WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

スマートフォンの普及は通信ネットワークの形や社会のあり方を大きく変えました。そしてその形はまた、IoTによってさらに大きく変わろうとしています。5年後の2020年、ネットワークはどのように変わるのか、またその中で通信事業者の役割はどう変わるのか。プロセラネットワークスジャパン代表の菅野真一が、情報通信総合研究所上席主任研究員の岸田重行氏に話をうかがいました。(構成:WirelessWire News編集部 板垣朝子)

情報通信総合研究所上席主任研究員 岸田重行氏

情報通信総合研究所上席主任研究員 岸田重行氏

IoTでネットワークの「バランス」が変わる

菅野:本題に入る前に、弊社の紹介も兼ねて、私が考えていることを少しお話したいと思います。

私共プロセラネットワークスが提供しているのは「DPI技術を使って、ネットワークに流れるトラフィックを可視化・分析・コントロール」するソリューションです。お客様は主に通信事業者で、トラフィックの可視化によってネットワークの混雑解消や公平性担保のための制御、それによるユーザー体験の改善やアプリケーションベースサービス、ゼロ課金サービスなどの新たなビジネスモデルの導入が可能になります。

今、通信事業者は、トラフィックの急増に対応しながら新たなサービスと収入を確保するという課題を抱えています。モバイルデータトラフィックは2020年には10倍から30倍程度に増えるという予測もありますし、日本ではNetflixの上陸などでビデオのトラフィック増加がますます加速するでしょう。2012年のロンドンオリンピックではインターネットによるリアルタイム配信が始まりましたが、2020年の東京オリンピックではさらに増えると予想されます。IoT、クラウドもトラフィックの増加を加速します。

こうした環境下でネットワークをコントロールしていくために、アプリケーションの用途によって優先度をつけた制御や、アクセスしてきた端末のサイズによって動画の解像度を下げたり、といったきめ細かな制御が必要になってくると考えています。

岸田:数字は若干変わるかもしれませんが、トレンドや流れはその通りだと思います。何が変わるとどこに影響するのか、相互に関連しながらつながりがあるのだと思います。

スマートデバイス向けのトラフィックはビデオが中心となるでしょう。そうなることで、人が接する時間も増えますから、ますますビデオへの依存度は増えることになります。

セッションの数は、これはもうIoTで増加しますから、C-Plane(制御信号)の重要性が上がります。ネットワークのバランスを変えていなくてはいけません。スマートフォンが普及し始めた頃、トラフィックを捌き切れない状況に対して「スマートフォンがネットワークに悪さをする」という見方がされていましたが、これはモバイルネットワークがフィーチャーフォン向けに設計されていてスマートフォンに合っていなかったということでもあります。ネットワークの設計は利用シーンやユーザビリティを考えて変えていかなくてはいけません。IoTでも同様の課題が出てくると思われます。

人間が制御できないのがIoTのトラフィック

菅野:スマートフォンが普及し始めた当時は、毎日12時に大量の通信が発生し、ネットワーク運用に影響がでるというトラブルが発生して、原因を調べてみたらある特定のアプリが毎日12時にアップデートのシグナリングを送っていたことが悪さをしていたという、それまでのネットワークでは考えられないような原因でした。今では、どのアプリがシグナリングバーストを起こしているかを見つけることができます。

一方で、IoTのトラフィックの特徴としては、「人間が制御できない」ということがあると思います。例えばビデオのトラフィックであれば、人間の生活パターンと合わせればだいたい混雑する時間がわかりますが、IoTでは非規則的で動きが読めず、瞬間的に大量のトラフィックが発生するようなケースがあります。ビデオのような大きなデータを流すようなものと、IoTではトラフィックの特性が違っています。

岸田:ここ数年、ネットワークはスマートフォン向けにチューニングされてきました。音声通話が中心だった時代には、これまではネットワークをつなげるエリアを面で広げるために通信事業者は投資をしてきましたが、スマートフォンの時代になって、面ではなく深さ、ボリュームを上げる方向に投資されています。

IoTでは、またネットワークに求められる機能が変わってきます。5Gというのはそれに対応するための規格で、さまざまなデバイス向けのチューニングがソフトウェア的にできるようになるという方向感にあると理解しています。何もしなくていい時間帯が大半だけれども、瞬間的なバーストに対応するために、何かしなくてはいけない時間帯もある、そこでネットワークの利用者や提供者がどんな工夫をするのかが重要になります。

