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パーソナルデータに関する検討の最前線の一つとして、プロファイリング(データによる推定)が挙げられる。

パーソナルデータを含むビッグデータの蓄積に、人工知能や機械学習等の解析技術を掛け合わせることで、対象となる人間の知性や人格をコンピュータ上で数理的に再現。従来のパラダイムを大きく超えた、サービスの品質向上や最適化、あるいは新たなサービス開発も予想されている。

一方、プライバシーやパーソナルデータに関する従来からの懸念はもちろん、プロファイリングによって仮想的に形成された知性や人格が、新たな社会的問題を生み出しかねない、といった指摘もある。

しかしながら、プロファイリングは現在どこまでできるのか(できないのか)、それはどのようなトレンドの上に立脚し、どのような思想の上に研究開発が進んでいるのか--そうしたプロファイリングに関する「そもそも論」が、実は十分整理されていない。

そこで、将来的な法整備の可能性も視野に入れながら、プロファイリングの現在と未来を、国立研究開発法人 産業技術総合研究所・人工知能研究センター副研究センター長(兼 確率モデリング研究チーム長)の本村陽一氏と、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社・プロダクト開発本部 広告技術研究室 主任研究員の原田俊氏に、対談いただいた。


──5月1日に「人工知能研究センター」を新しく立ち上げられましたが、どんな機関なのでしょうか?

本村陽一氏

本村 現在の(主にアメリカの巨大IT産業などの)AI先進企業は技術開発を行うだけでなく、自身がニーズを知り良いサービスを提供しながらビッグデータを集められる存在です。一方、多くの日本企業は自身ではビッグデータが集められなかったり、ビッグデータがあっても先進技術から遠い存在であったり、新たなニーズに気づかなくてサービスが作れなかったりする問題があります。そこで、人工知能技術シーズとニーズとデータをつなぐハブのような存在として国立研究開発法人産業技術総合研究所の中に「人工知能研究センター」が設立されました。私は以前のサービス工学センターでは大規模データモデリングチームをやっていたのですが、ほとんどそのまま「確率モデリング研究チーム」と改称して研究しています。やっていることは一緒なんですけど、古巣に戻ったというか、昔の看板に戻ったというのが正しいかな。

AIや機械学習のブームは「終わりの始まり」

──「確率モデリング」という言葉の方が馴染みがありますか?

本村 20年以上前から、マシンラーニングで確率モデルを自動的に構築する技術の研究をしてきて、応用としてビッグデータを活用するサービス工学に進んだのですが、時代の方が一周回って戻って来ました(笑)。第五世代コンピュータの次のプロジェクト、Real World Computingプロジェクトでそのあたり(確率モデルの自動構築技術の研究)が立ち上がり、それが僕の研究キャリアのスタートだったので、まさに一周、リバイバルですね。涙あり、冬の時代ありで、ブームが一体どのように弾けていくのかも見てきました。だから、この後起こるであろうことをだいだい予想がつきます。最近のAIや機械学習を巡る動きは、表層的、楽観的なブームの終わりの始まりではないかと僕はとらえています。

──確かにそうかもしれません(笑)。そして言われてみれば気づいたのですが、先日いただいたイベントの案内を見ていたら、AIとIoTとマイナンバーに関するセミナーだったんです。いわゆる「全部盛り」もいいところだな、という違和感はありました。

本村 それぞれの相乗効果はあるとは思いますよ。ビッグデータが相対的にトーンダウンしていますが、ビッグデータが消えてなくなったわけじゃない。ビッグデータがあるがゆえに、ニーズが生まれたので、AIが乗っかっている。そういう関係性が実はあまりきちんと掘り下げられていないという認識がある。相互の関係まで深めて今のブームをちゃんと分析すれば、過剰な期待と幻滅の繰り返しも、少しは緩和できるような気がします。

