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汎用AI開発には全脳アーキテクチャが理解できる人材の育成も必要 -シンギュラリティ・サロン第12回公開講演会リポート-

2016.03.01

Updated by Yuko Nonoshita on March 1, 2016, 12:50 pm JST

毎回、人工知能の研究開発に携わるさまざまな有識者が登壇する「シンギュラリティ・サロン」の第12回公開講演会がグランフロント大阪のナレッジサロンで開催された。

今回は、理化学研究所・生命システム研究センターチームのリーダーをはじめ、全脳アーキティクチャ・イニシアティブの理事と副代表など、数多くの肩書きを持つ高橋恒一氏を講師役に迎え、「人類を再発明するのに必要なこと」をテーマに話が進められた。

話の内容は高橋氏の活動の広さをそのまま表すかのように、コンピュータからロボット工学、バイオまで多岐にわたり、人工知能が開発に関する基礎的な話から開発に関する世界の動きや具体的な実験内容など、さまざまな話が取り上げられた。

▼講師役の高橋恒一氏は理研や全脳アーキテクチャをはじめ、AI社会研究会の共同発起人など数多くの肩書きを持っている。
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汎用人工知能の開発が進むも方向性は微妙に異なる

カーツワイルが2045年に訪れるとしているシンギュラリティ(技術特異点)。日本でも総務省の情報通信政策研究所が報告書を発表しているが、高橋氏は2030年頃が鍵になるのではないかと見ている。背景としては、2020年前後にはニューラルネットの開発や熱処理の問題解決が進み、コンピュータがムーアの法則を超えて性能を向上させる可能性が見えてきたことがある。だが、ヒトの脳を越える計算力を持つ知能を開発するには、脳の動きを解明する必要があり、そのためには、G=遺伝子工学、N=ナノテクノロジー、R=ロボット工学(AI)の3分野が相互に影響を与え、発展していく必要があるとしている。

▼コンピュータがムーアの法則を超える日がいよいよ見えてきた
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遺伝子工学ではDNAの解読コストが大幅に下がり、生命の解析が急速に進んでいる。新しい生物学の登場により、ヒトの脳がなぜ省電力で高速に情報処理を行えるかの解明が進められようとしている。遺伝子マップから生命を推定するのが究極の目標だが、ゲノム規模細胞シミュレーションを行うツールは作成済みで、生命の動きをビジュアライズする解析が始まっている。

世界のAI開発は、車を自動で運転したりチェスや囲碁に勝つのを目的とした特化型AI(narrow AI)より、人間のように自由に考える自立性の高い汎用人工知能(AGI)に向かっている。その中でも、生物学的忠実性と工学的設計、価値システムなしの新皮質とありの全脳というよに、それぞれ開発ポイントが少しずつ異なっていて、開発体制もオープンにしているところとクローズなところがある。また、Googleが買収したDEEPMIND社が国際学会でAGIの開発に挑むと発表したり、チェコの資産家がGoodAIという会社を立ち上げるなど、まだこれから参入が増えそうな状況にある。

▼AGI開発に取り組む組織のマッピング
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日本では、高橋氏が理事・副代表を務める全脳アーキティクチャ・イニシアティブ(Whole Brain Architecture Initiative =WBAI)がある。脳の働きを解明する全脳アーキテクチャの研究者と賛助する企業で構成されるNPO組織で、研究側は慶応大学や東大、国立情報学研究所、ドワンゴ人工知能研究所、企業側にはトヨタやパナソニック、PEZY Computingらが参加している。

▼全脳アーキティクチャ・イニシアティブの参加組織
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専門家の組織化や人材育成も必須課題になる

AGIの開発には、認知科学、計算機科学、神経科学という3つの科学が融合すること。それに加えて、解剖学、生物学的なアプローチも必要になると高橋氏は分析している。具体的には、共同作業の基盤となる脳型計算基盤ソフトウエアことBriCA(Brain-inspired Computing Architecture)を開発し、神経科学者や計算機学者らといった多様な専門家の協業の場を作り、サービスロボットやビッグデータ解析を行うプロダクトデザイナーを結びつける、認知アーキテクチャによるミドルウェア開発などを目指している。

