先週末は軽井沢で過ごした。
と言うと、いかにも優雅に聞こえてしまうかもしれないが、仕事である。
いや、仕事であったらどれほど救われただろうか。
仕事どころではない。
「初島会議」という名前の、いかにも秘密結社めいた名前の会議が13年間行われているらしい。
その13回目の「初島会議」に登壇して欲しいと、かつてお世話になった大阪大学の栄藤先生からお声がかかり、よく話を聞かずに引き受けてしまった。
この初島会議、参加費は12万円するらしい。登壇する場合、その12万円が免除され、往復の交通費とホテル、食事などがタダになる。
スタートアップ業界でいえば、いわゆるICC方式というやつだ。
ICCは属性の近い人が集まるからまだ楽しいから良いのだが、初島会議の主な参加者は、元経産事務次官や銀行の頭取、その他大企業の幹部級社員ばかりで、クラクラとめまいがしそうになった。
「名刺交換よろしいですか」と言われても、名刺を持ってくるのを忘れてしまった。そもそも名刺が必要な生活をここ数年していない。
名刺がないので「お仕事は?」と聞かれ、「今どこの会社にも所属してないので、強いて言えば、UberEats配達員です」と答えるしかなかった。
まあ最近忙しくて配達する暇もないんだけれども。
そしてギャラに相当する初日の昼食はさぞかし豪華だろうと思ったら・・・
こんな弁当だった。
味は美味かった。
それはともかく、この会議では、まず「話題提供者」が登壇して15分くらい何か喋る。これが結局所属組織の宣伝だったり言い訳だったり自慢話だったり省益の話だったりしてどうしようもないのだが、聞くに耐えなかったのは「生成AI」に対する解像度の低さだ。
しかも、そうした与太話を聞いた後、30分ほど、テーブルに居合わせた大企業のお歴々と議論を交わさなければならない。これがまた辛い。
生成AIというよりも。コンピュータに対する解像度が違いすぎるので、生成AIについて僕が話したら僕がずっと話すことになってしまう。
だからじっと我慢して聞いているのだが、当然、そんな努力も虚しく「違う。違うよ。あんたんとこのその商品は俺が企画したんだから」と言いたくなってしまう。
途中で嫌になって何度か離席したが、二日目の最初の回は、なんと僕がすわるべき席に知らない人が座っていて、僕は座れなくなってしまった。
でもまあこれが非常に救いで、僕は席がないので堂々と議場を退出してホテル内のコンビニでおにぎりを買って食べたりするなどできた。
僕はシャケおにぎりを頬張りながら、上部だけ「生成AI」とか「エルエルエム」だとかいう言葉が虚しく使われている様をボケーッと見た。
そんなことをしながらも「栄藤さんがなぜ僕みたいな荒くれ者、はみ出し者をこんなエリートの香りがむせっかえす場所によんだのか、その意味をずっと考える。
WiFiがたった4Mbpsしか出なくて、俺はQwqのfp16版のダウンロードが滞在中に終わらないという恐怖を感じ、テザリングしたりしながら、「ハンロンのカミソリ」について考えていた。
「ハンロンのカミソリ」とは、簡単に言えば、「無能で説明できることを悪意と捉えるべきではない」ということだ。
僕にすれば、最先端の科学、とりわけ今ならAIの勉強をすることは生きとし生けるものにとって当然のデューティであり、その解像度が定まらないまま人様に生成AIをどう扱うべしか語るというのは、小学生に国会運営を任せるようなものだと思うのだが、彼らは別に悪意があって生成AIについて無知なわけではなく、精一杯勉強して、あの程度の知識なのだと考える方が合理的だ。
まあ僕と違って他に仕事もたくさんあるだろうし、生成AIの勉強ばかりしていられないのかもしれない。僕が毎日AIおよび量子生物学関連のニュースや論文を追っかけている時間などわずかなものだが、彼らはそれ以外の仕事が忙しいに違いない。多分生成AIが来年くらいに代替してくれるであろう仕事だと思うが。
そして突然、分かったのである。
日本の強みは、「大企業」にあるのだということが。
日本の大企業と、アメリカの大企業は違う。
大企業はシリコンバレーのビッグテックのような姿に憧れるが、それは根本的に異なるものなので、アリとして生まれた生物がハチドリになることを目指すくらいに無理がある。
生命の研究者として、生命そのものには多様な可能性があるが、ひとたび生命として活動が始まると、その根元にある情報、すなわちDNAから逃れることはできない。大企業のDNAとビッグテックのDNAは根本的に違う。交わることもできない。せいぜい、ミトコンドリアとヒトのような共生関係を構築することができるだけだ。そういえばサルの行動研究を通してヒトの振る舞いを知ろうとする研究発表は初島会議の発表の中で唯一、興味深いと思えた。
ビッグテックのDNAの中で、最も過激で特徴的なのは、機動性だ。
