「5Gと放送は“ローカル”で相性がいい」--5Gが放送ビジネスに与えるインパクトとは
2020.01.22
Updated by Naohisa Iwamoto on January 22, 2020, 06:25 am JST
2020.01.22
Updated by Naohisa Iwamoto on January 22, 2020, 06:25 am JST
「考えるべきは“5Gが放送の電波に代わるものか?”ではない。いまあるものの置き換えではなくて、これまでとまったく違う秩序を世の中に生みだすテクノロジー、すべての産業にインパクトがあるテクノロジーが5Gのようだ」
メディア&エンターテインメント総合展示会のInter BEE 2019(2019年11月に開催)に併設されたInter BEE Connectedのセッション「5Gが放送ビジネスに与えるインパクト」では、5Gと放送の関係について活発なディスカッションが行われた。冒頭の言葉は、モデレーターを務めた毎日放送 経営戦略室 メディア戦略部長の齊藤浩史氏のもの。セッションのまとめでつぶやいたのだ。
パネリストは、インフォシティ 代表取締役の岩浪剛太氏と、スタイル 代表取締役でWirelessWire News発行人の竹田茂。岩浪氏は21世紀初頭から放送と通信の融合にかかわり、国内の5G推進団体である5Gモバイル推進フォーラム(5GMF)のアプリケーション委員会で委員長も務めている。竹田は、日経BPでネットビジネス開発などを行い、2004年にスタイルを設立、数々のWebメディアを創刊してきた。齊藤氏は「技術のオーソリティとサービスのオーソリティに挟まれて、放送局の私が教えてもらう。まもなく始まる5Gだが具体的なイメージができていない人は多いと思う。そのインパクトを紐解いていきたい」とパネルディスカッションの口火を切った。
前半は岩浪氏による5Gの技術的な解説、標準化や商用化の動向の説明があった。「なぜ5Gかというと、移動通信システムの5世代目だから。約10年ごとに進化している。4Gまでと5Gの違いは、限られたデジタルデバイスから多種多様なデジタルデバイスへの適用、メッセージタイプ、コンテンツタイプからコントロールへの利用の変化、人間から機械への対象のシフトに現れる」。
岩浪氏は、「いままで思っても見なかった産業カテゴリーの人がつながって、新規のサービスが起こる。同時にいままで考えなかったような企業が敵になるかもしれない。産業のリミックスが起こっても不思議でない」とそのインパクトを説明する。その特徴は、超高速、超低遅延、多数同時接続といったスペックと、ネットワークスライシングやモバイルエッジコンピューティングが提供する超柔軟性にあるという。
齊藤氏は、「5Gではいろいろな未来図が描かれている。しかし、本当にこの国の5Gが絵に書かれたようになるのか。ボトルネックがあるのでは」と岩浪氏に問いかける。「絵は5Gのすべてが実現できたときのこと。2020年に国内で5Gの商用サービスが始まったときは制約がある。5Gで利用するミリ波帯の周波数は到達距離が短く、多くのアンテナを立てる必要があるため、普及には時間がかかるだろう。マキシマムなスペックが出せるのは2030年台に入ってからではないか」と岩浪氏。すぐに5Gが万能のネットワークになるわけではないというのだ。
竹田は「個人的な立場としては、5Gが普及してほしいわけでもないし、放送が生き残るかどうかも関係ない」と前置きした上で、「日本は国として弱っている。そこそこのGDPはあるけれどすでに先進国ではなく、パワーを失っていく国として、5Gのような強い伝送路を使うことに意味があるだろう」と指摘する。
その上で、地域や企業内など特定のエリアだけで通信が可能になる「ローカル5G」に注目していると語る竹田。「5G、それもローカル5Gによって、地域や特定のエリアのコミュニケーションの品質が高くなる。あたかもすぐそばにいるようなコミュニケーションを実現するために低遅延はキモの性能になるかなと思っている。不特定多数の放送というよりも、特定の人とのコミュニケーションに5Gのポテンシャルが発揮されるだろう」。
