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熊本地震から100日、現場から見た支援の課題(3)IoTやITは平時の活用と備えが肝心

2016.08.05

Updated by Asako Itagaki on August 5, 2016, 09:01 am JST

シンポジウム「民間・行政・医療 それぞれの立場で語る熊本地震100日史 ~あのとき現場で本当は何が起きていたのか~」から。第3回は佐賀県庁職員の円城寺雄介氏による「行政」視点から見た現場の課題を紹介する。

(1)民間のボランティア組織とドローンの活用
(2)災害救援に「支援の質」向上の考え方を

▼EDAC副理事長兼CEO 円城寺雄介氏

情報は「現場主義」で積極的に取りに行く

熊本県と佐賀県は隣り合っており、県庁所在地の佐賀市と熊本市の間は約80㎞。熊本地震では佐賀市も大きく揺れ、明らかに16日の本震の方が揺れが大きかったという。本震発生から間もなく佐賀県災害警戒本部が立ち上がり、翌朝10時には現地に情報連絡員(リエゾン)派遣を決定した。

「隣の県で大災害が起きたのだから迅速に動くのは当然」だと思われるかもしれないが、実はこれは異例なことであった。「行政のルールとしては、大地震などの災害時にはまず被災地の県知事から地方知事会、全国知事会に支援要請を出し、各自治体は知事会の指示に従って組織的に支援するのが原則です。でも今回は、熊本県から九州知事会への要請を待っていては手遅れになるのではないかと考え、いち早く現地で情報収集をして隣接県として効果的な支援をしようということになりました。佐賀県は「現場主義」が仕事の基本であり、災害時にも現場主義で積極的に自ら情報を取りに行ったわけです」(円城寺氏)

ここで現地派遣要員として白羽の矢が立ったのが、災害対策とは全く無関係な部署にいた円城寺氏だった。前例や平時のルールが通用しない災害地派遣で、制約の多い中臨機応変さが求められる任務に、県内の救急車全台へのiPad配備やドクターヘリ導入など先人がいない分野で道を開いてきた円城寺氏の経験と資質が生きると思われたのだろう。

「与えられたのは1枚のiPadと車だけ。必要なものは道中で自分で揃えなさいと言われてその日の昼には佐賀を出発しました」(円城寺氏)佐賀市内で機動力確保のためのガソリンと食料を調達し、道路の状況も分からないまま熊本へと向かったのだった。

自身も被災者の行政職員にかかる過大な負担

熊本県庁に到着した円城寺氏を迎えたのは、玄関ホールに積み上げられた物資の山だった。さまざまな企業や団体から支援物資が届いており、置く場所がないのだ。

▼熊本県庁玄関ホールに積み上げられた支援物資
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これらの物資の搬入や避難所への配送はすべて県庁職員が行っていた。当然だが職員には被害状況の確認や福祉など本来の業務がある。しかし物資は容赦なく届くので、館内放送の「お手すきの方は荷物の搬入を手伝って下さい」の声に、自分の仕事を中断して荷物の運び入れと運び出し作業に取り掛かる。

「本来の行政職員の業務に加えて慣れない力仕事、さらに『避難所の人が食べられていないのに食事をするわけには…』と飲まず食わずで働く職員がどうなるか。倒れる職員が続出します」(円城寺氏)現場の職員が倒れることで管理職が現場に出ることになり、さらに倒れてしまう。悪循環だ。

また、各市町村に設置された避難所では住民との連携もうまくいっていないところもあった。少しでも広いスペースで身体を休めたい避難者と、業務のための通路をあけて欲しい職員との間でいさかいが起こることもあったという。自身も被災者である職員には大きな心理的負担になっていた。

職員が倒れたり、心理的な負担をかけられ続けては災害対応や復旧も進まなくなってしまう。職員も十分に休ませて、補給を行ってこそ力を発揮できる。この教訓はその後、佐賀県から県職員や市町村職員を被災地派遣する際に、毎日避難所で寝泊まりをさせず必ず交替で近隣の宿泊施設等で休ませるなどの工夫につながった。

末端の情報がそのまま拡散される報道とSNSは混乱を招く

本震の翌日には県庁から10㎞離れた場所のコンビニには少しずつ食料などの物資が届き始めていた。物流が完全に止まっていたわけではなかったのだ。

「でも報道やSNSでは『足りてない』情報が大きく取り上げられ拡散されていきます。たとえば「水が足りない」という情報が何度も拡散されました。たしかに水が足りない避難所もあったけれど、それは例えば全体の数%程度で、それも近隣自治体の水道局から水を届ける措置がとられていました。それなのに『水が足りない』という報道やSNSでの拡散で、支援物資として水が大量に届き、さらに現場は混乱します」(円城寺)

第1回で紹介した稲田氏は民間の立場から、SNSにより拡散される情報に時差があることで現地ニーズとギャップができることを課題としていた。だが、行政の視点から見ると、それとは性質が異なる「一部の情報だけが拡散される」ことによる問題も生じていたということだ。

刻々と変わる状況に対応できない情報共有

情報共有のために開催される国と県の会議では、資料が紙で配布されていた。だが状況は刻々と変わっており、資料の情報が最新ではないことからここでも混乱が発生していた。また、現地の様子は紙や報告者からの説明で想像するしかできず、同じ情報を聞いても思い浮かぶ内容が相違しており、意見が平行線をたどるシーンもあった。ここに大型ディスプレイがあって現場の写真や中継を映し出せればどんなによいだろうかと思った。

