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HR領域においてホットトピックとなっているワードとして「従業員エンゲージメント(Employee Engagement)」(※1)がある。英語でエンゲージメントとは、「没頭」「婚約」「約束」といった意味であるが、「従業員エンゲージメント」という言葉の正式な定義は存在しない。未定義の言葉がこれだけ盛り上がっているだけあって、「エンゲージメントを高めるにはどうしたらよいか」という議論の場では、しばしば混乱と迷走が生じる。巷では、従業員エンゲージメントの定義を組織に対する「愛着心」「ロイヤルティ」「愛社精神」といったように言うことが多い。また、エンゲージしている社員(Engaged Employee)のことを「熱意のある社員」(※2)と表現することもある。「従業員エンゲージメント」とは何か、それを紐解くため、まずはその言葉の歴史を振り返ってみる。

最初にHR文脈で「エンゲージメント」という言葉が使われたのは、ボストン大学心理学教授のウィリアム・カーンの論文(※3)である(1990年)。カーンの論文では、個人観点からのアプローチをとっており「パーソナルエンゲージメント」という言葉を用いている。パーソナルエンゲージメントとは、社員が仕事に対して肉体的にも、心理的にも、感情的に打ち込むことを指しており、パーソナルエンゲージメントが高いほうが業績がよいという研究結果を報告している。

1993年になると、アメリカの心理学者フランク・L・シュミット博士らが「仕事満足度」の発展系として「従業員エンゲージメント」という言葉を使っている。そこでは、「従業員エンゲージメントとは、従業員をつなぎとめる手段(離職防止・定着化)の一部であり、社員の仕事に対する関わり合い度合い、コミットメント度合い、満足度合いといったもので構成される」としている。

このシュミット博士は、アメリカの世論調査会社・ギャラップ社とともに、「Q12(キュートゥエルブ)」という従業員エンゲージメントサーベイを開発している。このサーベイは、本にもなっており(※2)、誰でも使えるアンケートになっているので、興味があれば参考にすると良いかもしれない(※3)。このサーベイをきっかけに、従業員エンゲージメントが統計的に計測可能なものであることが注目されるようになってきた。

またギャラップ社は、世界中の従業員エンゲージメントを測定し、レポートを行っている。直近では、2017年に発表があり、日経新聞で報じられていたが、日本は139カ国中132位。つまりほぼ最下位である(※4)。

続いて、2011年に行ったウォーランドとシャックによる文献レビュー(※5)によると、従業員エンゲージメントには、2つの観点での定義があるとしている。「個人観点での従業員エンゲージメント」と「組織観点での従業員エンゲージメント」である。

個人観点の従業員エンゲージメントでは、従業員のパーソナリティや職場内外における個人的な要因が、従業員エンゲージメントにどれほど寄与するのかというアプローチを取ることが多い。例えば、ビッグファイブ(外向性、開放性、協調性、勤勉性、情緒不安定性の5つのパーソナリティのこと)といった診断ツールなどの発展により、パーソナリティとエンゲージメントがどういう関係にあるのかという研究が行われている。ビッグファイブでいえば、開放性と外向性がエンゲージメントを予測する変数になりうるといったことが確認されている。その他にも、燃え尽き症候群へのアンチテーゼ的なアプローチが取られることもある。どうやって熱意をもたせるかではなく、熱意がなくなる要素は何か、なぜ燃え尽きるのかといったアプローチである。

一方、組織観点の従業員エンゲージメントでは、基本的欲求を満たすアプローチが比較的多くみられる。ここではマネージャーの果たす役割が大きく関与してくる。例えば、1on1(上司と部下が定期的に行う1対1のミーティングのこと)やフィードバック、あるいは部下への期待のあり方などである。その他にも、ハーズバーグの「二要因理論」で言われる衛生要因の文脈で語られることも多い。

衛生要因とは、悪いと不満が募るが、それを良くしてもモチベーションにはつながらない要因のことで、具体的には、給料やオフィス環境、上司との関係、会社のビジョンやミッションなどがあげられる。安月給と文句をいう従業員に、給料をあげたからといって、エンゲージメントがあがるわけではない。それよりも「動機づけ要因」に注力したほうがエンゲージメントはあがる。動機づけ要因とは、昇進、上司や同僚から承認、自己成長、目標の達成、責任のある立場になるといったようなことである。

このように「従業員エンゲージメント」の定義はバラバラではあるものの、それでもホットトピックになっている原因としては、上記みてきたように様々に定義に基づき測定された従業員エンゲージメントの研究結果が共通して「エンゲージメントの高い社員は会社にとっても本人にとっても有益である」という結論をだしているからだろう。

「従業員エンゲージメント」は、それぞれの組織がそれぞれの観点で定義することが必要である。どの観点で課題をもっていて、そしてどう測定し、どう改善につなげるか、定義も異なれば手法も解決策も異なる。また、定義が異なれば、測定方法も異なるため、比較することは難しくはあるが、それでもまずは、すでに研究されている測定方法を使って、自社の従業員エンゲージメントを知ることは、働きやすい組織づくりの一歩になるであろう。

大成弘子(おおなり・ひろこ)

※1:毎年、デロイトが公開している「グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド」参照。その年のHRに関連すトレンドが把握できる。日本語訳レポートもでている。

※2:『これが答えだ!-部下の潜在力を引き出す12の質問』カート・コフマン/ゲイブリエル・ゴンザレス=モリーナ著(日本経済新聞社)2003年

※3:Q12 を利用するにあたり著作権がどうなっているのか調べてみたが、Q12を使ってコンサルしている業者がいるくらいなのでおそらく大丈夫なのであろうと思われる。

※4:日本経済新聞社の記事:「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査

※5:Kahn, William A (1990). "Psychological Conditions of Personal Engagement and Disengagement at Work". Academy of Management Journal. 33 (4): 692–724.

※6: Wollard, K. K. & Shuck, B (2011). "Antecedents to Employee Engagement: A Structured Review of the Literature". Advances in Developing Human Resources.

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社員の行動データを収集・分析し、業務効率化・業績向上、人事に生かす手法として注目されているピーブルアナリティクス(People Analytics)に代表される人事関連技術(Human Resource Technology)は人工知能関連のアルゴリズムが導入され始めることで本当に効果があるのかどうかが試され始めた。一方で“働き方改革”による労働生産性向上は国を挙げての喫緊の課題として設定されている。この特集では全ての人たちに満足のいく労働環境はどのように実現できるか、そのために人事関連技術はどこまで貢献できるのかを考えていく。データサイエンティスト/ピープルアナリストの大成弘子(おおなり・ひろこ)とアナリストの緒方直美(おがた・なおみ)を主たる執筆者として展開。

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