朝令暮改なんて生やさしいものではなく、戦闘機のパイロットのように個々人の判断力が瞬間瞬間に求められる。
このスピード感は、日本の大企業は絶対に持つことができない。
会社が儲けるためなら、創業者はあっさりとCEOを引退し、プロのCEOに引き継ぐ。
これも日本の会社にはなかなか見られない。
日本の大企業のトップというのは、その構造上、「誰がやってもとりあえず大丈夫」なようになっているからだ。
実質的には名誉職に近く、もちろん会社全体の方向性は誰が経営トップになるかによって大きく変化するが、その変化が致命的なレベルに達するのは任期が終わって退任したずっと後、ということもある。
ビッグテック型企業の問題点は、株主対策のため場当たり的な施作を継続的に取らざるを得ないこと。M&Aや新規事業を次々と作り出し、会社の成長性をアピールし続けないと株主から退任を要求される。
それに対して日本の大企業トップは株主から退任を求められることは滅多にない。よほど理由があれば別だが、基本的には悠々として、表敬訪問などをこなすことが任務だ。
つまり何が言いたいかというと、単純な事実として、ビッグテックよりも日本の大企業の方がずっと長生きしているということだ。
ビッグテックには数えられなくなってしまったが、2000年頃に世界一の成長率だった米Yahoo!は、度重なる迷走の末、ただのニュースサービス会社に落ちぶれてしまった。他にも、いわゆる「ドットコムクラッシュ」で落ちぶれた会社は山ほどある。
日本の大企業の場合、時たま超弩級の不祥事がニュースになることはあっても、その会社が潰れたり、事業転換を大きく迫られたりということはあまりない。
なぜこういうことが起きるかというと、実は日本の大企業の持っている極めて強力な呪術があるからだ。普段誰もこれを意識していないが、実はこれが真理に一番近い。
AIに関して全く無知、またはほとんど無知な人たちが、ピーチクパーチク喋っているのを見て、突然分かってしまったのだ。
「あ、ここにいる人たち、多分全員、年収3000万円行ってない」
ICCとかIVSとかに行くと、基本的には億万長者しかいない。
億万長者の定義は難しいが、少なくとも資産を10億円くらい持ってる人だろう。ボケーっとしていても毎年プライベートバンクで5000万から1億円くらいの運用益をもらえる人たちである。
そんな場所にノコノコ出かけて行くと、一番貧乏なのは俺、というのがデフォルトだった。
だからまあなんとなくそういう場所に行くと卑屈になって、あちこちで「今度10億円くらいの手頃な別荘を探してるんだ」とか「ジェット機を買うならどこのメーカーがいいか」みたいな話をしている隅っこで「ウィダーインゼリーのどの味が好きか」を議論しているのが俺なのだ。
しかしこの会場には、おそらくジェット機を買う人はほとんどいないだろう。一生買えない人ばかりだと思った。
でも、それって凄くないか?
そんなに貧乏なのに、誇りを持って仕事をしているのである。
それでまたふと思い出した。
MSFT、すなわちMicrosoftは、今もNASDAQ上場企業であることを。
NASDAQは、ボラティリティの高い会社が上場できる仕組みだ。NASDAQに上場している時点で、株主はリスクを織り込み済みで株を買う。NASDAQへの上場は、書類が揃っていれば比較的簡単にできるのだという。ほとんど機械的な処理で、その会社で条件が揃っていて、かつ書類が揃っていて、内容に嘘がなければ上場できる。
その代わり、条件を満たさなくなったら即上場廃止になる。これが東証と大きく違うところだ。
NASDAQに上場されている会社の株を買っていても、それが紙屑になったとしたら、それは投資家の責任とみなされるのだ。まあそれはそうだと思う。
そもそも株式会社の仕組みそのものが、賭け事(ブックビルディング)から来てるのだから、こっちの方が正しいのだ。株式会社の成立と海上保険の成立はほとんど同時で表裏一体なので、「がん保険に入っていたけど交通事故で死んだ!金返せ」とはならないのと同じで、「上場廃止になるような会社の株を買ったお前が悪い」というのがNASDAQの基本的な考え方である。もちろんアメリカにはNASDAQ以外のボラティリティの低い市場がいくらでもある。
東証はさすが渋沢栄一が設計しただけあって、投資家保護を第一に考えている。いきなり株券が紙屑になるようなことはないように作られているし、ヤバそうな会社はヤバくなってもしばらくは存続できるようになっている。
こういう仕組みがあるから、僕の知る限り、日本では一度でも上場した会社は、たとえ会社の基幹事業がおかしくなっても、必ず救いの女神が現れるようになっている。
それでもどうしようもないことはあるが、基本的には、「うちの会社にはそれなりの価値がある」と自負できるような会社は生き残れるようにさまざまな工夫が巡らされている。
