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文化継承にメタバースを活用、福岡市の鳥飼八幡宮が作ったメタバース神社

2023.06.06

Updated by Naohisa Iwamoto on June 6, 2023, 12:25 pm JST

日常では触れることが少なくなった伝統文化をバーチャル空間で手軽に触れられるように--。メタバースには、こんな活用の取り組みがある。その1つとして、福岡県の神社がメタバース上に「メタバース神社」を構築した。

メタバース神社を公開したのは、福岡市中央区にある鳥飼八幡宮。1800年の歴史を持つ神社で、2022年12月には本殿拝殿の遷宮(総建替)を約200年ぶりに行ったばかり。古くからの神社のイメージとモダンな意匠をかけ合わせた拝殿が印象的な神社である。鳥飼八幡宮はこれまでにも、現地での参拝が難しい人に向けて御朱印やお守りをオンラインで受け付ける「オンライン授与所」を開設するように、テクノロジーを活用した伝統文化の継承に積極的に取り組んでいる。そんな鳥飼八幡宮が、神社のメタバース化を手掛けた。

▼メタバース鳥飼八幡宮(上)の本殿拝殿と、現実世界の鳥飼八幡宮。境内の建物は配置や質感などもかなり忠実に再現されている

鳥飼八幡宮宮司の山内圭司氏は「神社界の置かれた状況は厳しい。全国で年間1000社が閉じる状況で、打ち手を考えないと歴史を紡ぐことができなくなっている。神社にあまり縁がなかったり興味がなかったりする人にも足を運ぶきっかけを作り、人も地域も活性化させる1つの方策としてメタバース神社のプロジェクトを進めた」と語る。ブームに乗ったイベント的な取り組みではなく、100年後の神社のあり方をも見据えた仕掛けの1つというわけだ。

鳥飼八幡宮のメタバース化を手掛けたのはEY Japan。EY Japanは大手会計事務所の英アーンスト・アンド・ヤングの日本におけるメンバーファームで、そのコンサルティング部門とテクノロジー部門が実務に関わった。EY JapanでChief Innovation Officerを務める松永達也氏は、「新しいチャレンジをしたい、若い人たちへの情報発信の仕方を変えたい、訪れた人たちの体験を再設計したいという神社としての思いをメタバースに生かした。2022年秋から半年ほどかけて、誰もがいつでも集えて、思い思いに過ごせるメタバース神社を構築した」と語る。

▼お参りの手順を教える「豆知識カード」。背景に映る画面の左側のボタンでアバターが移動、右側のボタンで礼や柏手、賽銭などを実行できる

鳥飼八幡宮のメタバース神社の特徴は主に3点ある。1つはインターネット上のメタバース神社にスマートフォンからアクセスできるようにしたことで、気軽に参拝が可能なこと。国内外の遠方の人、外出が困難な人にも参拝体験を提供できる。海外の人に向けた日本の伝統文化の発信にもつなげたい思いだ。2つ目は神社に関する学びの提供。メタバース神社に参拝して散策すると、参拝や鑑賞スポットで豆知識カードを取得できる。「二礼二拍手一礼」といったお参りの手順や、スポットの説明などのカードを37枚用意し、コレクションすることで神社に付いての学びを得られる。3つ目はゲーム的要素で、楽しみながら参拝体験を繰り返してもらう仕掛け作り。その1つが「福男福女レース」で、メタバース神社ならではのリアルの神社では不可能な空中を走るようなコースでタイムを競う。

今後の神社のあり方のモデルケースに

松永氏は、「メタバースというテクノロジーありきではなく、神社の情報発信のあり方の変革や神社を訪れる方の体験の拡張を目指した。メタバースなので、リアルでは体験できない本殿の屋根の上に登ることや、これから建設する施設を見たりすることもできる。バーチャルで体験した人に鳥飼八幡宮に参拝してもらいたいし、リアルで参拝している人にはバーチャル体験もしてほしい」と続ける。

▼「福男福女ゲーム」では、境内に現れる仮想的なマットを飛び移るコースで、タイムを競う

鳥飼八幡宮のメタバース神社は、メタバースプラットフォームのZEPETO上に構築している。利用前にはスマートフォンやタブレットに専用アプリをインストールして、ZEPETOを起動、アバターを選んでおく。鳥飼八幡宮のワールドをZEPETOで検索して選ぶことでメタバース鳥飼八幡宮にジャンプする。

メタバース鳥飼八幡宮内をアバターが自在に動き回り、前述した豆知識カードで学んだり、神社の参拝をバーチャルで体験したりできる。手水舎で手を清め、本殿では鈴を鳴らし、アバターに礼をさせて、柏手を打ち、バーチャルでお賽銭を納めるといったお参りの一通りが実現できるのだ。さらにリアルの鳥飼八幡宮と同じく「おみくじ」を引き、「結び紐」を木に結ぶといった体験もできる。

▼境内の本殿拝殿の背後にある「なで牛」。メタバースでなでに行くと、神社の説明と同義の豆知識カードが得られる

宮司の山内氏は、「もっともっとわくわくする鳥飼八幡宮を皆さんにお届けしたい。日本人の精神性、神道や日本神話の世界観を世界の人に伝えたい。そうした取り組みを優しく見守って、強く支えていただけたらうれしい」とコメントする。山内氏とEY Japanは今回の取り組みがメタバース上で神社を常設するものとしては初めてという。常設だからこそ、メタバース鳥飼八幡宮には日々の参拝も可能になる。

現時点では賽銭やおみくじなども無料で体験でき、収益モデルではなく神社への参拝の体験を広めることが第一義となっている。「将来的にはデジタル空間で御札や祈願、御朱印などを有料で提供することも検討している」(山内氏)。鳥飼八幡宮には年間30万人の参拝があり、様々な取り組みにより参拝数は増加傾向にあるという。しかし全国の神社の状況は厳しい。「鳥飼八幡宮の参拝数を増やすことだけが目的ではなく、先進的な取り組みによって神社が衰退しないモデルケースを作り、全国の神社を下支えしていきたい」と山内氏が語るように、文化継承へのメタバースの可能性に一石を投じていく。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。