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シュウマイ 蒸し器 調理 イメージ

「機会損失」よりも「廃棄」をなくせ(横浜・崎陽軒 シウマイ弁当) ウイスキーと酒場の寓話(16)

2020.01.20

Updated by Toshimasa TANABE on January 20, 2020, 15:17 pm JST

横浜には「崎陽軒」という1908年(明治41年)創業の地元企業がある。看板商品は「シウマイ弁当」と「シウマイ」であるが、表記はあくまでシウマイであって、シューマイあるいは焼売ではない。シウマイや各種弁当などの販売とレストランを運営している。同社の「崎陽軒の歩み」によれば、シウマイ弁当は1954年(昭和29年)に誕生したという。

新卒のときに就職で首都圏に来て初めて知った味なのだが、その当時から変わらぬ内容でとても好ましい弁当だ。写真は、未開封の状態。包み紙の絵柄がいまどきの風景になっている。これは、横浜の街の移ろいを反映しているそうだ。いつも食い気一方で、簡単に破って捨てていたため知らなかったが、携帯で食べたものの写真を撮るようになってから気が付いた。

シウマイ弁当外観

余談だが、デジカメ、特に携帯で食べるものの写真を撮るということは、今では当たり前ではあれど、銀塩時代にはなかなかに難しいことであった。接写できるか、光量は十分か、手ブレしてないか、ホワイトバランスを調整しなければ、などなど越えなければならない撮影の関門がいくつもあって、かつ、現像してプリントしなければ出来栄えは分からない、トリミングするのも大変、ネットに上げるのも面倒、ということで事実上不可能な遊びだった。

崎陽軒のシウマイ弁当は、全国各地の名物駅弁とは少し違って、特定の駅ではなくて横浜市内を中心にずいぶんいろいろなところで、主に崎陽軒の売店で販売されている。いわゆる駅弁というのは、厳密な定義は難しいのではあれど、ちゃんと包んであって中身が見えないのが条件の一つなのだ(駅弁業界の人に聞いた話)。コンビニの弁当のように透明なフタで中身があからさまなものは、駅弁を名乗ってはいけないのである。

例えば旅先で、名物とされている駅弁があったとしよう。たかだかの価格の駅弁である。中身が見えないという理由でそれを買えないような人は、腹を空かせていろ、このタコが、という性格を持っているのである。タコといえば、神戸の方の駅弁「ひっぱりだこ飯」は美味い。焼き物の蛸壺に入っているし、当然、中身は見えない。

シウマイ弁当は、もちろんシウマイが特徴ではあるのだが、それと並んで甘じょっぱい筍の煮物でご飯が進むし、俵型に型押しした米も美味い。湿気を吸う経木の弁当箱が効いている。いまどき、経木の容器を使い続けているというのも、これだけポピュラーな商品ではなかなかないだろう。おかずの内容、ご飯の量など、もろもろ素晴らしいバランスなのだが、不思議な事に一緒に缶ビールを1本飲んでも(500mlまでか?)、そのちょうど良さ加減が維持されるのだ。

シウマイ弁当

シウマイの数が1個多くても、あるいは少なくてもダメではないか、と感じさせる絶妙なご飯とおかずの塩梅なのだ。たっぷりの筍の煮物、鶏の唐揚げと鮪の漬け焼きが1切れずつ。かまぼこと玉子焼き、切り昆布と千切り生姜、最後にあんずの甘酸っぱさで締める。小さいパックの辛子をシウマイの頭にちょんちょんと付けてから、醤油を垂らしていくときの愉しさは、まったくもって格別だ。

コンビニ弁当のように温める必要性を感じないのも、シウマイ弁当の良いところだ。経木の弁当箱のおかげで箱の内側に結露したりせず、おかずの内容も含めて、冷めた状態で美味いのが前提となっている。これも変わらないクオリティの一要素である。弁当というものは、常温で傷まず美味い、というのが大前提なのである。だから、ちょっと味が濃いめだったりする。シウマイ弁当もそうだし、東京の木挽町「辨松」の弁当など、まさにそれである。

