画像はイメージです original image: Mr.B-king / stock.adobe.com
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「データがたくさんあればAI(人工知能)を活用できる」「デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現には蓄積した多くのデータが必要だ」――。データはビジネスの成長や持続に欠かせない。AIを活用し、DXを実現していくときには、膨大なデータの必要性が語られることが多い。しかし、実際にデータをどう取り扱ったら良いかはわかりにくい。AIを活用したDX支援を手掛けるABEJAで代表取締役CEOを務める岡田陽介氏に、DXでデータを有効活用するための取り扱いの要点を尋ねた。
DXを実現するためのツールとしてAIは1つの有効な答えだろう。しかし、AIを活用してDXを実現するプロセスを経るために、ユーザーはいくつかのハードルを越える必要があると岡田氏は語る。その代表が、「魔法の川」「データの谷」「精度の壁」「オペレーションのデコボコ道」の4つのハードルだという。
「1番目の魔法の川は、AIやデジタルを魔法のようなものだと思ってしまうハードルです。AIを導入すれば、いい感じで処理をしてくれて売上が伸びる魔法だと感じる方が多いです。しかしAIはデータから逆算する帰納法のアルゴリズムに過ぎず、定義したものや過去の傾向値以上の特別なものは出て来ないことを知る必要があります」(岡田氏)。
AIは魔法ではないと知り、魔法の川を越えると、次にデータの谷が待っている。「うちはデータをたくさん貯めているから大丈夫――という声は多く聞きますが、ほとんどの場合は問題だらけのデータです。データがあると言ってもPDFだったり、データ構造やルールがきちんと決まっていなかったりして、そのままでは使えません。手間を掛けてデータを整理するのか、溜まっているデータはゴミだと認識して新しく貯める仕組みを作り直すのか。データがあると思っていたら、実はないということを認識して、谷底に落ちてから登ってきてもらいたいのです」(岡田氏)。
そして、データの谷からはい上がっても、精度の壁が待っている。いつになったらAIの精度が100%になるのかという期待だが、これも打ち砕かれる。AIは確率統計論で答えを導くため、精度は100%にはならない。精度が100%にならなくても活用できるプロセスを考えなければならないのだ。
川や谷、壁を乗り越えてきても、その先にはオペレーションのデコボコ道が待っている。いったん高い精度が出ても、環境変化などでデータの傾向が変われば再学習をする必要がある。最善の効果を出し続けるためには、新しい技術への適用なども求められる。一度作れば終わりというシステムではない。
これらのハードルに対して、ABEJAとしてどう乗り越えるのかの手段を提供しているのが「ABEJA PLATFORM」だという。顧客の企業経営や基幹業務のDXを支援する機能をプラットフォームとして提供する事業に注力している。ただし、ここではもう少しデータの取り扱いについて見ていきたい。
実際に、データの谷からはい上がるにはどうしたらいいか。岡田氏は、厳しくこう指摘する。「過去に蓄積したデータは、使えないと考えたほうがいいでしょう。クレンジングしても使い物にならないことが多く、私たちは正直なところ蓄積されたデータに期待していません」。
しかし、AIを活用してDXを実現していくには、学習させるためのデータが必要になる。岡田氏は、「過去のデータではなく、今から発生するデータを正しいデータ構造できっちりと収集していくことが必要です。業務課題に合わせてきちんと取得したデジタルデータだけを信頼すれば良いのです」と語る。
この考え方は、ABEJA PLATFORMを使ったDXの実現へのステップを見るとわかりやすい。ABEJAではDXを4つのステップに分けて整理している。
ステップ1は全体設計からBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)、インテグレーションの段階。一般にDXに取り組む場合、このステップ1の段階でPoC(概念検証)を繰り返し、成果が出ないままに投資が膨らんでしまう。ABEJAでは、ステップ1をトランスフォーメーション領域と位置づけ、この段階に投資を集中させる。ステップ1では、業務のリアルの世界における物理的なヒューマンインテリジェンス(HI)によるビジネスプロセスを変革していく。
ステップ2からステップ4は、ABEJA PLATFORM上でDXを実践しながら投資を回収していく段階と位置づける。トランスフォーメーション領域からオペレーション領域に進化するわけだ。まずステップ2では、ステップ1で対象にしていた物理的なHIから、デジタルデータを取得し、デジタルのHIでビジネスプロセスを変革していく。ステップ3では、ステップ1で収集したデジタルデータをAIが解析し、人間が実行するHIをAIが支援する段階に達する。そして、ステップ4では役割が逆転し、AIが業務を実行し、HIがそれを支援する形になる。
