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①自動運転実用化で、自動車はどう変わるか

2016.10.26

Updated by Shinya Matsuura on October 26, 2016, 19:06 pm JST

自動運転が、いつどのレベルで実用化するかは諸説ある。しかしそれよりも注目すべき点は、自動運転により、人間にとっての自動車という道具に位置付けが変化することだ。現在の自動車は、人間が運転することで移動する道具だが、自動運転がレベル4で実際された場合、人間は目的地の設定をすれば、後は到着まで車両に働きかける必要はない。このため、到着までの時間を、搭乗者は自由に使うことができる。その結果、搭乗者にとっての自動運転車は移動手段というだけではなく、住居に近いものとなる。

自動運転車の中で人は何をするのか

通常の住居と、カッコ付きの“住居”としての自動運転車を分けるものは、加速度の有無だ。通常の住居では加速度を感じることはない(あえていえば地震の時だけ)が、自動運転車は加減速し、左右に曲がり、道路の凹凸をサスペンションで吸収しつつ移動し続けるので、搭乗者は全方向への加速度に絶え間なくさらされ続ける。

同時に移動は、交通事故の可能性をも惹起する。現在、日本においては交通事故による損害を小さくするために自動車の搭乗者はシートベルトの着用が義務付けられている。シートベルト——つまりは身体の固定だ。

すると、住居としての自動運転車は、1)加速度への対応、2)安全のための身体の固定、という2点が、通常の住居とは異なることになる。

通常、我々は住居内では3つの姿勢を取る。「立つ」、「座る」、「寝る」だ。特に「座る」には脚の置き方により、イスに座るから、あぐらをかくに至るまで様々な姿勢が考え得る。自動運転車を“住居”として機能させるためには、安全性を損なうことなく、車内で搭乗者がこれらの姿勢をとれるようにする必要がある。

搭乗者の姿勢は「車内で搭乗者がなにを行うか」によって決まる。

現状の自動車でも、タクシーのような運転者がいる場合の助手席および後部座席の搭乗者は、自動運転車に乗った場合と同じ環境におかれている。そのような搭乗者がなにをしているかを観察すると、1)寝る、2)スマートフォン、パソコン、読書など情報に関する作業を行う、3)食事をする、4)搭乗者間相互で会話する、の4つに分類できる。4)は2)に統合することが可能なので、実質的には1)〜3)の3つだ。従って、“住居”としての自動運転車は、これら3つを、既存の自動車の助手席・後部座席よりも高度の快適性で、搭乗者に提供することが求められる。

自動運転車を“住居”とする際に必要なこと

「寝る」は、おそらく自動運転車にとって重要な機能となるだろう。自動運転車は、運転者の起床や就寝の概日リズムに縛られることがない。このため、夜間寝ている間に目的地に移動するという利用局面がかなり増加することが予測される。

現状で、「寝る」機能を提供する交通機関としては、船舶や航空機、長距離バスなどがある。自動運転車に一番近いのは、同じく道路上を移動する長距離バスだ。長距離バスの座席設計は、自動運転車にとって参考にすべきものであることは間違いない。同時に、大型のバスでは問題にならない就寝時の身体の固定が、自動運転車では問題になってくるであろう。長距離バスの座席における就寝時の身体の固定は、現状は腹部に回すベルト1本ないしは、普通車と同様の3点式ベルトである。

バスは質量が大きいので衝突時にかかる衝撃が普通車よりも小さい。が、現行の普通車サイズの自動運転車では、より安全に就寝時の身体を固定する方法を検討する必要があるだろう。これは同時に、「その車両にどのようにして何名が搭乗できるようにするか」とも関係してくる。

質の高い睡眠を提供するためには、遮音性能や車内の温度管理も重要になる。どのような寝具を標準装備するかも考えねばならない。

「情報に関する作業」では、作業に向かって精神を集中できる環境をどのように作るかが課題となるだろう。特に、加速度に起因する車酔いの防止は、新たな課題として集中的に取り組む必要がある。自動車内で読書をすると車酔いを起こす人は多い。車内における読書、パソコンやスマートフォンの使用時に、どのような条件で車酔いを起こすかを調べ、それを解決する仕組みを車両設計に組み込んでいく必要がある。アクセルやブレーキ、カーブを曲がる際の横加速を避けることはできない。が、自動運転の運転パターンによっては軽減が可能だろう。また、道路の凹凸に起因する縦方向の加速度は、サスペンションによって吸収可能であるし、横方向加速度もサスペンションを能動的に制御することである程度までは軽減できる。車酔いには、搭乗者の視線がどちらを向いているかも関係してくる。視線を自ずと、車酔いを起こしにくい方向に誘導する室内設計も重要になるだろう。

騒音の制御も重要だ。今でも走行時の自動車室内の静粛性は、自動車の設計にあたって重要な課題だが、自動運転車ではよりいっそう注意深く静粛性を作り込んでいく必要がある。ただし、完全な自動運転車は音によって運転者に情報を与える必要がないので、ひたすら静かにしていくという、割と単純な設計方針で構わないはずだ。

「食事」に関しては、現状のドライブスルーのハンバーガーショップのように、「提供する食事と食器で対処する」ことと、より食事をするのに適した室内空間の設計という2つの対処法がある。食事には「冷たい、暖かい」の温度も重要だ。車両側に加熱や保温機能をも持たせるかどうかは、どこまで車両のエネルギーを食事の加熱・保温に使えるかで決まってくるだろう。もちろん、快適装備を増やしていけば、その分車両は重くなり、必要なエネルギーも増える。

(続く)

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松浦晋也(まつうら・しんや)

「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。