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村上陽一郎

エリートと教養15 政治家が操る空疎な「言葉」

2021.03.10

Updated by Yoichiro Murakami on March 10, 2021, 13:16 pm JST

前文で書いたことは、別段、現政権の擁護ではありません。仮に現政権の主な反対野党である立憲民主党が政権に就いたとしても、状況が同じなら同じことを書くつもりでいます。このことをまずははっきりさせておきます。

政権側の言葉遣いもまた、言いようがないほどに貧しいものです。使われる頻度の最も高い表現は、ダントツで「しっかり」と「万全の対策を講じる」、それに「・・・と連携して」という言葉でしょうか。かつては、これに「前向きに考えます」があったようですが、最近はこの言葉が、結局は「何もしない」ことの代わりなのだ、ということが知れ渡ってしまったせいか、第一線からは退いた感があります。

いずれにせよ、こうした言葉を組み合わせて、政府、あるいは官僚組織の人々の、ほとんどすべての発言が成り立っていると言っても良いでしょう。だから、少しでも自分の言葉で話そうとする人が、とても新鮮で信頼できそうに見えてしまいます。

村上陽一郎そもそも「万全を期して」などという言葉は、軽々しく使えるものではないはずです。人間の知識と能力には、常に限界が付き纏います。特に現在、社会が直面する最大の困難であるウイルス禍は、中国に発生して以来、まだ一年半ほどの時間経過です。世界全体としても、日本に限ればなおさら、積み重ねられた経験と知識は、まだまだ貧しいものです。

むしろ、僅か一年半ほどの間に、ウイルスのRNA構造、感染率や致死率などの特性が判ってきたこと。あるいは、そうした知見に基づいて開発が進められた何種類かのワクチンが実用化の段階に達したこと。さらに、ワクチンの普及に関して、開発私企業が競争を越えた姿勢を見せていること。これらの事象を世界的なパースペクティヴで見れば、数々の積極的な対応が積み重ねられてきた様は、かつてなら考えられなかった迅速さです。人類も満更ではない、という感懐さえ浮かびます。

それでも、未知な要素は数多く、「万全」の対策など講じられるはずもないでしょう。どうして「今、良いと思われることで、できることはすべてするつもりです」と率直に言えないのでしょうか。「万全」などという表現は、使われれば使われるほど、言葉への信頼が失われて空疎な状況しか生み出さないことに、何故、気付かないのでしょうか。

「クリシェ」とは、常套句と化すことによって、その言葉本来が持っている意味や力が完全に失われてしまった状態の謂いであります。少しの工夫で、クリシェは使わずに済みます。クリシェによって、本当にその表現を使いたいときにも、使うことを躊躇わせ、言い換えを強制されることさえ起こります。「軍律厳しきなかなれど、これが見捨てておかりょうか、しっかりせよと抱き起し、假包帯も弾丸の中」(『戦友』の一節)を、まさか言い換えたいとは思いませんが。

もう一つ、普通の日本語としては珍な、しかし政治の世界では「普通に」通用するらしい表現に「スピード感」があります。昔は「可及的速やかに」が、これも政治や官僚言葉として普及していましたが、どうやら、これに代わる言葉として、政治空間のなかでは定着しているようです。

村上陽一郎

「可及的速やかに」もあまり感心しませんが、「できるだけ迅速に」、あるいは「急いで」や「速やかに」で十分だと思うのです。一般社会では「スピード感を持って、しっかり万全の対応を致します」などとは決して言わないでしょう。そんな発言を聞けば噴き出す人が出そうです。できっこない約束のパロディに聞こえてしまうからです。でも、それが政治世界の特殊な言葉であるようです。

「綸言汗のごとし」とは、中国の古い表現ですし、「綸言」とは天子の発する言葉ですから、ここで引用するのは筋違いになりましょうが、一旦発した言葉は取り返しがつかない、と一般的に読み替えれば、政治に携わるものが等しく噛みしめておくべき教訓だと思います。

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村上 陽一郎(むらかみ・よういちろう)

上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。