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東京・春・音楽祭をライブストリーミング方式で実施、ホールと配信室でIP伝送

2021.03.09

Updated by Naohisa Iwamoto on March 9, 2021, 10:25 am JST

クラシック音楽の祭典として17回目を迎える東京・春・音楽祭(2021年3月19日~4月23日、主催:東京・春・音楽祭実行委員会)。オペラやオーケストラ、国内外の一流アーティストによる室内楽の演奏会から、街角での音楽との出会いの場までを提供する多彩な形の音楽祭として、上野を舞台に歴史を重ねてきた。しかし、2021年の今回は、リアルの演奏会に加えて、ライブストリーミング配信でも開催することになった。インターネットイニシアティブ(IIJ)の協力により、同社が開発したコンサート配信システムを活用したライブストリーミング配信を実施する。約65公演を、有料で配信する新しい形の音楽祭を模索する。

▼3月7日に実施された試験配信を配信室でスマートフォンから視聴

配信サイト「東京・春・音楽祭 LIVE Streaming 2021」は2021年3月7日にオープンし、配信チケットを順次発売する。同じく3月7日には一般の顧客に向けて無償でライブストリーミングの機能を試してもらえるライブの視聴配信を実施した。IIJのコンサート配信システムを利用した試験配信という位置づけだ。この視聴配信の現場で、ライブストリーミングの裏側が報道関係者に公開された。クラシック音楽をインターネットで配信するしくみの1つの形をレポートする。

4K、マルチアングルの配信にも対応

3月7日の視聴配信は、東京文化会館小ホールの演奏をライブストリーミング配信したもの。室内オーケストラ、ピアノソロ、ソプラノ歌手とピアノ3ステージを、すべてワーグナーの楽曲で飾った。約1時間のプログラムをライブストリーミング配信し、パソコンやスマートフォン、タブレットによる視聴を無料で体験できた。試験配信の意味合いもあったこの視聴配信では、複数のカメラの映像をスイッチして作成した標準映像のほか、4K映像、視聴者がカメラのアングルを選択して視聴できるマルチアングルの3つの配信形式を切り替えて見ることができた。また声楽曲では歌詞を字幕としてリアルタイムにオーバーレイ表示させた。筆者は、現地の東京文化会館にいながらでも、手元のスマートフォンで視聴サイトにアクセスするとライブストリーミングの配信映像を確認できるという面白い経験をしたのだ。

▼マルチアングルでは利用者がアングルを選択できる(左)。画面下部で「通常配信」「マルチアングル」「4K」を切り替えられる(右)

こうしたライブストリーミング配信を支えているのは、IIJのコンサート配信システム。その中でも現場の映像と音声のハンドリングの部分が今回の公開のポイントである。その中核となったのが、演奏会場の小ホールと、配信室である会議室の間をIP(Internet Protocol)伝送による光ファイバー1本で結んだ技術だ。従来、IIJが手掛けたライブストリーミング配信では、現地のカメラと映像を切り替えるスイッチャーの間は、SDI(Serial Device Interface)と呼ぶビデオ信号伝送インタフェースを用いて同軸ケーブルで結んでいた。数百メートルほどまでの伝送が可能だが、基本的にカメラ1台に1本の同軸ケーブルが必要になる。一方、今回は小ホールと会議室の間はIP伝送を採用することで、光ファイバー1本によって結ぶことができた。

▼NDIの信号を小ホールと会議室の間の1本の光ファイバーにまとめるネットワークスイッチ。これは小ホール側の装置

小ホールには、4Kカメラ1台、HDカメラ1台、リモートカメラ3台と、オーディオ装置が設置されている。これらをIP伝送方式で映像と音声のストリームを伝送する規格のNDI(Network Device Interface)によってつないだ。実際には、4Kカメラと、人手で操作するHDカメラには、SDI/NDIの変換装置を取り付けてNDIに対応させた。リモートカメラはNDIでLANケーブルを直収。これらを、ネットワークスイッチを介して1本の光ファイバーにまとめて伝送するというしくみだ。リモートカメラは会議室から構図やズームなどをリモート操作するため、双方向の伝送が行われている。

