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中馬和彦

楽しさを創造するDXを推進

2019.04.03

Updated by Kazuhiko Chuman on April 3, 2019, 15:33 pm JST

まもなく通信会社がどこなのかを意識しなくなる5G時代が到来する。このとき各オペレータはどのような戦略をとるのか。社外の大企業とのコラボレーションを次々と実現するKDDI・ライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長、中馬和彦氏にその方向性を聞いた。

私が今ここにいる理由

KDDIは以前から、ムゲンラボや様々なファンド投資などで「オープンイノベーション」を推進していました。私の仕事はこの“伝統”を引き継ぎつつ、さらに新しい価値を創出していくことにあります。無論、今までの(ムゲンラボなどへの)問い合わせも一件も断ることなく受け続けていますが、ここのところの動きで重視しているのはやはり“DX(デジタルトランスフォーメーション)”でしょうか。

今までの通信会社はもちろん電話会社ですから、電話から始まってインターネットが出てきて、データ通信なるものがあって、PCがあり、ガラケーになって、スマホになって、徐々に電話自体は頭に何を付けるかが変わってきただけに過ぎない歴史なのかもしれません。ただ、ガラケーの時代にINFOBARやEZwebを僕らはつくっていて、そのときにサービスが可視化されたんですね、これまで通信というのは目に見えないものだったので。auは音楽あるいはLISMOもやっている、ドコモはi-modeからdポイントやショッピングのほうに行っているね、という色やブランドがついてきた時代だと思うんです。

5Gが来年本格化しますが、具体的に言うと2019年から始まり本格的には2020年という、東京オリンピックのときに、まさしくオリンピックの年に5G本格スタートで、5Gの特徴は大容量、低遅延、多接続とよく言われているんですけど、実際に過去を振り返ってみても「大容量、低遅延、多接続」であること自体が流行るということはないんです。ユーザー目線で言えば当たり前ですよね。なので、まったく違うものが流行るんだろうなと僕らも想定はしていますが、一つだけはっきりしていることがあります。これまではパソコンやケータイなどの通信機器にだけ通信が入っていたんですけれども、5Gの時代はこれにIoTが掛け算される時代なので、すべての世の中のモノに通信が入り始めるということで言うと、“通信機器”という概念がまずなくなります。(スマホも含めた)専用端末を使ってアクセスするという時代から、全部のものが当たり前に通信するようになる、ということがとても重要なポイントです。

人が意図的に通信機器でアクセスしていた時代からすべてのものがネットワークでつながって、あちこちに散らばっていたときに、下手をしたら向こうから問い合わせしてくるし、向こうから状態も教えてくるし、もちろん自分から操作することもできるんですけど、すべてのものが双方向になったときに、たぶんUIとか、生活環境は大きく変わるだろうなと思っています。全部のものに入るということは、通信そのものに意味があるというよりは「どんなことができるか」が重要になってくるはずなので、もう一回、通信が電話のときみたいに無色透明で裏に隠れる時代になる、ということですね。一瞬、INFOBARで可視化されたんですけれども、やっぱりBtoBtoCになるはずで、IoT はInternet For Everythingですから、表に出るのは冷蔵庫だったり椅子だったり、車だったり、がユーザー接点になる。

なので、たぶん3キャリアのどこを使っているとか、このトヨタ車はKDDIの通信を使っていますとか、どうでもよくて、この車はつながる車なのか、オールドエコノミーのつながらない車なのかが問題になります。コンシューマーに対して「auはこれをやります!」という宣言にもあまり意味がなくなる。ありとあらゆるものにauが入っていって、その中でauってどういう立ち位置になるのかを考えねばならない。半分は縁の下の力持ちみたいにもう一回隠れていくはずなので、そうなったときに、異業種とのコラボレーションが重要になるわけです。僕がここにいる理由はそこにあるのだと思います。

中馬和彦

コンテンツからサービスへ

以前のKDDIは、ガラケーからスマホになって、オープンなアプリケーション環境になったときに、そこに対して新しいアプリへの投資や支援のためのインキュベーションシステムでありファンドだったわけですが、これからの投資先というのは、インターネット上のアプリケーションにとどまらず、実空間との接点が豊富な企業になるはずです。そこでもう一回アップデートされる。コンテンツからサービス、です。私はエンタープライズ部門の出身ですから、ベンチャーだけではなくて、大企業とのコラボレーションも多分得意だと思いますよ。高橋(代表取締役)から「江幡(前任者)はマニアックで、新しいことを追いかけたり、アンテナを立てることに関してはうちの会社で随一だった。(それと違う)お前のいいところはホラを吹く能力だ」とはっきり言われたことがあります(笑)。ありもないことも含めて、構想して「こうするんだ」とか、大ぼらを吹くのにかけては誰にも負けないはず、と。