▼多様な専門家を結びつけるきっかけとなる脳型計算基盤ソフトウエア(BriCA)の開発も行われている。
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さらに人知を超えたシンギュラリティを目指すのであれば、専門ジャンルを超えて新たな発想でAIの進化を牽引する人材も必要になる。日本では個々の研究に優れた人材はいるものの、全体の動きを見ながら研究開発を牽引できる人材が海外に比べて不足しているため、新たに「認知アーキテクト」という職業を作り、人材を育成することが重要になるのではないかと高橋氏は指摘する。

また高橋氏は、専門分野にとらわれない活動で業界内の情報を結びつける役割も果たしている。以前にWWNで紹介した「人工知能による科学・技術の革新」ワークショップ(前編後編)をはじめ、AI社会論研究会など人工知能の専門家以外とも情報交流を行う活動に力を入れている。

日本からシンギュラリティを生み出す可能性は?

シンギュラリティサロンを主催する神戸大学名誉教授の松田卓也博士がサロンをはじめたきっかけともなった「日本からシンギュラリティをおこす」には、欧米にはない日本ならではの「やわらかい価値観」の発想が肝になるともしている。欧米は主にコネクトームベースのアプローチでノイマン型と機械学習を組み合わせて、つまりビッグデータに頼る方式で全脳アーキテクチャよりも早くAGIを構築することを狙っている。それとは異なるやわらかい価値観で発想できたほうが勝てる可能性があるというわけだ。

高橋氏は具体的な勝機として、AGIのシステム面での開発傾向がニューラルネットと機械学習中心という、日本が得意な作り込み型へと向かっていること。機能面においても、やわらかいAIを作るための心の理論やHAI(Human-Agent Intraction)といった日本のお家芸が活かされやすい状況にあることなどをあげている。一方で、Googleは100人規模でドクターを世界から集めているが、日本では組織化どころが十分な投資額も確保できていない状況にある。10年かかると思われたことがあっさり解決される人工知能開発の現状を見ていると、このままでは大きな遅れをとるのではないかと心配になってくる。

▼日本にはこれだけの勝機があるというが・・・
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AI開発の何が人類の再発明につながるのか

人工知能は今後、科学技術の進化にも不可欠な存在になる。複雑化する科学を解明するには人間の知見だけでは限界があり、実験や仮説の発見にもAIを使うことで飛躍的に進化する可能性がある。すでに実験は始まっており、コーネル大学ではカメラに捉えた機械の動きをAIに観察させて法則を発見することに成功している。

▼コーネル大学で行われた実験はYouTubeにも公開されている
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また、難しいといわれていたAIを使った実験をロボットにやらせる研究も始まっている。高橋氏が参加するスタートアップ企業、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート(RBI)社では、生命科学の実験手順をプロトコル化してロボットにダウンロードし、同時並行して行う実証実験を行っている。こうした環境が増えれば、専門家以外でも生命科学の実験がどこからでもできるようになり、そうした方向からも科学が進化する可能性が出てくる。

このようなAI駆動型科学は第五の科学になる可能性があり、それこそが講演のテーマでもある「人類を再発明するために必要なこと」ではないかと高橋氏は説明する。その理由として、科学のイノベーションを自動化することは第四次産業革命につながるもので、先進国として生き残るために不可欠であること。ハードとソフトへ注力するだけではG、N、Rの技術発展が息切れする可能性があること。科学技術が十分に発展する前に人工知能が進化するとAIが理解不可能になり、共に発展するのが難しくなるからという3つをあげている。

AIの開発については、社会学や法律、政治からの考察が必要であり、それを作って社会で動かす場合は注意しなければならない。そのためにも何がおきるのか第五の科学であらかじめ解明しておかなければならないかもしれない。いずれにしてもAIの開発には、たくさんの種類のAIを作って実際に動かしていくことが重要になりそうだ。

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※本文の一部に修正を行いました。(3/3 15:00 編集部)

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。