンザ流行予測など、さまざまなビッグデータ応用事例を紹介。ビッグデータ活用でこれまでできなかった新しいビジネス、サービスを実現できるようになりつつあり、社会や消費者に大きなメリットをもたらしていること、すなわちビッグデータを適切に活用することは、経済成長と社会的便益、消費者の利便性向上につながる可能性があるとした。

一方で、ビッグデータにまつわるプライバシーの問題として、JR東日本が匿名化したSuicaのデータを第三者提供しようとしたところ社会問題化して中止した例を挙げ、「今はビッグデータを何に使えば有用かを試みるフェイズなのに、『なんとなく気持ち悪い』という理由でデータを使えなくしてしまうのは、本来であれば有用なデータを使い道が分からないまま使えなくしかねない」と指摘した。

また、データ保護について、個人情報保護法で保護すべき対象とされるのは「特定の個人を識別することができるもの」に限定されており、特定個人を識別できない情報、個人情報と容易照合でないデータは自由に利用・流通が可能なのが建前である。しかし実際の社会ではSuicaの例にみられるように、個人情報保護法で保護されない範囲のデータまで守りすぎるようなことが起きている。また企業も、利用していいかどうかを判断できず、「白黒はっきりつけてほしい」といった他力本願な要望をしているのが現状であると述べた。

政府成長戦略におけるビッグデータの位置づけと制度見直し方針案の概要

2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」「世界最先端IT国家創造宣言」によれば、政府はオープンデータやビッグデータの利活用を推進するという方針のもと、ビッグデータの中でも特に利用価値が高いパーソナルデータ(個人の行動・状態等に関するデータ)の利活用と個人情報及びプライバシーの保護の両立を可能とする事業環境整備を進めるとしている。

パーソナルデータに関する検討会はそのための環境整備を行うための制度見直し方針を策定した。その概要は以下の4点である。

(1)第三者機関(プライバシーコミッショナー)の設置:独立した第三者機関を設置し、パーソナルデータの保護と利活用に関する分野横断的な統一見解の提示、事前相談、苦情処理、立ち入り検査、行政処分の実施などの体制を整備。
(2)個人が特定される可能性を提言した個人データの個人情報およびプライバシー保護への影響に留意した取扱い:第三者提供における本人同意原則の例外として、新たな類型を創設し、新たな類型に属するデータを取り扱う事業者(提供者及び受領者)が負うべき義務等を法定。
(3)国際的な調和を図るために必要な事項:諸外国の制度との調和、他国への越境移転の制限、開示、削除等の在り方、ルール順守の仕組みの構築、取扱う個人情報の規模が小さい事業者の取り扱い等について検討。
(4)プライバシー保護等に配慮した情報の利用・流通のために実現すべき事項:保護されるパーソナルデータの範囲については、実質的に個人が識別される可能性を有するものとし、プライバシー保護という基本理念を踏まえて判断。 また、プライバシー性が極めて高い「センシティブデータ」については、新たな類型を設け、その特性に応じた取扱いを行うことなどを検討。

制度見直し方針案の2つの懸念点

この制度見直し方針案について、別所氏は、「政府の戦略としてデータ利活用を進めるためのもののはずなのに、データの利活用を妨げかねない内容が含まれている」と懸念する。ポイントは大きく2つある。

一つは、第三者機関の設置。制度見直し方針案に記載された第三者機関は、立ち入り検査、行政処分などの強い規制権限を持つ行政機関であり、新たな規制機関設置による事業者の萎縮が危惧される。また、具体的な権限や構成についてはまだ決まっておらず、過度にプライバシー保護に偏ることで、実際にはパーソナルデータは使えなくなるおそれがあるとする。

もう一つは保護されるパーソナルデータの範囲。規制対象となるパーソナルデータは「プライバシー保護という基本理念を踏まえて判断」されることになっており、結果として現在の個人情報保護法で保護される「個人情報」から、その周辺の「個人に関する情報」まで、規制対象情報の範囲が広がる。つまり、自由に使えるデータの範囲がどんどん狭くなっていくことがはたして正しいのか、という指摘である。

また、そもそも委員会にビッグデータを利活用している立場の委員がおらず、IT業界でビッグデータを利活用している事業者の声が届けられていないことも指摘した。

「データの自由な流通」を可能にする制度が肝要

別所氏はデータ利用の原則として「water on」「water off」の2つの考え方を紹介した。water onとは「データが常に流れる」すなわちデータの利用は原則として自由で問題には都度対処するというアメリカ型の考え方、water offとは「一定の条件を満たさない限りデータは流れない」すなわちさまざまな利用条件に合ったデータのみが利用可能で、他は原則として利用できないというEU型の考え方である。そして現在、ITの世界で成功を収めているのはEUではなくアメリカであり、成功の理由はデータが流通しやすい環境にあるとする。

ビッグデータ利活用はまだ全容が見えない状況で試行錯誤しているのであり、どのように役立つかはやってみなくてはわからない。そのような状況下で成長戦略を実現できるのは「water on」の制度であり、データの自由な流通・事業の自由な競争を確保することで日本のIT産業が隆盛するとした。「日本が目指すべきwater onの形」は以下のようなものであるという。

○事業者に対するプライバシーポリシー制定の義務付け:プライバシー保護の観点から「どのようなデータを取得するか」また取得したデータを「どのような目的に利用するか」「誰に提供するか」「(セキュリティの観点から)どのように管理するか」を定めることを義務付ける。
○プライバシーポリシーに反する行為の禁止:プライバシーポリシーから明らかといえないデータ取得、利用・第三者への提供、管理方法の違反を禁止。
○禁止行為に対する行政執行:上記禁止行為に違反した場合の是正命令や課徴金などの罰則。
○マルチステークホルダープロセスによるプライバシー保護:事業者(業界団体)、学者、消費者等の参加により合意したルールを作成し、順守することでプライバシー保護を担保する。第三者機関はルールの順守状況を監督する。

▼日本は「データの自由な流通に積極的で、柔軟な規制」のアメリカ型の制度を目指すべきだとしている。
201401220200-2.jpg

このままでは日本はIT完敗の道を辿るおそれ

一方で、「water off」の制度を選択した場合、日本のIT産業は衰退し、産業空洞化が進んでグローバル企業は日本から退出する、すなわちそれは「IT完敗への道」であるとした。

しかし、現状の制度見直し方針案はEU型事前規制、すなわちプライバシーコミッショナーによる事前審査と保護すべきパーソナルデータの拡張を志向しており、業界の自主規制を促す仕組みは議論されていない。また委員会の構成メンバーもwater off型の制度を志向しているように見える点も別所氏は懸念しており、大綱の取りまとめにあたっては、EU型を志向する有識者の意見だけでなく、データ活用の実態をよく知る事業者等の意見も反映すべきであるとしている。

パーソナルデータに関する検討会は今後開かれる予定はなく、大綱のとりまとめは検討会の事務局で行われる予定。ヤフーは、事務局に対して働きかけることで、同社の考えを伝えていく。

【関連情報】
パーソナルデータに関する検討会(開催概要、議事要旨など)
パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針(案)(PDF)
日本再興戦略 -Japan is BACK- (PDF)
世界最先端 IT 国家創造宣言(PDF)

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。