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株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川 憲氏

株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川 憲氏(後編):フェアであまねく機会を提供するという思想

日本のIoTを変える99人【File.008】

2015.12.21

Updated by 特集:日本のIoTを変える99人 on December 21, 2015, 07:00 am JST

9月30日からサービス提供を開始したSORACOM AirSORACOM Beamを利用して、続々とIoTソリューションが誕生している。「コンセプトは存在していても実現できなかった」モデルをサスティナブルに実現し、社会に貢献していきたいと玉川氏は語る。その背景には、「フェアであまねく全ての人に機会を提供する」という思想がある。
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株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川 憲氏

玉川 憲(たまがわ・けん)
株式会社ソラコム 代表取締役社長。2010年にAWS日本市場の立ち上げにエバンジェリストとして参画。2012年より、アーキテクト、トレーニング、コンサル部隊を統括。2015年、株式会社ソラコムを起業し、革新的なIoTプラットフォームの開発に従事する。Amazon クラウドデザインパターン(CDP)の発起人。元IBMソフトウェアエバンジェリスト。

優れたコンセプトをサスティナブルに実現して、社会を変える

ソラコムはテクノロジー的には尖った会社だし、テクニカルなイノベーションを起こすことがミッションだと思っています。でも、世の中に貢献しない方向に進むのは、良くない。「地に足がついた」IoTのスタートアップカンパニーでありたいです。そのために、生活者の目線は大事です。

「地に足がついた」というのは、言い換えると、サスティナブルでなくてはいけないということです。私達のサービスで何かを変えることができて、喜ぶ人や会社がいる、そういう意味で地に足がついていたいと思っています。絵だけ描いて使えません、何も変えません、というのは違うと思う。だから「(9月30日に)サービスを発表した瞬間から使える」ことにはこだわりました。

地に足がついた活動を我々がしていたから、お客様やパートナーに信頼をいただき、惜しみない協力をいただけましたし、サービスを発表した瞬間からIoTでさまざまな課題を解決できました。ありがたいことだと思っています。いくつかの事例を紹介しましょう。

セーフキャストという、ガイガーカウンターで日本の放射線を計測して地図上に可視化しているNPOがあります。アイデアとしては昔からありましたが、実装は大変だったでしょう。でもいまは、センサーが安くなって、コントローラーはRasperry Piなどを使えば安く出来て、回線にはソラコムを使って、クラウドはAWS、そして表示はGoogleMapを使えば実現できます。まさにIoTを体現したソリューションです。

フォトシンスのスマートロックAkerunもおもしろいですね。遠隔地からSORACOM Airの入ったゲートウェイ(Akrun Rmote)を通じて、ドアの鍵があけられるというアプリです。これも昔からアイデアとしてありましたが、現実的なソリューションとして実装されています。

移動体にSIMを載せる例では、Global Mobility Service(GMS)のMCCS(Mobility-Cloud Connectivity System)がおもしろいです。リースする車にSIMを刺した車載器を搭載して、それで車をクラウドにつないでコントロールします。たとえばリース料金が支払われていないと次から自動車のエンジンがかからないとか、そうした制御ができます。移動体のエリアでは、車以外にも、自転車などの動くものからデータを送ってクラウドで処理することで、さまざまなことが可能になります。

また、今は法的に制約がありますが、ドローンにSIMを載せられれば、今までは搭載できなかったようなコントローラブルなカメラが積めるようになります。今もドローンは災害現場の空撮用に使われていますが、さらに高度な撮影が遠隔地から可能になりますね。

センサーで集めたビッグデータを分析して予測モデルを作るのもおもしろい分野です。ハレックスは、気象庁が観測して出している情報を可視化して1kmメッシュで提供しており、予測モデルを構築して1時間後までの天候予測もしています。航空業界や輸送業界には現状でも価値あるデータですが、ソラコムを活用してもっと細かくセンサーデータを取得できるようになり、予測モデルが充実すれば、これまでにできなかったようなサービスも提供可能になります。例えば、休日に子どもを連れてどこに行こうか、天気が微妙だと悩みますけど、1kmメッシュで精度の高い天気予報があれば行動が決めやすくなります。そこに広告を出したい企業もあるでしょう。すると新しいビジネスモデルになります。