だから大企業の株はある程度安心して買うことができる。
この「大企業はなかなか潰れない」という安心感を裏付けるのは、実は低い賃金だ。
どのくらい低いかというと、勤続40年の管理職だとしても、まあ具体的には言えないが、シリコンバレーではジュニアのエンジニアすら雇えないくらいである。
日本の大企業は諸外国に比べると社長の給料も極端に安い。
これは、「誰でもできるようになっている」という仕組みの裏返しだ。
つまり、日本の大企業というのは、基本的に「集合知による統治」が優先されているのである。
「多様な個性による集合知」が「突出した個人」に比べて安定的に正しい結論を出すことはさまざまな研究で知られるようになった。
これを昔からやっていたのが日本である。
日本は鎖国していたので、他の国に比べると、封建制度の時代が長かった。
アメリカ建国は1776年、フランス革命は1799年、明治維新は1871年と、一世紀近い時間差がある。
しかも、日本の封建制度の崩壊は、フランス革命やアメリカ建国のように市民から始まった自発的・内発的なものではなく、黒船襲来という、いわば外圧から生まれたものだ。
市民が生活苦に怒りを感じて討幕したのではなく、幕府を維持していては日本がまとまらないと思った地方の武士たちが蜂起したのである。
ということはどういうことかというと、明治維新は武家による武力を中心とした革命運動だった。
つまり、「殿様と家臣」という封建制度の形はある程度残したまま、近代化を図ることになった。
三菱が土佐藩から派生したり、ソニーが造り酒屋から派生したように、日本に残る旧財閥、大企業の形というのは、封建制度を引き継いだものだった。
封建制度を支えていたのは、「賢い個人」としての殿様ではなく、それを支える「家臣団」達だ。
封建制度においては、人格者ばかりが世継ぎとして生まれてくるわけではない。
むしろ、丁稚や奉公人の中から「これは」と思う人間を見つけ、縁組して跡を継がせたり、実質的に殿は操られる存在だった。
家臣団のなかで、私心を抱くような人間は、徳川400年の太平の歴史の中で去って行く他なかった。
組織というのも人工生命の一種であり、僕の研究対象だから、組織のDNAという形で見ると、どんな殿でも支える家臣団という形は、今の大企業の源流としてはそれほど間違ってはいないだろう。
ただ、世襲制の会社でもない限り(そういう大企業も日本にはまだまだたくさんある)、日本の大企業のトップは家臣団の中から入れ替わるように選択される。
元の仕組みが「誰がやっても大丈夫」なように作られているから、世襲じゃない大企業の場合、社長の地位というのは名誉職になるのは必然的なものだ。興味深いことに、日本の大企業のトップはシリコンバレーのビッグテックのCEOと違い、あくせく働くというよりも、外交にもっぱら時間を費やし、会社の長期的な方向性を見極めることを要求される。短期的な株価に一喜一憂したり、自家用ジェット機を買うようなことはない。
興味深いのは、日本には国内の競争というものがほとんど存在しないことだ。
いや、実際には競争は存在しているが、ビッグテックが行っている準戦争行為に比べたら、秋の運動会くらいの気楽なものだと言える。
そもそもOfficerって士官って意味だよ。日本のCなんとかOがどれだけ自分を「士官」だと意識しているのかわからないが、多分その意味すら考えたことのない人がほとんどだろう。ビッグテックにおけるOfficerも、その下の兵隊(意味通り)たちも、意識は常に「殺人と破壊を伴わない合法的な戦争行為」をしていると考えているし、まあここでは書かないけど、今、世界が立派だと思っているビッグテックも、実際には現場でかなりえげつないことをした記録も残っている。アメリカにおいて銃を持つのが普通なように、ビジネスが準戦争行為なのは普通のことなので誰も疑問に思わないのだが、ビジネスが「商い」だと思ってる島国のか弱い原住民たちは、自分たちが準戦争行為を仕掛けられているという自覚もないままただただ搾取されるのである。
これだけ意識の違いがあるのに、インカ帝国みたいな運命を辿ってない日本の大企業群というのは、実は物凄いパワーを持っているのである。
わかるかなこの凄さ。相手は本気で殺しに来てるのに「あー、蚊が止まったのかな?」くらいのダメージで済んでるという事実。
売上高で7倍くらいの差が、Amazonとソニーにはある。にも関わらず、人によっては、Amazonよりソニーの方がずっと偉大だと思っているだろうし、俺もそう思っている。
数字はバカでも理解できる指標だが、単に企業や組織の価値というのは、数字だけで測ることはできないという証明が、ソニーや任天堂やスタジオジブリだろう。
