アナ雪旋風が巻き起こってだいぶ経ちますが、まだまだ子供達には大人気のようですね。ピアノを教えている友人曰く、ほとんど全員の女の子が「レリゴー弾きたい!」と言いだし、今までに無く、ものすごく一生懸命練習してくるものだから、とても上手になった、と感心していました。好きこそものの上手なれ、と昔の人はうまいこと言ったもんです。
さてエルサは「雪の女王」ですが、「雪」にまつわるプリンセスと言えば、「白雪姫」ですよね。この2人の「雪」にまつわるプリンセスたちが、お互いのヒロインぷりをdisりあっているラップ楽曲をリリースしたアーティストさんがいらっしゃいます。下記はアーティストオフィシャルYouTube。詞も全文掲載されています。
PRINCESS RAP BATTLE: SNOW WHITE VS. ELSA Whitney Avalon (ft. Katja Glieson) *Explicit*
スラング難しすぎて全く分かりません。どっかに和訳がないもんかと思ったら......ありました。訳者さんありがとう。
白雪姫VSアナ雪エルサのラップバトルが凄いdisり合い!!(ヒマツブ。)
(ここからネタバレです。よろしければお先に動画&和訳をどうぞ!)
上記の和訳からは残念ながら省かれているのですが、二人がお互いをけなし合うポイントとして「声の高さ」がやり玉に挙がるシーンがあるのです。
エルサ:あんたが歌ったの聴いたけど、ほんと超音波声よね。ボーッとしちゃってさ。
白雪姫:あんたはキレてるだけのくせに!
エルサ:あんたは内気なバカ。キーキー声で大人しく振る舞うなんて、ほんと不愉快。あんたなんか、私のパワフル・ボイスで今すぐかき消してやれるのよ。
(原文より拙訳)
エルサが白雪姫の「高い声」を取り上げて、言葉の上で明確にdisっているんです。動画をその目線で聴き直すと、たしかに白雪姫役の声は「意識された」超音波声です。自ら「動物(鳥)としゃべれるのよ、すごいでしょ?」と言うことで、むしろ高音であることを強調しているようにも見えます。
楽曲ラストで、エルサは白雪姫を小馬鹿にして「あんた、知らない人にもらったリンゴ食べちゃったらしいわね? で、救ってもらうためにオトコのキスが必要なんですって? そういうロールモデルはもう忘れられた存在よ」と切り捨てます。ここでの「高い声」は、運命に翻弄され、誰かに見いだされ、助けを借りて幸せになるヒロイン像の象徴なんだなぁと思うわけです。
一方で、白雪姫に言わせれば「キレて大声を張り上げてるだけ」の、ドスのきいた低い声を持つエルサは、その声を「力強い」と形容し、自らのことは「有能で、強くて、シングルで、独立した女性」と表現しています。これらのワードは、エルサにとってはポジティブなこととして、声の高さと密接に結びついています。このヒロイン像の対比は、アメリカ社会が「女性」に求める資質が時代によって明確に移り変わったことを、端的に表していると言ってもいいのかもしれません。
つまり、声の好みというのは、同じ国でも、時代によって変わるのです。
さて、日本はどうでしょうか。
あなたの声のトーンは、高いほうですか?