▼4Kの固定カメラ(左)と、人間が操作するHDカメラ(右)。いずれもSDI出力をNDIに変換して伝送する

IIJの説明員は、「今回、小ホールと会議室の間は50mの光Ethernetケーブルを2本接続して、100mの伝送を行った。ケーブルとしては10Gbpsの伝送速度を持ち、実効で約2Gbpsの伝送を実現している。4Kを含む5台のカメラと音声のデータを1本の光ファイバーのケーブルだけで小ホールから会議室まで伝送でき、非常に自由度が高い構成を採れることを確認した」と説明する。

▼小ホールに設置したリモートカメラ。LANケーブルで直接NDIによる伝送を行い、配信室からリモート操作を可能にした

今回は同じ東京文化会館内の小ホールと会議室を光ファイバーによるIP伝送で結ぶ形を採った。それだけでなくこの構成ならば、高速な光専用線などを用意することで演奏会場と配信室が物理的に離れていてもライブストリーミング配信が可能になる。現地にはリモートカメラとマイクを設置して、遠隔の配信室からカメラを制御したりスイッチャーで画面を切り替えたりすることで、配信コンテンツを作成することも可能だ。「光の速度が問題になり、計算上は東京と北海道まで離れるとIP伝送でも1フレーム以上の遅延が発生してしまうが、都内のホールと飯田橋のIIJの本社といった位置関係であれば配信の装置や人員はリモートであっても、ホールなどからのライブストリーミング配信が可能になる」(説明員)。

多彩な公演をライブストリーミングで実施

視聴配信では、オールワーグナーの3ステージにわたる演奏を聴くことができた。プログラムは、ヴァイオリン(白井圭、宇根京子)、ヴィオラ(川本嘉子)、チェロ(中 実穂)、コントラバス(吉田 秀)、フルート(甲斐雅之)、オーボエ(池田昭子)、クラリネット(伊藤 圭、齋藤雄介)、ファゴット(水谷上総)、ホルン(日高 剛、勝俣 泰)、トランペット(辻本憲一)の室内オーケストラによる「ジークフリート牧歌 Op.103」、江口 玲のピアノによる「イゾルデの愛の死(歌劇《トリスタンとイゾルデ》第3幕より(モシュコフスキ編曲))、天羽明惠のソプラノ、江口玲のピアノによる「ヴェーゼンドンク歌曲集 Op.19」(敬称略)。観客のいないホールではありながら、インターネットの回線を通じてワーグナーの豊かな響きが届けられた。マルチアングルでカメラを切り替えて視聴したり、4Kカメラの高精細な映像を楽しんだりすることもできた。

▼視聴配信で室内オーケストラのワーグナー演奏を視聴しているところ

東京・春・音楽祭 LIVE Streaming 2021では、3月20日のN響メンバーによる室内楽のコンサートと、荘村清志(ギター)&藤木大地(カウンターテナー)による「にほんの歌を集めて」を皮切りに、リサイタル、オーケストラ、合唱、オペラ公演、子供のためのコンサートなど、多様なプログラムのライブストリーミング配信を行う。千秋楽となる4月23日のリッカルド・ムーティ指揮 東京春祭オーケストラのモーツアルトの交響曲のコンサートまで、1500円から2500円の低廉な料金でライブストリーミング体験を提供する。

クラシック音楽に限らず、音楽を伝える形が新型コロナウイルス感染症の拡大によって大きく変化してきている。東京・春・音楽祭 LIVE Streaming 2021は、制作現場でのIP伝送の活用でコンサート配信システムの可能性を拡大させる試みにより、多くの会場から多数のコンサート配信を実現する。音楽の力はライブの会場の同時性で最も伝わるものではあるが、ライブストリーミングで多くの演奏が提供されることで、リアルタイムの音楽体験の場が場所を問わずに拡大することの効果にも期待したい。

▼小ホールから離れた会議室に設置された配信室。小ホールとの間の映像・音声の伝送は光ファイバー1本で済む

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。