任天堂の売上高は1兆3000億円、ソニーの売上高は13兆円、Amazonの売上高は81兆円である。もちろん業種が違うので一概に売上高が高いければいいというものではない。Amazonの売上高の大半は仕入れに回る利益率の低い商売だし、任天堂の売上は反対にソフトウェア販売だから利益率が極めて高い。
共存共栄という言葉があるように、日本はたとえ競争相手であっても敬意を持って接する。
ビッグテックは共和政ローマ帝国のように、競争相手に「服従か死か」を迫るが、日本の大企業はたとえM&Aしたとしても、相手の個性を尊重しようとするし、カルチャーの融和を図る。
本来、組織を生物として考えると、相手を取り込んで、カルチャーを融和させるというのは、自分自身が変質することになるのでかなり大胆な決断である。
角川書店はドワンゴを買収するのではなく合併し、新しい血を取り入れた。Yahoo!JapanはLINEと合併し、まあそんな例は枚挙にいとまがないだろう。
欧米企業でこういう「融和」が起きることは特にビッグテックにおいては見たことがない。
何より、日本的システムが作り出した東証の「格付け」としての役割を、NASDAQは持っていない。
NASDAQ上場企業で働く人たちは全く愛社精神というものがない。
どこまで行ってもファンであり、自分の待遇を最優先に考える。今の会社にとどまる方が有利か、それとも転職した方が有利か。
自分自身がスワップオプションみたいなもので、目の前の仕事をこなすよりも、自分を高く売りつけるための装飾をするためにポジションを取って働くふりをする方が合理的に年収を上げて行くことができる。
ビッグテックの社員は40代でFIREするが、日本の大企業の社員にとって40代は働き盛りだ。引退するとか想像もしない。
僕はあまり意識してなかったが、27歳の時に会社を作った時の予想通り、45歳で引退することになった。
それは結局、僕のキャリアが、ビッグテックのために働くところからスタートしたからだろう。
僕にとっての「お手本」はビッグテックであって日本の大企業ではなかった。
その後、幸運にも日本の大企業のことを深く勉強する機会を与えられて、日本の大企業が構造的に極めて強い生命力を持っていることを知った。
シリコンバレーなら年収5000万払っても獲得できないような人材が、その1/10の賃金で雇えるのは日本の大企業だけなのだ。
うちの親父も、某東証一部上場企業で定年まで働いていた。
母親は自営業だったので、年収1000万円くらいあった。父は「髪結いの亭主」なんて陰口を言われることもあったが、母は「私は自営業だから、体が動かなくなったら一円にもならないんだ。お父さんは東証一部上場企業だから、いざという時も会社に守ってもらえるんだ」と言っていたし、実際、二人ともそう信じていた。
これは「信仰」であって、「合理」ではない。
ただ、「この会社にいれば大丈夫」と思えることが、普通の人々にとって、どれだけの安らぎと救いになるか。
これはビッグテックで働いていたら、絶対に得ることができない、日本の大企業で働く人だけが獲得可能な価値である。
「あっちの会社にいいポジションがある」みたいな余計な雑念に惑わされずに、慎ましく、より良い世の中を作るために仕事に邁進することのできる環境が、大企業にはある。
もちろん大企業には明らかな弱点も数多くある。あるけどビッグテックにしても日本国内市場に進出しようと思ったら日本の大企業を無視することはできない。
大企業群というのは、日本の封建社会そのものだからだ。
となれば、大企業はビッグテックに対抗する必要はない。
経済安全保障の面から、どうしてもビッグテックのオルタナティブが国内に必要だというのなら、大企業同士で連携する新たなスタートアップを作ればいい。
スタートアップでありながら、中で働くのは大企業から出向してきた優秀かつ(シリコンバレーに比べて)低賃金な社員。
大企業と資本関係を結び、資本関係があるから大企業でも安心して仕事を発注できる。
そういう会社が、もっと増えるといいと思う。
大企業の出島みたいなスタートアップ。それがたくさん増え、連携し、一見すると競合に見えるところとも共闘できるような、少年ジャンプの漫画みたいなスタートアップがたくさんできると、日本はもっと元気に成るんじゃないか。
そんな風に思った。
しかし、ギャラが現金ではなく「酒飲み放題」であるというので、なんとか頑張って元を取ろうとしたが、ホテルの薄いハイボールじゃいくら飲んでも酔えない。
写真には6杯写っているが、まあ10杯くらいは飲んだけど、ゴールデン街価格に換算すると1万円いかないくらい。
このクソ忙しくて配達する暇もないのに、二日も潰して、しかも全く考えなくていいような大企業の心配までして、1万円じゃ割に合わない。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。