ネットの世界からリアルに出ていくといろいろな人たちとコラボレーションしなければいけないので、そういう社会コミュニケーション、リアルコミュニケーションもそうだし、何よりビジョンドリブンでいろいろな人たちを巻き込んでいかなければいけないとなったときに、「たぶん、おまえ、向いているよな。頼むな」と言われているところがあって、そのあたりを高橋はちゃんと理解してバトンタッチさせているはずなんです。ハンドオーバーするいいタイミングだったんです、多分。僕がやって来てからは投資先もサービスとかリアルに、例えば不動産、ホテル、スポーツ、遊園地というリアルな方向にシフトさせています。5Gの利用シーンをできるだけ早く見える化させたい、ということですね。まさしくDX(デジタルトランスフォーメーション)ですね。

最もイノベーションが起きていない業界を変える

デジタルトランスフォーメーションの要諦というのは、業務の置き換えではなくてデジタルそのものだからできることで新しい価値を創造することですが、これをもう少し正確に表現すると、たぶんデジタルそのものがというよりも、リアルとデジタルが融合することによって、今のビジネスが新しい価値観とか体験価値にアップデートされるなのだろうと考えています。

例えば、銀行というトラディショナルなものがあって、「auじぶん銀行」というモバイル専業銀行をやっていますが、これの一番のウリは携帯電話番号だけで振り込みできちゃうってことなんです。ショートメッセージのように送金できる。「先日はご馳走になりました。ありがとうございました」というメッセージに金額を添えて、相手先の携帯番号を入れれば送金完了、です。実際にはもう5年前からやっているんですけど、これはガラケー時代からあったデジタルトランスフォーメーションの一例だと思っていて、単なるモバイルバンキングとの違いがご理解いただけるかと思います。

つまり、「auじぶん銀行」は銀行業務の延長線上にあるサービスじゃないんです。携帯番号送金というのはネットワークが出てきて、そこにかつモバイルが出てきて、その中で技術が組み合わさることによって生まれた“新しい使い方”なのです。面白いのはこれを使っていると“精算”がなくなるんです。どうでもいい話なんですけど、僕ら社内のことで言うと、北海道に出張へ行くじゃないですか。お金、払わないんです。最後に、「何々さん、幾ら」とかいうのはないんです。若手なり、誰かが払って、そのまま帰ってきちゃうんです。翌日、東京にいるとメールが来るわけですね。「中馬さん、お疲れさまでした。幾らお願いします。誰々さんは幾ら」と書いてあって、それは1円単位でも割れるわけですね、当たり前ですが。出張旅費精算のスタイルが従来とは随分違ったものになる。こういうことが一つ一つ浸透していくと世の中は変わるはずで、同じことがUberでタクシーに起こり、個人の車で空いているクルマを安く使うとか、本来駐車場じゃない空き地を何時間かネットで買ってそこで停める、という駐車場イノベーション、という具合に、これからの5G、IoT時代に一番イノベーションが起きるのは“最もイノベーションが起きていない業界”になるはずなんです。逆に、定期的にイノベーションが起きている、例えばクルマそのものみたいなものは連続的な進化が起きているがゆえに非連続の進化にならないから飛躍感が出づらい、という特徴があるかもしれません。

いずれにしてもこういう事例は究極的に超アナログじゃないですか、看板広告とか、ああいうのとかが一気にぶち抜けたりとか、下手したらコンビニとかも新しい業界と言われていたけれども、確かにPOSの世界とかデジタルの世界は決済とか変わっているんですけど、あの店舗の物理的な形態はあまり科学されていない可能性もある。もっと動的なものでもいいはず。例えば、昼間の大手町のコンビニってサラリーマンで行き交うわけです。お昼時間になったらお弁当を買う人で大変なことになっているんですけど、夜になると誰もいないですよね、当たり前ですけど人がいませんからね。だったら夜だけ閉めてもいいし、違うことができるかもしれない。もっと言うとオフィスエリアの10時~12時って誰もいないですね、働いているから。そこをネイルサロンしちゃっても別にいいわけじゃないですか。とかいうことがフレキシブルにできれば、土地の使い方なんて大きく変わるはず。病院にしたっていいのかもしれない。

中馬和彦

通信がいいのは個人に対してワンバイワンで送客できるというポイントにあります。加えて最近、僕らが投資したTelexistenceというロボティクスのスタートアップがいるんですけど、そのロボット君は遠隔で(先日、小笠原にそのロボットを置いて、カメをさわらせるとか、カメに餌をやるという体験をやったんですけど)亀のザラザラとかも全部伝わるんですね。ヘッドマウントディスプレイをしていると、そこにカメがいて、餌もあげられる。キャベツをあげたり、ということができると何ができるかというと、プロがそこにいなくてもそのロボットが1台いれば、鹿児島だろうが、沖縄だろうか、プロフェッショナルサービスを提供できるわけです。いわゆるTangible bitsの進化系です。このプロジェクトはJTB、Telexistence、そして KDDIで組んでいるんですが、JTBの人が「試旅(したび)」と言っていましたね。うまい表現だと思います。