それとも低いほうですか?第一印象で好印象を与える声というのは、少し高めのトーンです。
高いトーンは「明るい」「元気」「楽しそう」というプラスの印象を与え、
低いトーンは「暗い」「怖い」といったマイナスの印象を与えます。もし、あなたの声が低めであるならば、少し高めのトーンを意識して話してみましょう。
元NHKアナウンサーの開講している、滑舌改善のウェブサイトですが、ここでも、高い声、低い声は、何かしらの印象や象徴とセットになっています。ここでは明確に「高い=プラスの印象」「低い=マイナスの印象」とあります。日本は女性に高い声を求めますね。電話口や、受付などで、低い声のお姉さんが出るというのはあまり想像が付きません。多くの場合、そのような女性がいたとしたら、愛想が悪いと思うでしょう。
「低い声は安定感があり、頼りたくなるような印象、高い声には優しくて明るい印象がありますよね。一般的に、頼れる男性はモテるし、優しくて明るい女性は好まれます。それぞれ魅力的な異性の特徴を連想させるのが、男性なら低い声、女性なら高い声なのだと思います」
(引用元)「モテる声の高さとは」(声総研)
非常にティピカルな声のジャンル分けをなさっていて、いっそ清々しいほどです。ここでもやはり、声の高さとその人の「タイプ」が不可分のモノとして語られているのが印象深いです。実はこれは声のタイプ分けをしているのではなく、「男性とは頼れるものであるべき」「女性とは優しく明るくあるべき」というタイプ分けが先にあるのですね。そこに声を当てはめているに過ぎません。
【問題】
世界的に有名なイタリア歌劇、オペラですが、観客が、役者の演じている役が、善人役か悪人役かを簡単に見分けられるように、役柄に応じて特有の決まりごとを設けているようです。さて、それは何でしょうか?
↓
【解答】
声の高さを変える、です。
【解説】
善人役は高い声であるテノールやソプラノでセリフを話します。悪人役は低い声であるバスやアルトでセリフを話します。これにより観客が、瞬時にいま話している役者の役柄を把握したり、いま見ている箇所のストーリーを追いやすくなるのだそうです。
実はコレ、JRの車内コンテンツ「60秒講座」で流れていたクイズです。
いくら分かりやすくする為とはいえ「善人」「悪人」のくくりは酷いですね。お芝居の中とは言え、そんなに単純明快にはいかんのですよ、人間だもの。バスボイスの悪人が、善人になった途端ソプラノボイスになるとか、そういうことならまだ面白いから認めてやらんことも......あっ、そういえばシューベルトの魔王は高音ボイス風味で善人ぶってるかもしれませんねぇ......(オペラじゃないけど)。
頼りがいを表す父親は低音、子供は高音、柔和な声音で死へ誘い、最後には態度が豹変する魔王、そしてト書き部分と、一人で何役もの声音を演じて情景描写しなければならない難曲。
めちゃくちゃ有名なモーツァルトのオペラ『魔笛』は、まさに高音=善、低音=悪という先入観を逆手に取った芝居で、最初は善人(=騙された、かわいそうな人)かと思われた「夜の女王」が、最後には、あれあれぇ......?と、ひっくり返ってしまいます。200年前に既にこういうことをやっちゃってるわけですね。
「高音は善人と言い切ってみるがいい!」的な、初っぱなから悪魔感満載な超高音コロラトゥーラ・ソプラノ......正体隠しきれてませんよ、女王さま......
若い清いヒロインはソプラノ、二枚目ヒーローはテノール、アルトは乳母か魔女で、おじいさんや権力のある役、アンチヒーローはバス、と相場が決まっているようにも感じますが、そんな典型的役柄だけで成り立っているオペラ、実際あったっけ?と思い返すと、意外と、本当に、思いつきません。むしろスターウォーズの方が、これらのイメージに忠実な配役をしているかも...。
冒頭の白雪姫とエルサの対決、そして国や時代によって変遷する、声と印象の結びつけ方。わたしたちの無意識に横たわっている「声の好み」は、まるで普遍的な法則かのように思われていて、普段、特段意識することはないかもしれません。たかが「声」ですが、声はわたしたちの生活の中に常に横たわっている「音」でもあります。この音の「好き嫌い」が、何に端を発し、何を象徴しているのかに思いを巡らすことが出来れば、「声」は時代と社会性を読み解くことのできる、ひとつの大きな鍵になるのではないでしょうか。
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青山学院大学史学科、東京藝術大学声楽科、京都造形芸術大学ランドスケープデザインコースを卒業。京都造形芸術大学大学院芸術環境専攻(日本庭園分野)修士課程修了。通信キャリアにてカスタマサービス対応並びにコンテンツ企画等の業務に従事、音楽業界にてウェブメディア立ち上げやバックヤードシステム開発、コンサート制作会社での勤務を経て、現在はフリーのヴォーカリスト、ヴォイストレーナー、エディター、ライター。
http://kanoppi.jp