▼次に提示されたこのスライドで会場からは笑いが起こった。だが、災害時には「平時の会議室や危機管理センターが最上階にあるから対策本部も最上階」という配置も見直して良いのではないだろうか。実際に地震の影響でエレベーターが動かなくなってしまい、円城寺氏も災害対策本部会議が開催されるたびに10階以上階段を駆け上がったそうだ。
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県への報告にはiPadを活用

県庁の中だけでなく、現地の被災状況も見て回った。「現地の状況を佐賀県職員がいかに『自分ごと』にするかに心を配った」(円城寺氏)テレビ会議で知事や幹部に生の状況をそのまま見てもらうのは大いに役立ったという。県庁内に1000台のiPadを配布し、平時から業務に活用していたことが災害時にも生かされた。

カウンターパート制で西原村の支援を実施

九州知事会の決定で、佐賀県は西原村を支援することになった。震度7に見舞われ、最も被害の大きかった地域の一つだ。4月19日から7月末まで、佐賀県および県下市町村から総数1100名以上、延べ7300名以上の職員が派遣された。

支援の内容は避難所の運営や炊き出しの他、罹災証明を出すための家屋調査や震災がれきの分別を行った。

▼佐賀県庁や佐賀県下の市町村から派遣された職員が現地作業を行った。
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家屋調査へのIT活用に可能性を見出す

被災地の支援業務の中で、円城寺氏がIT活用の可能性を感じたのが家屋調査だ。「調査結果が全壊になるか半壊になるか一部損壊になるかで、補助金や仮設住宅入居の優先順位が変わるなど、その後の生活に大きな影響が出ます。専門知識が必要で誰にでもできる仕事ではないので、どうしても特定の職員に負担が集中していました」(円城寺氏)

着目したのがドローンとスマートグラスだ。足場を組まなくては見えない屋根の上も、ドローン空撮であれば上空から確認できる。また、現地にいる職員がスマートグラスでその場の映像をそのまま遠隔地にいる熟練者に送り、双方向で指示を受けて写真撮影を行うことができれば、現地に行くのは誰でもよい。ドローンやスマートグラスの活用で出張が減れば、熟練者の負担は相当減るはずだ。

西原村の支援を通して村と信頼関係を作り、実際にドローンによる家屋調査に挑戦してみた。その結果、「技術的にはできたけれども、結論から言うと状況が許さなかった」と円城寺氏は語る。職員が現地を訪問して行った調査とドローンやスマートグラスを活用した調査で、判定が異なるケースが出てくることが予想されたからだ。

「ドローンやウェアラブルを使うことで判定が変わるということになれば、これまでの調査は全部やりなおして欲しいという住民の方からの要望が当然発生します。それをやれば家屋調査はますます遅れてしまい、被災者も仮設住宅の入居ができず一時金などをもらう時期がさらに遅くなってしまう。それではITを使ってより良く効果的にやろうという目的から本末転倒になってしまう。また佐賀県チームの家屋調査の精度は近隣自治体に比べると極めて高かったことから今回は採用を見送った」(円城寺氏)今後のためには、最初からITを活用した調査ができるよう備えておきたいとした。

有事のための出張規定が必要

また、本格的な支援が始まった後に円城寺氏が気づいたのが、県庁内に有事を想定した各種の規定がなかったことだった。「災害派遣に平時の規定をあてはめると、出張費も宿泊費も支払われなくなってしまうようなケースが出てくることが分かりました。さすがにそれでは良くないので、現在は有事を想定した規定の整備に取り組んでいます」(円城寺氏)

情報共有やITは平時から活用しておくこと、また各種制度は有事に備えて平時から準備しておくことが大切であることが、言葉の端々から感じられた。

以上、民間・病院・行政の現場からの生の声をお届けした。3人に共通していたことは、「とにかく人手が足りない」こと。その解決策として、情報共有や効率化をするためには従来のIT活用を超えたIoTやドローンなど最新技術をもっと活用することだという共通点がみられた。

EDACは新体制発足、救急医療・災害対応におけるIoT活用のガイドブック作成を目指す

今回の熊本地震を教訓に、一般社団法人EDACは体制を強化し、「最先端のテクノロジーを命を救うために活用します。」という彼らのミッションを進めていく。

▼EDACの新体制。左から 岡田 竹弘氏(理事・CTO)、沼田 慎吉氏(理事・CMMO)、稲田悠樹氏(理事長・CGO)、円城寺雄介氏(副理事長・CEO)、大畑貴弘氏(監事)。稲田氏の役職であるCGOは造語「Chief Genba(現場) Officer」で、現場重視の姿勢を表している。

同日開催された第2回総会では、現在の活動と今後の活動予定として、総務省のIoTサービス創出支援事業に採択された「救急医療・災害対応におけるIoT利活用モデル実証事業」の課題、目標、実証内容について説明があった。

いくつかの想定されるユースケースにおけるIoTの有用性確認、技術的課題の検証、個人情報保護やハッキング防止を課題としたセキュリティ要件の検討、事故予防・被害最小化のための運用ノウハウ取りまとめなどを通して、普及展開に向けたロードマップの策定を目指し、近日、キックオフの予定だ。

▼EDACの活動とIoT利活用モデル実証事業の概要。
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【関連情報】
一般社団法人 救急医療・災害対応無人機等自動支援システム活用推進協議会(EDAC)

※修正履歴(8/5 15:30)
「救急医療・災害対応におけるIoT利活用モデル実証事業」の説明について、EDACの申し入れにより一部表現を修正いたしました。

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。