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最適化を知らないAIコンサルタント会社

2024.07.13

Updated by Ryo Shimizu on July 13, 2024, 09:43 am JST

昨日、知人から急に「会いたい」と言われたのでまあ時間もあったし相手もゴールデン街に来てるというので会いに行った。
すると見知らぬ人物を伴っていた。別にそれはいい。

彼はとあるコンサルティングファームで、AI戦略リーダーという要職にあると自己紹介した。というか名刺にそのように書いてあった。
知人・・・ややこしいので門間(仮名)とするが、門間氏はもともとデザイナーで、動画編集などをするAIが好きなクリエイターで、彼が連れてきたAI戦略リーダーは彼の会社とは何の関係もない人で、山本(仮名)と言った。

門間氏は、面白いくらい鬱陶しいのが特徴で、そこが彼の魅力なのだが、そもそもデザイナーなのでコンピュータの基礎的なことを全く理解していない。それは仕方ない。それで彼に「最適化ってそもそもどういう意味だかわかってるの?」と聞いたら「わかりません」という。ここまでは予想の範囲内だった。仕方ないな、じゃあ山本さん(仮名)、この無知な老人に最適化について教えてあげてくださいよ。と水を向けると、コンサルティングファームのAI戦略リーダーである山本氏(仮名)はこう言った。

「最適化・・・・いわばモダナイゼーションですよね」

ここでずっこけた。ちょっと待て。君はどこでどういう教育を受けたんだ。
聞けば、2007年からJavaを書いていたという。Java以外の経験はないらしい。そうだよな。居たよ僕が若い頃にも、COBOL書いてた人が。でもさ、Javaだって最適化くらいするだろ。いや、しないのか?
COBOLしか書いてないのにプログラマーですと名乗っていた人といえば、井口尊仁くらいしか思いつかない。シリコンバレーで五億円調達して、メガネ型デバイスを作るはずがツチノコみたいなのを作った人だ。

そういえば2007年頃、KO大学(仮名)の学生が「最適化ってコンパイラがやるやつでしょ」と言ってきたことがある。それで頭を抱えた。まあ勉強が足りないのは若いから許す。しかし、最適化を見知らぬ誰かに委ねてしまったら、それはもはやプログラマーとは呼べまい。というか、そんな低い次元で会話していたのかと思うと頭がおかしくなりそうになった。

今や最適化はAIの方が得意である。しかし当然ながら、最適化の原語はModernization(近代化)ではない。そんな認識の人がAI業界にいると信じたくないが、現実は受け止めなければならない。多分ほとんどの人は、きっと最適化を「雰囲気だけで」語ってるのだろう。やばいよそれは。

最適化の原語はOptimizationだ。
「最適であること」は、Optimizedと表現される。常識である。

今度からAI(えーあい)の専門家を名乗る人を見つけたら、「最適化って英語にすると何ですか?」と聞いてみてほしい。
Optimization(オプティマイゼーション)、またはOptimize(オプティマイズ)以外の答えが出てきたら、その人とは付き合わない方がいい。

AIが提供する主な機能は最適化だ。それすらわからない人と会話するのは貴重な人生の浪費である。お金を払うなんてもってのほかだ。最適化とは一言で言えば何か?寄り道をしないということである。最適化問題のうち一番身近なものは、カーナビだ。目的地を入れれば目的地までの最短ルートを計算する。今の文明にとってなくてはならないものだ。これを「近代化」と説明できるわけがない。強いて言えば、「近代化」とはガソリンエンジンが電気モーターに変わることであり、何も省かれてない。最適化とは無駄を省きソリッドな状態にすることだ。ガソリンエンジンを電気モーターに変えても無駄がなくなるわけではない。「寄り道をせずまっすぐ目的地に行く」ことが最適化なのである。

これは最低限の言葉だぜ。最適化を無視することは、現代文明を軽視することと同じだ。本欄は僕が何を書いても文句を言われないという契約の元に書いているため、多少言葉がキツくなっても許してほしいが、最適化を知らないAIコンサルタントなど、路上の占い師よりも信用できない。少なくとも占い師は、自分たちの占いがどんな概念に基づいているかくらいは説明できる。

でもわかってる。彼が悪いわけではない。我々が悪いのだ。我々というのは、情報学の専門家である。
情報学は、情報を扱う学問だ。

情報学には二つの側面がある。情報の本質を見つけるところと、情報の性質を利用するところだ。
我々は、情報の本質を見つける方に熱心になりすぎるきらいがある。学者はみんなそうだ。だが僕は、情報学者ではない。むしろ情報の性質を利用するところに重きをおくリアリストでありビジネスマンである。

ただ、同時に僕は科学者でもあるため、これほどまでに「AI(えーあい)」という言葉が軽々しく使われている状況に憤りを感じるし、本来、情報学というよりも数学、哲学、いやまあそんなことはどうでもいいんだけど、そもそもプログラミング教育をすべしと主張した主張の根底には、「アルゴリズムへの理解」があった。もちろん1980年代生まれの彼らはプログラミング教育を受けていない。だから、プログラミング教育を受けた以後の人々のことはわからない。

かつて僕自身が預言した、プログラミング教育を受けていない人間はプログラミング教育を受けた新卒に10年以上の差をつけて追い抜かれるという状況を目の当たりにして、驚きと戸惑いを隠せない。
誰が悪いというわけではないが、ごく基礎的な知識がない人にAIの活用を相談するべきではない。それはAIを理解してないのと同じだからだ。

どれだけ言葉を重ねても、この絶望を表現するのは難しい。
怒ってるわけじゃないんだ。嘆いているんだ。

プログラマーの人口が増えれば増えるほど、「なんちゃってプログラマー」も増えていく。それは別にいい。むしろ喜ばしい。
でもなー、足し算を知らない人を果たして数学の専門家と呼んでもいいものか。
毒キノコを見分けられない人がキノコ料理コンサルタントと名乗っていたらやばいじゃん。食ったら死ぬぜ

まあ門間さん(仮名)には感謝しないといけないよな。金曜日の貴重な夜を無駄にしたが、想像もしなかった情報学の敗北を目の当たりにした。
まあでも彼の誘いに応じることは二度とないだろう。

僕だって週末くらいは休みたい。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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