ステップ1で物理的なHIから解決すべき課題を整理し、ステップ2から活用するデータを収集していくことになる。すなわち過去のデータは不要になる。「PoCも不要です。ステップ2の最初は人間がデジタル空間上で実務のオペレーションをしていきます。この段階で業務の実態がデジタルデータとして収集できます。オペレーションのデータが蓄積していくことで、AIが傾向を分析しどんどん賢くなっていきます。一定の時間が経つと、AIが業務に対して精度の高いオペレーションを実行できるようになり、人間はときどき手を出すだけでよくなるのです」(岡田氏)。
こうした考え方でAIを活用したDXを実践すると、構造化データから非構造化データまでの多様なデータを蓄積しておくデータレイクの構築の必要性が薄れる。目的がないままにデータレイクを構築するのは、無駄な投資になる可能性が高いとの指摘だ。「10年後にすごいアルゴリズムが発明されて、蓄積されたデータが活用できる可能性はないとは言えません。しかし、過去の経験からそういうブレークスルーはなかなか起こらないのです。目的意識を持ってコストパフォーマンスを合わせてデータは収集すべきでしょう。浮いた予算があれば、そこで目的に沿ったデータレイクを作ればいいのです」(岡田氏)。最初からデータレイクを作ることを目的にしてしまうと、コストをかけて使い物にならないデータを貯め続けることになってしまうかもしれない。
データを活用することも、AIやDXを推進することも、それが企業の目的ではないのは自明だろう。しかし、AIの活用やDXの推進が目的のように題目化していくことを岡田氏は危惧する。「多くのベンダーはDXでこんな素晴らしい未来があると話を持ちかけます。でも、それは本当でしょうか。企業がDXを推進するのは、利益を増やしたり、従業員の働き方を改善したりする目的があるからです。ABEJAでは、デジタルなどの流行り言葉を使うのではなく、利益が出ること、働きやすい会社を作ることをお手伝いしましょうと話をしています」(岡田氏)。
そうした中でABEJAは、「ABEJA PLATFORMで最新鋭の製造機械と、製造ノウハウを提供しています」と岡田氏は比喩を交えて語る。最新鋭の製造機器には、データが流れる。最新の技術が集約された工場があり、そこに企業が安心してデータを流すことで、AIを活用した成果を製品として得られる。「私たちはABEJA PLATFORMをデジタル版のEMS(デジタル機器の受託製造)と捉えています。人間も含めてビジネスプロセスをどう回していくかの全体像を、提供する様々なモジュールを組み合わせて構築していきます。AIの世界は日進月歩ですから、良いアルゴリズムが出てきたら、ABEJAの費用負担で最新の“工作機械”にモジュールを取り替えていくことができます」。
岡田氏はABEJA PLATFORMを活用したDXの成功例として、三菱ガス化学の化学プラントの腐食検査のケースを挙げる。「化学プラントではタンクやパイプの腐食を検査するプロセスが定常的に発生しています。従来は、運転員がデジタルカメラで状況を撮影し、パソコンに取り込み、Excelに画像を張り込んでいました。そのExcelを検査員が確認して、保守作業の必要性の意思決定をしていました。このプロセスをABEJA PLATFORM上に構築することにしました」(岡田氏)。
最初に行ったのは、写真のデータをExcelに貼り付けるのではなく、判定用のWebサイトにアップロードする仕組みの整備だった。運転員は画像をWebサイトにアップロードするだけで良くなり、検査員はWeb画面で判定を下すだけで済む。Excelを介していたときよりも、業務プロセスが圧倒的に簡略化できたわけだ。それだけではなく、裏では画像データを収集して、AIが判定のプロセスを学習していた。業務プロセスを改善する取り組みが、すなわちデータを収集してAIを活用するベースになっていたというわけだ。
AIの判定精度は、当初は60%ぐらいだったと言う。この精度ではAIだけで命に関わる腐食状況の判定の本番運用はできない。それでも、AIが「判定に自信がある」と判断する結果については、AIに判定を任せられる。自信がある結果が最初は全体の2割だったとしても、2割の工数削減ができる。残りの自信のないデータがその間に蓄積して、AIの精度は時間とともに着実に高まる算段だ。岡田氏は「三菱ガス化学が2022年3月に報道発表をした時点で、同年1月から2カ月の運用で50%の人的コスト削減につながっています」と成果を語る。データの蓄積やABEJA PLATFORMの活用を題目に掲げるのではなく、目的である現場のプロセスの改善をABEJA PLATFORMが裏から支えた形だ。
三菱ガス化学の事例からも透けて見えるように、岡田氏は「データやAI、DXなどの単語は、特別感や色物感があります。しかし、ビジネスプロセスは昔からあまり変わっていなくて、人間の頭の中で処理していた情報がコンピューターではデータと呼ばれるだけです。どう使っていくかは、自分の頭の中で理解していくことが重要です。自分たちの頭の中でデータの使い方の解像度をしっかりと高めれば、AIもDXも難しいことではないと思います」と語る。データやAI、DXを特別視するのではなく、何を目的に投資してリターンを得るのかをしっかりと見据えることが、データ活用やDXの時代でも要であることは違いないようだ。
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登録はこちら日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。