一方で、こういった期待は人間の忘却力のなせる技でもありますね。逆に言うと、過去には過剰にネガティブだったという面もあるわけですよね。それを忘れられたんで、ニュートラルに純粋な期待が出てきている面もある。本来期待すべきところに期待するのはかまわないんですよ。でも、皆が根拠なく、あそこが騒いでいるからうちも、という形でノイズが混ざっているのが今の状態で、ノイズが過剰すぎることでまた本質が見えづらくなる。

またいずれ「冬の時代」が来るかもしれません。その時、本質ごと流されてしまっては意味がないので、個々できちんとノイズと本質部分を上手く分類すると、早期に実現可能な本質的な部分と、ややエンタメ的な意味合いも含めた流行で動く部分と、優先付けをちゃんとした上で、問題の方向性に応じて使い分ければいいのではないかと思います。

現在のAIは人間との関係性が大事

──どう分けていけばいいのでしょうか?

本村 最初はロボットのような、自立した知能体を動かすプログラムをAIといっているものと、人間のあるファンクションを代替して、場合によっては人間のように独立したものではない、昔のヨーロッパで言うアンビエント・インテリジェンス。これらは最低限分けて議論した方がいいと思う。

今AIと総称しているものがどういう構成要素からなっているのか。かつてのシンボリックな論理と推論を中心としたAIと、昨今のマシンラーニングに基づく大規模データを中心とした新しいタイプのAIがあるはず。そのなかで我々は、その両者をバランスさせてAIがブラックボックスにならないように、人との相互理解可能性という別の尺度を導入する次世代人工知能の開発を目指して、センターを立てているんですけど、何が次世代のAIで、何が旧来のAIで、何が現在のビッグデータによって底上げされたものなのか、その見極めが重要です。

特に一番ポイントなのが、人間との関係性なんですよ。孤立した知能ではないということが直近で議論されるAIの本質で、人間との関係が、Pepperなどの対人ロボットのような一対一の関係では止まらないはずなんですよね。そもそもが一対多であったり、あるいはPepperが自立しているのではなく、それを介して人間を投影していて、そこの裏にいるのは人間なんじゃないか。たぶん、人間とどう係わるか、人間の間がどうなるか。僕はむしろアンビエント・インテリジェンス系の議論を極めた方が、重要なことが見えてくると思う。

つまり自立したエージェント型のAIで語ってしまうと、閉じてしまう。発展性がない。アンビエント型にした方がかなり広がりを持った議論ができるのではないか。ただ、最近、あまりアンビエント型の議論が今のブームの熱狂の中では出てこない。

リアル過ぎるとつまらない

──AIの中でも分散エージェントの大家である京都大学の石田亨先生が、「エージェントといってもシステムが完全に自律するのではなくて、それを使う人間をサポートする人間支援系であることに意味がある」というようなことを、コミュニティウェアの文脈で話されていました。ああいう世界観ですよね。

本村 仰るとおりなんです。でもそういう議論があまり最近出てこない。ユビキタスがかなり現実になってしまったので、そこに夢を投影できていないんじゃないかな。逆に、そこが過剰にリアルになってしまったので、ロボットのようなエージェント型の方にやや近未来のバーチャルっぽさや、そこに起因する新規性のようなものを感じるバイアスが掛かっている気がします。

AIセンターの前にサービス工学センターをやっていて、これがある意味、リアルを追求して、非常に現実主義でやっていたんですけど、リアルすぎるが故に「反動的」ともいうべきフィードバックがあったんです。

サービス工学がどういう人達に評価されるかというと、大学病院で夜勤をしている看護士さんとか、介護現場の人たち。仕事量も多くシビアな現場ですね。そんな現場で、ロボットの世話なんかをしている暇はない。そんなことより今すぐ使える日常の道具が欲しい。そういう中でサービス工学をやってきたわけです。そうすると、夢やロマンの部分がないので、技術者や研究者の間では盛り上がらない(笑)。福祉系の研究もそうじゃないかと思うんですけど。