通信事業者もIoTに向けてどのような技術を導入していくかという方向感は見えていると思いますが、正直、設備投資計画は大変だと思います。今後余程何か無い限りトラフィックが減るとは考えにくいので、増え続けるトラフィックに対してどうネットワークを対応させていくのか。ソフトバンクの孫さんは「ネットワーク投資は回収のフェーズに入った」とおっしゃっており、スマートフォンのネットワークだけを見ていれば確かにそうかもしれませんが、IoTのネットワークはスマートフォンとは違ったものになるはずです。

少し話を広げてしまうと、ネットワークの周辺では「技術」「制度」「サービス」それぞれが、それぞれの理屈を持って、許される範囲内でそれぞれが自分の好きな方に動こうとしています。場合によっては押し合い、場合によっては引っ張り合いをする中でバランスを取ることで通信は進化していて、利用者の我慢だったり、提供者が需給バランスを取るような料金やサービスプランを出してきたり、技術イノベーションでこれまで不可能だったことが可能になったりと、不連続に変化してきているのだと思います。

トラフィックという言葉は通信だけではなく交通でも使います。両者は似ているところもあって、通信は交通の制御をする仕組みにいろいろと学んできましたが、明らかに違うのは交通は道路のような物理インフラに縛られるけれども、通信はそれを越えてしまうということです。スマートフォンのネットワークまでは自動車と道路のメタファーで良かったような気がしますが、IoTになると道路ではなく空間を相手にする感じがしていて、誰もまだ経験していない領域に行くのだろうなと思います。変動要素が多すぎて、どのような将来像になるのかは予想が難しいですね。

仮想化の時代だからこそ可視化が重要

プロセラネットワークスジャパン代表 菅野真一

プロセラネットワークスジャパン代表 菅野真一

菅野:仮想化、NFVの話をしていても、理想は「柔軟」「オートスケールイン/アウト」「サービスチェイニング」と語られるのですが、どこで何が動いているのかが外から見てとても想像しづらいです。「ここに装置があって、何をやっている」ということがうまく言えない。

岸田:仮想化は絵に描きにくいんです。今までのネットワークは機能と物理的な場所がある程度固定されていて管理できたのですが、それがNFVで全部仮想化されると、装置の場所とは別のレイヤーの管理を機械が行うことになるし、管理の仕方も、新しいものをどんどん入れて、うまく行ったら変えていくような形になっていくでしょう。トラフィックも見えにくくなりますが、ネットワークの提供者、管理者にとっては不安につながりますし、改善しようにも手の打ちようがない。利用者に適切なサービスを提供していくためには、トラフィックの可視化はとても大事だと思います。

菅野:通信事業者はだいたい設備の使用率7割程度で次のプランをたてるなどの対策をしていますが、それも難しくなりますね。

岸田:何割、という話が意味を持たなくなってくると思います。無線については帯域幅がボトルネックになりますが、今後は免許帯域以外の周波数も使われるようになってきます。通信事業者が自分の持ち物として管理しない資源も使いつつ、サービス品質管理はトータルで行う必要が出てきます。

菅野:今はスマートフォンを使っているとセルラーネットワークからWi-Fiに切り替わった時に、利用者皆が一斉に切り替わって通信ができなくなってしまうような現象がありますが、あれもトラフィックが見えていないからだと思います。なんでも一方向に切り替えるのではなく、相互に品質をどうコントロールするかを考え、場所ごとに制御する必要があります。

岸田:スマートフォンのトラフィックであれば人の動きやトラフィックのパターン化がしやすいかもしれませんが、IoTになると通信の主体は人ではありません。スマートフォンの世界はそのまま残るとしても、それ以外の領域でのコントロールは難しいでしょう。相手が人であれば「あけおめメッセージは控えてね」と訴えたりできても、相手が機器であれば、動くポリシーを通信事業者側でコントロールすることは難しそうです。「空いている時に利用する」という制御はできるかもしれませんが、皆が同じ制御を行うと効果が薄まります。品質が担保できないケースも出てくるかもしれません。提供する側にとっては難しい時代です。

MVNOは「目的に合わせた通信」を提供するようになる

菅野:サービスはどのように変わっていくでしょうか。総務省は2016年にMVNOの契約数を1,500万件まで増やすという目標を立てています。また、NTT東西のフレッツ光卸が誕生したことでFVNO(仮想固定通信事業者)参入が容易になり、モバイルと固定をセットで提供する事業者も増えて来ると思われます。