実は、3Gを始めるときに、初めて100Mbps以上の高速通信ができるようになったんです。なので大容量で動画だと言われて、ムービーオフィシャルサーバー、MOSというのをつくったんです。それでストリーミングが初めてケータイでできるようになって、いろんな動画コンテンツを用意したんですけど、まったく当たらなかったんです。MOSって、すごい金をかけていて、3Gのフラッグシップだったので。「MOS、どうするんだ!」となって、誰かが「いや、別に映像を流さなくても音だけじゃだめなんですかね」と言い始めたんです。当時は和音の着メロというのが流行った時代でいた。ところがCD音質の音源って、けっこう動画とほぼ同等のファイルサイズがあるから、いいかもしれないということで生まれたのが「着うたフル」です。「着うたフル」はMOSで配信していたんですけど、MOSは動画サーバーだったはずなんだけど、MOSのMはMovieでなくMusicになったわけです。だから、3Gで僕らがつくったときは「動画だ!」と言っていたんだけど、別に映像じゃなくて、いい音楽がブレークしたということで、初めてケータイで音楽を聴くようになるんですが、それで今では当たり前の文化になりました。

僕がやりたいのは、テクノロジーの力で世界一盛り上がっている場所を作ること。仮にそれが実現できれば熱狂は世界に勝手に広がっていくだろうと考えています。なので、滅茶苦茶濃いFanが集う場、あるいはユーザー数多くなくとも熱量が振り切れたFun溢れる場、あたりを頑張って掘って行きたいんです。そこで重要になるのは新たなユーザ体験、現在は大半のアプリケーションがスマホの中に集められてますが、5Gの時代になるとあらゆるところに新たなディスプレイが登場することで、再びスマホからそとにお飛び出すアプリケーションが多数出ていく時代になると想定してます。例えば食べログなどのネットサービスはスマホのアプリケーションなので現状は2D表現されてますが、今後はリアルの街の中に口コミだったり空席情報が直接3D表示されるようになるはずで、そうなると「じゃ、あの店の評判がよくて、今なら空いてるから行ってみよう」とった利用が可能になるわけで、そんな世界になったときどうやって操作するようになるのか?タッチパネルにかわるUI/UXは?そのあたりに興味があるんです。かなり動的というか未来感溢れる世界になるはずなので、面白いことが起きる予感がします。

KDDIとしての差別化戦略

オペレータ3社は意外とやることが被らないですね。無論調整しているわけではありませんが。例えば同じ社会実装でも、ドコモは街づくり、自動運転といったようなかなり公共性の高い分野に注力しようとするし、KDDIはもちろん同じ分野にコミットしているように思われるかもしれませんが、例えて言えばドコモの街づくりは「便利」、一方、KDDIの街づくりは「楽しい」という具合に切り口が比較的鮮明に分かれるように思います。安心・安全のドコモとエンターテインメントのKDDIというのははっきり分かれているんです。キッザニアみたいなところに行くのはKDDIだし、ドコモさんはどっちかというともうちょっと社会基盤の実証実験とかそういったところを深くコミットしているように見えます。スポーツ領域だとドコモはプロスポーツのスポンサーシップから始めようとしますが、僕らはアマチュアスポーツを応援したり、同じプロでもマイナーなスポーツを追いかけたり、あるいはサーフィンのようにセンシティブなデータを必要とされるものに注力したり、5G x Sportsといっても結果として世に出てくるものは結構違ってくると思います。

最後に一つだけ、個人的に追いかけたいことについてお話ししたいんですが、簡単にいうと“人のオープンイノベーション”を僕のライフワークにしようかなと考えてます。これは仕事ではなく、ですが。例えばベンチャー企業は経営者個人がすべてです。VCも企業体にはなっていますが、最後は一人ひとりのパートナーとの付き合いになる。みんな個人としてコミットしているわけです。ベンチャー業界というのはそういう意味で全員が個人同士の繋がりになっている。大企業でも∞Laboの36社はみんな個人としてふらっと顔を出してくれたりしますがそれはかなりレアなケースかと。

ところが通常、大企業は団体でやってくる。みんなが一緒に行動するので個々がフィーチャーされる場面がなかなかできない。この岩盤を崩さないと絶対世界一になることはない。組織でくくられているとその中にある個の才能が100%能力を発揮することが難しい。なので、大企業の人たちを個人単位でバラバラに分解し、それぞれの職能を定義して、その人たちが会社でも働き、他のところでも活躍できるような、個人自体がオープンイノベーションで流動化できるような、組織の人を個人化するようなプロジェクトを仕掛けたいんです。

現在は機関帰属になっている個人のアイデアが将来誰のものになるのか、ということも含め、最終的に社員とはプロ契約する、ということじゃないかと思っているんです。無論、全員ではないだろうとは思うんです。ただトップ10%くらいがそういう契約になると、その人たちは結果的に、かなり社会に貢献するはずです。プロ野球の選手がそれに近いかもしれません。ともあれこういうプロジェクトを具体化したい、というのが今の私の、KDDIとしての業務を離れた個人的な野望だったりします(笑)。

中馬和彦

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中馬和彦(ちゅうまん・かずひこ)

1996年、国際電信電話(現KDDI)に入社。手がけたブランドには「INFOBAR」「iida」「au Smart Sports」などがある。ジュピターショップチャンネルへの出向を経て、2018年4月よりKDDI ライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長に就任。従来の「ムゲンラボ」に加え、「KDDI DIGITAL GATE」「KDDI Open Innovation Fund」の統括等を担当。

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