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音楽でノリノリになった微生物は日本酒を美味しくする

2022.04.13

Updated by Ryo Shimizu on April 13, 2022, 10:49 am JST

山口県岩国市に本拠を置く獺祭という日本酒がある。
日本酒のような醸造酒は、酵母といった微生物が糖分を分解し、アルコールにする過程で味の方向性が決まる。

酵母も生物である。
動物はもちろん、植物のような生物も音楽の影響を受けることはよく知られている。
生命性とは音と切っても切れない関係性を持っているのだ。

そこで、日本酒を発酵させる酵母のために音楽を聞かせるというプロジェクトが立ち上がった。日本を代表する作曲家の一人、和田薫氏が作曲し、日本センチュリー交響楽団が酵母のために演奏し、それをタンクの中で長時間聴かせて作った特別な日本酒というものがある。

ある時、筆者は和田薫先生直々に持参したこの「交響曲 獺祭 〜麿〜」を頂いたことがあるのだが、普段飲む獺祭とは全く方向性の違う味わいにびっくりした。

音楽を酵母に聴かせるだけで、こんなにも違った味わいになるのかと目から鱗が落ちる思いだった。

植物に音楽を聴かせた場合、植物の電位に明らかに有意な変化が現れるのだという。
植物には実は触覚のようなものがあり、触ると電位が変化する。

この効果を利用して、植物の葉を触るとライトのスイッチが入ったり、部屋に誰か来たかということを植物で検知してクラウドにアップロードするような研究が数年前の国際学会SIGCHIでマサチューセッツ工科大学メディラボが発表していた。

新宿の思い出横丁のやきとん屋、ささもとの大将はプログラマーでもあり、長年、植物の電位と3Dコンピュータグラフィックスを組み合わせたインスタレーションを開発して発表している。これも、植物が明らかに触覚を電位変化に変換する性質を利用したものである。

埼玉大学の豊田正嗣准教授による研究では、動物に葉を齧られたりすると、痛み伝達物質としてグルタミン酸が分泌されることもわかってきた。
植物の「旨味」の正体が実は植物の「苦痛」そのものから作り出されているということになって、ビーガン(菜食主義)コミュニティでは大論争が巻き起こったらしい。

触覚や痛覚と似た性質を持つ植物にしても、もっと単純だが同じように外界との接点を持つ微生物にしても、触覚を持つ生物が音楽に反応するのはそれほど不自然には感じられない。

東京大学の池上高志教授による「動きが生命をつくる」という本の中では、動くという現象そのものが生命現象の本質であると説かれている。

音楽は明らかに触覚に影響を与え、触覚は外界との接点そのものであるため、自分を含めた周囲の生物の体内のリズムを統一するような役割があると考えられる。

言ってみれば、爆音で音楽が流れ、参加者が身体を音楽に委ねて踊る、フェスやライブのような一体感のある状態で微生物を動かし続ければ自然と出来上がる日本酒の味の方向性も変わってくるということだろう。

実際、このようにして作られた獺祭は、驚くほど生命感に溢れている。

逆にいえば、「動きが生命をつくる」というコンセプトのみに注目すると、フェスやライブに参加している人間たちは、音楽を中心として、一つの巨大な合成生命のようなものを形成していると考えることもできる。ライブ特有の高揚感や一体感は、会場全体を包むビートや音楽によって生命活動が同期することで実際に巨視的にみればライブ会場とは一つの巨大な合成生命と見做すことができるのかもしれない。

鳥や犬はもちろんのこと、微生物や植物まで音楽の影響を受けるとなると、人工生命を考える上で音楽の影響は無視できない要素のように思える。
ところが、人工生命が動く実態であるコンピュータは、当然ながら音楽の影響を受けない。外界の音の影響を受けて不調になるようなコンピュータなら誰にも扱うことはできない。もしも影響があるとすれば温度変化くらいで、温度変化も、基本的には「熱暴走するか、しないか」の二択でしかない。

人工生命の研究では音楽を聴かせるといった実験はあまり聞いたことがないが、人工生命に音楽を聴かせることができないというわけでもなさそうだ。

たとえば人工生命研究の古典であるセル・オートマトンは、生物の細胞のように敷き詰められた細胞同士が隣接する細胞(セル)に互いに影響を及ぼしながら動作する。

最近では確率的セル・オートマトンという概念に拡張され、単純で決定的なルールで細胞の振る舞いを決めるのではなく、細胞の状態の変化に確率的な要素を盛り込むことでより複雑な状況を再現しようという研究が盛んだ。これの応用例としては、感染状況や交通渋滞、山火事や津波や避難経路のシミュレーションなど多岐に渡る。

確率的セル・オートマトンの確率操作として音楽を「聴かせる」ことはなんとなくできそうだ。
音楽の変化に合わせて確率が変化するのである。

こうすれば、人工生命は「音楽を聴いてる」と言えなくもない。

同じように、たとえば人工知能の学習プロセスは、神経細胞(ニューロン)を片方向に接続した変形オートマトンと呼べなくもない。
人工知能の学習プロセスは確率に支配されるのが普通なので、たとえば活性化関数やドロップアウト関数、最適化関数に音楽を聴かせると学習効率がどう変化するかなどの研究は、あまりにも馬鹿馬鹿しいから誰もやっていないかもしれないが、植物の例や獺祭のことを考えるとあながち的外れとも言えないのではないか。それでも筆者自身、この研究にあまり気乗りがしないのは、たとえいい結果が出ようとそうでもなかろうと、「音楽を聴かせるといい気がする」という域をでないだろうことがやる前からわかってしまうからだ。

おそらく、聴かせる音楽の種類や、聴かせる振幅の幅、そして、その音楽が「たまたま上手くいったのか」それとも、「音楽とは無関係に上手くいく初期状態」だったのか、誰にも判別できないからである。

これほど荒唐無稽ならば、むしろ遺伝的アルゴリズムとも組み合わせて、「バッハと一番相性の良い最適化関数を進化計算で求める」などの方向性の方がまだ見込みがあるかもしれない。バッハでは真価を発揮するが、ベートーヴェンではいまいちだとか、マイケル・ジャクソンの方がいいんだとか色々ありそうだが。

実際、各種の最適化関数の動きを見ていると非常にリズミカルであることに気が付く。


出典:https://github.com/lacerbi/optimviz

ごく原始的なリズムで動いているが、この動きに音楽的な要素が加わったらどう変化するだろうか。

音楽に関する理論というのは非常に昔から研究されていて、倍音が心地よいのだとか母音が持つ周波数の特徴だとかは非常によく知られている。
しかし、あくまでも人間の心地よさが基準で決められているため、人間にとっての不協和音が他の生命にとっても不協和音なのかはわからない。

ただ、耳障りな音に対しては犬も猫も大体人間と近い反応をするように見える。これは、人間もそのほかの生命も、同じ音を聴いて育つから、ということに関係がありそうだ。

筆者は最近、音楽だけが持つ生命性への影響力について興味を持っていて、これまで全くお金をかけようと思わなかったオーディオ機器に投資し始めている。

通常、プログラマーは音楽を聴きながら作業すると脳の半分は音楽を聴くために取られてしまうので、耳栓で無音にするか、ホワイトノイズなどを聴いて集中力を高める人が多い。

しかし一方で、ある一定のレベルを超えると、音楽がないよりもむしろあったほうがより創造的になってアイデアが浮かんできたり、ウキウキしながら仕事が捗ったりする。

この差が生まれるところには、たぶん必ず何かあるはずなのだが、いまだにそれが何かはわかっていない。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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