岸田:移動通信の方も、何割かは卸モデルに近づいていくでしょう。今のMVNOもそういう売り方ではありますが、今はまだまだキャリアがコンシューマーに直接販売するのがメインです。ヨーロッパの主要国ではMVNOのシェアが1割から3割程度ありますから、日本でもこれから増えて不思議はないです。この流れはじわじわとしばらく続くでしょう。

MVNO、といいますが、今後も「バーチャルネットワークオペレーター」という呼び方で良いのか?という気がします。サービス提供主体が変わることで、マーケティングの仕方も販売の仕方も変わるとおもいます。通信サービスを売る主体が拡がることで、契約というのが「通信サービス」を買うことではなくなるかもしれません。

賃貸住宅で、家賃の中にケーブルテレビの料金が含まれていて、ブロードバンドインターネットがついてくる、というケースはすでにあります。IoTではそのネットワークにモノがつながっていて通信サービスと一体となって提供されるようになるでしょう。引っ越しをするからブロードバンドも引っ越しを、という世界ではなくなります。

IoTでは、住宅だけではなく、倉庫、オフィス、車など、現在あるサービスに通信が混ざってくることになるわけです。モノとサービスが混ざる売り方は、MVNOの料金構造を変えることになるでしょう。その時、通信事業者はどこまで品質を担保することになるのか、今とは切り分けが変わるかもしれません。今のMVNOに対しては通信量の上限を決めて卸しているのですが、「用途に合わせた通信」という考え方で商品設計されるようになれば、卸し方は変わってくるでしょう。

菅野:今のMVNOの商品設計の軸は料金・速度・ボリュームの組み合わせで、借りたネットワークにどれだけ加入者を詰め込むかという勝負になっています。もう少し違う切り口で、会社ごとに持ち味を打ち出せると面白いですね。

岸田:今のMVNOの多くがISPですが、それで接続だけを提供しているというのはもったいないですね。ISPというのはインターネットへのゲートウェイを持っているわけですから、そのゲートウェイを使って違う形のビジネスができてもいいと思います。

例えば不動産会社がMVNOと一緒になって、企業向けに「固定もモバイルもワンストップで、工事もネットワークの構築も引き受ける」といったやり方で、大企業であれば情報システム部門の役割を提供する、なんてビジネスも考えられるかもしれません。光回線の卸しが始まったことで通信の請求書が固定とモバイルで一本化されつつありますが、さらに家賃やSI事業者への支払いの請求書も一本化した方が分かりやすければ、そうしたサービスが生まれると思います。

IoTでプロダクトはサービス化する

菅野:2014年のMobile World Congressで岸田さんが書いておられたJasper Wireless社のモハンマドCEOの講演では、「IoTでプロダクトはサービス化する」ということを言っておられて、さまざまなことを含んで言い得て妙だと感心しました。さまざまなプロダクトが売り切りではなくサービスになる、物理的なものではなくサービスとして提供するものになる。通信も、物理的なネットワークではなくその上で提供されるサービスを売るようになる。仮想化というと少し違いますが、流動的な側面を持つものになることで、お金の回り方やビジネスも変わってくるでしょう。通信事業者とサービス提供者が「卸」と「小売」という形でリンクすることで、さまざまなものがサービスとして提供されるようになると思います。

岸田:私もそう思います。「餅は餅屋」で、それぞれの事業者が得意なものを持ち寄り、売るのが得意な事業者が売るという提供のされ方になるでしょう。企業間のつながりがどんどん増えて、セット売りはその中の一つの要素になると思います。誰が誰に売るのか、という点に変化があるのではないでしょうか。

通信事業者の役割では卸が広がると思いますが、トラフィックと料金は関係が深いですから、どのような卸し方をするかによって利用者数も変わってきます。今の事業者間のつながり方とは違ったつながりが増えると思います。

後編に続く

 

※修正履歴(6/5 9:00)
岸田重行氏の肩書を当初「主任研究員」としておりましたが、正しくは「上席主任研究員」です。お詫びして訂正いたします。(本文は修正済みです)

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

特集:トラフィック可視化で変わるネットワークの姿

サンドバインがご提供する「トラフィックの可視化/制御ソリューション」は、増加するビデオトラフィックやIoT時代に向け、ネットワーク制御に欠かせない技術となります。本特集では、さまざまな視点から、今後求められるネットワークの形とトラフィック可視化/制御の技術をお伝えします。(提供:Sandvine