──でも玄人的には最高に面白い領域ですよね。

本村 そうなんですよ(笑)。そしてここが難しいところです。実体としてはちゃんと日常生活に根付いた問題解決と言うことが、次世代AIの中には当然必要。ただ、その周辺にはどこか「ふわっ」とした感覚を伴った、リアルすぎない研究もあることで、プロジェクトのスケールが大きくなる。だから、シリアスなものが良くて、そうじゃないものが悪い、なんて単純な話ではなく、夢のような部分を持たせながら、シリアスな問題解決を説いていくというストラテジーの必要性を感じています。

テクノロジーの流行を真面目に考える

実際、Facebookのようないわゆる「ジャイアント」な事業者たちは、そういうことを考えているんじゃないかと思うんです。ソーシャルな時代のITというのは、そういうことを真剣に考えて戦略を立てながら動くことなのではないかと。

──テクノロジーの本質を見極めた上で、そのムーブメントをどういう風に配置していくと、火を消さずに前へ進めるのか。Facebookは巨大なプレイヤーですから、自分の動き方で変わってしまいます。だから、自らが動くことの影響も含めて、考えている、と。

本村 AIブームは日本が火をつけたわけではなくて、アメリカから来ているわけですけれども、それに脳天気に乗っかっている場合じゃない(笑)。いや、下手をすると踊らされている可能性もあるわけですよ。それによって当然、株価の変動だとか投資効果が変わっている。極端に言えば、彼らは研究成果を出す必要もなく、AIだといってブームが起きることで十分に投資は回収できている可能性さえある。

機械学習が前提となっているアドテクにおける今後のニーズ

原田俊氏

原田 本村先生の文脈を踏まえると、これまでのアドテクノロジーは、いわばサービス工学を追究する方向性で、技術を用いてターゲティングの精度を高めていこう、広告枠の売買価格を最適化しよう、という取り組みが主流でした。その文脈において、ネット広告業界でも、機械学習への取り組みは進んでいます。端的に言えば、ネット広告というのは、広告クリエイティブと人間のマッチング最適化で、クリック率のようなパラメータが決まっている領域なので、そこは機械学習で十分いけるんじゃないかと思います。アドテクノロジーの中核的なシステムの一つである「DSP(Demand Side Platform)」も、それを目指していると言えますし。

一方で、画像のディープ・ラーニングのようなものは、まだ誰も手を付けられていません。海外企業の事例を見て、活用方法を検討したり、どのように普及・変化していくか予測している状況です。

本村 ニューロコンピュータがブームだった1990年頃に、多層ネットワークにコンテクストを考慮して画像を処理させるという実験をしていたんです。何がボトルネックだったかというと、単純に当時のSunのワークステーションのクロックが、33MHzだったわけです。

原田 めちゃくちゃ遅いですね(笑)

本村 当時は文字認識程度が関の山だったわけです。それが単にスケールが3GHzになって、データがこれだけ増えたので、多層の学習に関しても、学習だけじゃなくて、学習対象のデータがリッチになったことから今の現象が起きたわけです。そういう意味では、現在起きていることはシーズ側からは必然に近い。だからこそ、むしろニーズがどっちに行くかを知ることが大事なんだと思います。

そしてそのニーズは、おそらく今後は潜在意識という方向に進むのではないか、といま思っています。ニーズ・シーズのマッチングを考えると、私たち人間は、平日と休日の過ごし方が違うように、私たちは多様なペルソナをいろいろな局面で使い分けています。あるいは、前述した「リアルな問題」と「ふわっとした問題」で何が違うか。同じ人で同じ技術なのに、そのふたつの文脈によって挙動や行動が違うわけです。

原田 人間の中の多層的な面ですね。

本村 IoTの本質は、そういう無意識行動までもデータに残っちゃうということにあります。アンケートやインタビューでは、逆立ちしても出てこないですよ。

(2)につづく

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