人工知能もビッグデータを活かせる分野ですね。その意味で、自動操縦や自動認識も、IoTとは切っても切れない分野だと思います。

これまでモバイル通信は「1枚のSIMでできるだけ早く」という方向に進化してきましたが、IoTは「遅くてもいいから低消費電力で、小型モジュールで、広くあまねく」という、全く違う方向性の進化です。テクノロジーの方向が変わると、今まではコンセプトレベルで存在していてもサスティナブルではなかったので実現できなかったモデルも実現可能になります。ソラコムはその世界に入るための敷居を下げていきたいと考えています。

LTEのカテゴリー1やその先の技術も、ソラコムの進化方向と合っているんですね。制御系にIoTを活用しようとすると、低遅延であることが求められます。コマンドを送るのであれば高速である必要はありませんから、LTEはレイテンシーを変えずに帯域を絞ることで価格と消費電力を押さえ、モジュールを小さくすることができます。つまりより低価格に小さなモジュールでサスティナブルに実現できるのです。

IoTのボトルネックは移動する

クラウドはこの5年間で進化してきました。モバイル通信もソラコムのようなプログラマブルMVNOが出現しましたし、今後も出てくるでしょう。次のボトルネックになるのはモノ、すなわちデバイスです。お客様の声を聞くと、みなさん「もっと安いモバイル通信デバイスが充実して欲しい」と言われます。

理由はいくつかあります。一つはロットの問題で、今まではIoT向けデバイスを作ろうと思っても、小ロットだったので、価格が上がらざるを得なかった。これは、普及して数が増えて汎用的に使えるデバイスが出てくれば、解消できるでしょう。

もう一つが技術適合試験を通す、いわゆる技適を取るための費用がかかるということ。小ロット生産の場合これも負担になり、ますますデバイスの単価が上がります。個人的には、より簡易にテストができる仕組みが整って欲しいと思っています。

IoTはクラウド、通信、デバイスの3つで構成されていて、ボトルネックはどんどん移動していきます。デバイスの次はまたクラウドにボトルネックが出てくるかもしれませんね。もしソラコムに関わるところでボトルネックが出てきたら、プラットフォーマーとして、安く便利に、スピーディに解決していきたいと思っています。

生活を便利にするプレイヤーに、モバイル通信の敷居を下げる

株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川 憲氏

ソラコムの利用分野としては、コンシューマー密着なエリアもあります。Z-WORKSのLiveConnect(ライブコネクト)というサービスは、家庭にIoTデバイスを提供するソリューションを開発しており、ソラコムのSIMが入ったゲートウェイにさまざまなIoTデバイスを接続することで多様なソリューションが提供できます。

たとえば高齢者を介護する介護者の負担を減らすソリューションとして、トイレのドアの開閉センサーと寝ているベッドに心拍数センサーなどセンサーを取り付け、生活をモニタリングすることで介護者の見守りをサポートします。また「ドアを閉める」ソリューションを提供することで、認知症の方の予期せぬ外出を防止することもできます。

プリンシプルの提供する「スマートルームセキュリティ」システムは一人暮らしの女性をターゲットにしたソリューションで、「帰宅したら中に不審者が潜んでいた」という怖い事態を避けるためにドアや窓にセンサーを付けて、開けたら通知される仕組みを作ります。これは元々無線LANやBluetoothなどで実現できていたのですが、「設定ができない」お客様のために、ベンダーが設定に訪問しなければいけない、という声がありました。SIMであればモバイル通信の圏内であればつながりますから、導入のハードルが1つ下がります。家の中の生活を良くしていこうという方向性は分かりやすいと思います。