シウマイ弁当は、横浜から列車でちょっと遠出、というときには、車中での飯の大本命だし、夕方に駅の売店の前を通ったら、15個入りの「昔ながらのシウマイ」をつい買ってしまう。このシウマイは、冷凍品ではなく常温販売。製造から17時間以内が賞味期限である。そのままでも良いが、蒸し器で温めて食べると一段と美味い(ま、ラップをかけて電子レンジが現実的だが)。確か、オホーツク産のホタテを使っているのだと記憶する。歯ごたえのある真面目な味で、お粥で有名な中華街の「安記」の焼売に似ている。

さらにシウマイには、「ひょうちゃん」というキャラクターの小さな瀬戸物の容器に入った醤油が付いている。このひょうちゃんの絵柄が何種類もあって楽しいし、洗って取っておくと、自分で弁当を作るときに醤油を別にして弁当内に入れておくのに重宝する(実は、7年間、毎朝子供の弁当を作っていた)。

ひょうちゃん

今でこそ、横浜周辺であれば誰もが知るようになったシウマイ弁当であるが、運動会のようなイベントでの大量予約注文にキャンセルOKで対応したことで、消費者に支持されて売り上げを伸ばしたという(横浜に住んでいたときに地元の飲食の先輩に聞いた話)。仕出し屋などは、キャンセルできないのが普通だったりするので、悪天候のリスクが付いて回る屋外イベントでのキャンセルOKは、分かりやすいセールスポイントだったことだろう。

なぜ、キャンセルOKで大丈夫だったのかは、崎陽軒の販売形態から分かるような気がする。例えば、駅の売店などでは昼間でも「入荷待ち」という商品をよく見かける。また、夜遅い時間にはほとんどの商品が売り切れており(入荷待ちではない)、わずかに残っているものも値引きは一切していない。すべてを定価で売り切って、廃棄はほとんどないと思われる。

以下、こういう商売のしかたなのではないか、という推測である。

まず、大規模店舗は作らずに小規模の販売スタンドをたくさん設置して、常に売り切ることを優先して商品を配送し、売れたら補充するという基本方針がある。売り切れても、工場から届く前に近隣の店舗間で商品を融通し合うこともできるだろう。例えば横浜駅であれば、私が知る限り崎陽軒の売店は少なくとも4カ所ある(実際には14店舗ある)。

セントラルキッチンの工場は、横浜市内にある(第三京浜の港北インター近く)。作り過ぎないような生産体制と生産計画になっているはずだし、思いがけず売れているという日には、それに合わせて増産するだろう。つまり、売り切れによる機会損失よりも、一時的な品切れを前提にしつつ売り切ることを優先して、無駄が発生しないように生産・販売していると考えられるのだ。実は、売り切れ頻度が非常に高い商品に「鯛めし弁当」がある。私もいまだに食べたことがなく、これを体験することは大きな課題となっている。

このような生産と販売の体制であればこそ、お天気に左右されるイベントの「大量予約注文でキャンセルOK」ができたのだろう。イベントがキャンセルになれば、それを至る所にある売店に割り振って売り切ってしまえば良いし、工場はその分の生産を若干調整するだけで済むだろう。商売というものは、普通は欲を出して「通常+イベント」というアドオンの売り上げを目論んでたくさん作っては、悪天候に泣かされることも多々、なのである。私も、飲食店をやっていた頃、地元の野外イベントへの出店で何度か痛い目に遭った。三連休の中日が台風、などである。

最後に、弁当というものについてもう一つだけ。それは、自分のために作る弁当、中に何が入っているか分かってしまっている弁当は、弁当としては決定的な何かが欠けているということである。「駅弁は中身が見えない」ということこそがポイントなのである。何が入っているのか、とワクワクしながら弁当箱を開ける瞬間に弁当の真の愉しみがある。

個人の行動ポリシーや経済的な話、家族構成や家族の役割分担などなど、諸般の事情については一切無視してしまうが、自分で作った弁当を自分で食べるというのは、「今朝作ったあれやこれや、全部味も量も分かっているモノを腹に収めなければならない」という点で、食事というものの本来の愉しみのかなりの部分が失われているのだ。せめて、同じような境遇の誰かと弁当を交換できたら、などと思うのである。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。