放送局の立場から、齊藤氏は「放送局には伝える技術と作る技術の双方がある。ローカル5Gは、番組などを作る際の機器をつなぐケーブルをなくせる効果がありそう。伝える技術としては、5Gの伝送路が放送の伝送路に取って代わる可能性はどうだろう」と問いかける。
竹田は、「BBCが2030年ごろに放送の周波数を返還するというニュースがあった。究極の姿としては、全国キー局はいらなくなるのではないか。地域コミュニケーションにつながる地方のテレビ局だけあればいいのでは」と語る。さらに、コミュニケーションにとって、テレビのような大容量の情報は必ずしもいらないとの持論を展開。「テレビはお茶の間でついていても、つけているだけ。映像は見なくても音だけを聞いていれば理解できる。映像も影絵のようなシルエットだけのほうが、より気配が伝わるという研究がある。情報学上の情報量はビデオが多いかもしれないが、人間にとっての情報量はボイスや影のほうが多く、訴えかけてくる」。
齊藤氏は、こうした流れから、「5Gになると、ネットワークの存在を考えなくなるのかもしれない。そして、これまではテレビやスマホなどの一定の記号によって情報が伝わっていたものが、人間にとってフィジカルなものを伝えるようになるのかもしれない」と発言。岩浪氏も「民放は、特定の記号を伝える手段を使って広告してきた。5G時代にフィジカルなものを伝えるようになったとき、民法のビジネスが変わることになるかもしれない」と受ける。
竹田は、「今の記号による広告は狭義の広告で、そうした広告ではなくなる。森羅万象がすべて広告である状態になる。広告ビジネスはなくなっていくのではないか」と主張する。
こうした議論から、岩浪氏は「テレビや広告に限らず、スマホが出てからの10年だけでも環境はものすごく変わった。5G時代になり様々なものがつながるようになって、トラッキングされフィードバックされるようになると、個人に対しての最適化が可能になる。人間にとって快適なのは自分に最適化された環境であり、最適化は消費行動に影響を及ぼす。広告というマスに対するコミュニケーションではなく、いくら払ったらユーザーを動かすことができる、いくら売れるかを保証するといった形のビジネスが展開されるかもしれない」と発想を広げる。
ここでパネリストの竹田が、モデレーターの齊藤氏に逆質問。「そうした5G時代に、毎日放送のようなレガシーの放送局が残れるわけがない。もし齊藤さんが放送局を変えていくとしたら、どのようなことがあるか」。
齊藤氏は、突然の質問にびっくりしながらも「僕は生まれから関西で、大阪の放送局に勤めている。関西の人がプライドを持ってつながれるようなことを、毎日放送が核になってできたらいいと思う。地域ごとの個性が5Gを介して生まれれば、そのエリアで支持された放送局は生き残れる」と答えた。「25年前に神戸で大震災があったことを皆は覚えていないかもしれないけれど、追いかけて残していく。地域のベンチャー企業を取り上げて世に出していく。そうした持続性や土着性がつながりをもたらす」(齊藤氏)との意見だ。
竹田が、「それは5Gが役に立ちそうな気がする。毎日放送のローカルに対する考え方はいい」と合意すると、齊藤氏は「5Gという技術は、確実に世の中の分散化を加速させていく。コミュニケーションをフィジカルなものに変えていく5Gのもたらすインパクトは、4Kが普通に通信で見られるから地上の4K放送はいらないといった置き換えではなくて、ぜんぜん違う社会のコミュニケーションを生みだすことになりそうだ」と5Gが放送に与える影響の未来像をまとめた。
さらに齊藤氏は、冒頭の「5Gが新しい秩序を世の中にもたらし、すべての産業にインパクトがある」という見解を述べて、「5Gの普及にはいくつかのハードルがあるだろう。しかし、その時代は一歩一歩近づいてきている。これから世の中の人、皆さんの仕事や生活が大きく変わるなと強く感じた」とセッションを締めくくった。
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登録はこちら日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。