小売店やスモールミディアムビジネスを対象にしたソリューションとしては、リクルートライフスタイルの無料POSレジアプリ-Airレジ(エアレジ)があります。タブレットでどこでも決済できて、POSソリューションの契約やインストールに比べると手軽です。同社は、iPadとプリンターを組み合わせて、店頭などでの順番待ち受付券を発行するAirウェイト(エアウェイト)というソリューションも提供していますが、これもネットでつながっていけば、混雑情報をリアルタイムで提供したり、逆に空いている店にお客様を案内することもできますね。

目に見えない場所では、電力メーターや太陽光発電、こうしたものをまとめた電気の売買に使われるデータなどを送るのにソラコムは適しています。一般消費者は意識しなくても生活が便利になっていくでしょう。

私達は、このような通信インフラを提供するプラットフォーマーなので、個人でもスタートアップでも中小企業でも大企業でも、「生活を便利にしていく」プレイヤーの方の、モバイル部分の敷居を下げることで、社会を良い方向に動かすことに貢献できると思っています。

IoTで挑戦する人が止まらないで走れるように

1月27日に、Connectedという500名規模のカンファレンスを開催します。そこではお客様やパートナー企業の事例をご紹介すると同時に、新サービス、新機能を発表したいと考えています。また、値下げについても発表したいです。サービスの性質上お客様が増えると運用コストは下がりますので、それをお客様に還元してもっと広くあまねく使っていただきたい。サービス開始から1ヶ月でSORACOM Beamは10%値下げしています。SIMの初期費用も580円から560円に値下げしました。これからも下げられるところはどんどん下げていきます。

SIMの販売枚数についてはまだ明確に発表しておりませんが、すでにお客様アカウントは1000を超えました。カンファレンスの時に皆さんを驚かせたいと思っています。今、アマゾンで1枚から、直販サイトでは10枚から購入できるようにしていますが、ちょっと触ってみたいという個人の方や企業内で何か新サービスを検証するという方は1枚から数枚をアマゾンで買われますね(追記:12/11より直販サイトでも1枚単位で買えるように変更)。検証後に本格的に利用される時は直販サイトで買われます。たまに個人で10枚、買って行かれる方もいらっしゃいますが。

毎週100枚以上追加注文されるパートナー企業もいらっしゃいます。自社製品に組み込んで売られているので、売れたら調達する必要があるわけです。従来であれば通信というのは製品とは別に契約するものでしたが、ソラコムなら通信を完全にインテグレートして販売できます。そこが新しいと思います。

クラウドの世界にあてはめると分かりやすいですよね。コンピューターシステムの受託開発は、昔はデータセンターがなくてはできませんでしたが、今はAWSがあればデータセンターを自分で持たなくても商売ができます。同様に、通信インフラを自社で持たなくても通信を提供する事業者としてビジネスを始めることができるのです。誰でも参入できるのは新しいと思います。

今、レクサスやTesraの中にはSIMが入っていて、クラウドと通信しています。あるいは、建設機械もそうです。そうしたサービスは限られたプレイヤーしか提供できませんでした。それをフェアであまねく全ての人に機会を提供する、という思想がソラコムにはあります。

株式会社ソラコム 代表取締役社長 玉川 憲氏

新しいことをやろうとする人は、たいてい既得権益を持っていない人です。そういう人たちが大きなチャレンジをするために大きな初期投資がかかるのでは、計画や予算を考えるために時間を取られてしまい、スタートダッシュが鈍ってしまいます。IoTでおもしろいことをやりたいと思った人が、止まらないで走って欲しい。個人でも小さなスタートアップでも、もちろん大企業の中の新規事業企画も、同じように応援したいのです。

ソラコムというサービスは先にAWSがあったからできたものですし、プラットフォームとしてAWSをリスペクトしています。よく冗談でニーチェの「深淵を覗き込むと深淵に覗き込まれる」という言葉にかけて「AWSを覗き込むとAWSに覗き込まれる」って言うんですが、まさにそういう感じです。ソラコムを評価してくれる人が、ソラコムとAWSを使って、新しいプラットフォームを作ってくれると面白くなると思っています。

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