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高度なモバイルネットワークがAI時代を支える国家基盤になる

高度なモバイルネットワークがAI時代を支える国家基盤になる

Updated by WirelessWire News編集部 on September 3, 2025, 06:25 am JST

WirelessWire News編集部 WirelessWire News編集部

※本稿は、エリクソン北東アジア地域総責任者兼上席副社長 シャフィック・ナシ―フ(Chafic Nassif)氏による寄稿です。

AIとクラウドコンピューティングの組み合わせは、医療、製造、金融、国防などを含むさまざまな産業の形を変えようとしています。私たちは今、経済運営のあり方、社会を機能させる方法、政府から市民へのサービス提供のあり方をあらゆる面で変革するであろう、AIドリブン時代の幕開けを目の当たりにしているのです。

しかしこれらのテクノロジーは単独で機能できません。

AIとクラウドはインテリジェンスとコンピューティングの力を提供しますが、次世代のモバイルネットワークがなければ、それらのほとんどは研究対象やパイロットプログラムにとどまることでしょう。これらのテクノロジーが支えるリアルタイムのデータ集約型アプリケーションには、高速で信頼性が高く、強じんな通信ネットワーク、つまり将来の需要に対応できるモバイルのインフラが必要なのです。

5Gスタンドアローンネットワークが戦略的に必須である理由

世界の通信網の多くはレガシーの4Gコア上に構築されたハイブリッド5Gネットワークで運用されています。これは5G NSA(Non Standalone)と呼ぶネットワークです。一方でAIを現実世界で拡張するために必要となる超低遅延性、保証された性能、高度な機能を提供できるのは、コアから基地局まですべて5G方式で統一した5G SA(Standalone)ネットワークだけです。

「ベストエフォート」ベースで動作している従来のネットワークは、ブラウジングやストリーミングには十分ですが、障害が深刻な悪影響を及ぼす可能性のあるミッションクリティカルなタスクには不十分です。5G SAは、定義されたSLA(Service Level Agreements)を伴ってカスタマイズされたネットワークスライスを活用し、さまざまなセクターに合わせて性能を調整することで、この状況を変えます。動的な都市環境をナビゲートする自動運転車であれ、プロセスをリアルタイムで制御する自動化工場であれ、きわめて短い応答時間(低遅延性)と高信頼性はオプションではなく、基本的な要件だからです。

AIを活用した遠隔ロボット手術を考えてみましょう。このシナリオではミリ秒の遅延が生死を分ける可能性があります。同様にAIベースの緊急対応システムは、大惨事を防ぐためにリアルタイムでデータを処理し、それに基づいて動作しなくてはなりません。これらは未来の話ではなく、すでに試験され展開されているユースケースです。遅れているのは、それらを大規模にサポートするためのネットワーク機能です。

データセントリックなインフラのバックボーンに不可欠な「Massive MIMO」

未来はデータであふれていることでしょう。自動運転車1台だけでも1日に4テラバイトものデータを当たり前のように生成します。これが数億台の車両、スマートシティ、インテリジェントな工場、複数のドローンを同時に管理・制御するドローンフリート、数百万のAI搭載個人デバイスにまで広がると、そのデータ規模は途方もないものになります。

だからこそMassive MIMO(Multiple Input, Multiple Output)無線が不可欠なのです。Massive MIMOは大規模なアンテナアレイを使って信号を同時に送受信することで、指数関数的に増加する大量のデータをネットワークが効率的に処理できるようにします。

AIシステムがリアルタイムで物流、予知保全、生体認証セキュリティ、多言語翻訳を管理し、何千人もの乗客が高解像度の動画をアップロードし、ARグラスでナビゲートし、パーソナライズされた最新情報を受け取る国際空港を想像してみてください。このレベルの活動を崩壊することなく同時に維持できるのは、Massive MIMOを実装したネットワークだけです。

地政学的に分断された世界における国家資産としてのレジリエンス

地政学的な緊張が高まる世界において、モバイルネットワークはもはや単なる通信ツールではなく、港湾、鉄道網、送電網と同じくらい重要なインフラです。金融から防衛に至るまで、AIおよびクラウドドリブンのすべての産業のバックボーンとなるのは接続性です。そして接続性は、レジリエントで自律的かつ安全なものでなければなりません。

Massive MIMOで高密度化された5G SAネットワークを導入することで、各国はサイバー攻撃、サプライチェーンの混乱、デジタルによる強制(digital coercion)に対する耐性を高めることができます。そうすることで、ネットワークは国家主権と経済的自立を強化します。

リスクについて考えてみましょう。レガシーの通信ネットワークに対するサイバー攻撃は、数分でスマートグリッドシステムを麻痺させたり、緊急サービスを混乱させたり、物流の運用を停止させたりするリスクがあります。一方で、ローカルで管理されたレジリエントな5G SAネットワークは、これらのリスクに対する緩衝材となり、不安定な時代においても事業の継続と成長のための基盤を提供します。

ネットワーク戦略が国家安全保障の要に

モバイルネットワークへの投資を優先する国は、技術革新だけでなく、地政学的な位置付けにおいても決定的な優位性を得るでしょう。モバイルネットワークはもはや単なるインフラではなく、経済的変革のプラットフォームであり、社会発展の触媒であり、国家安全保障の要です。

政府と行政当局による周波数政策とインフラの財源の議論においても、協議の中心となるのは次世代モバイルネットワークの戦略的価値でなければなりません。

AIの覇権争いにおいては、インテリジェンスだけでは不十分です。安全でスケーラブルかつ主権を確保したインフラが必要です。モバイルネットワークは単なる裏方のインフラではなく、AI時代の未来を支える基盤そのものなのです。

シャフィック・ナシーフ(Chafic Nassif)
エリクソン北東アジア地域総責任者兼上席副社長。エリクソンで10年以上の幹部職経験を持つ。四大陸にわたる地域の様々な事業分野に従事し、エリクソン台湾の社長兼取締役およびエリクソン北東アジア地域の幹部メンバー、台湾の欧州商工会議所、電気通信・メディア委員会の共同議長などを歴任。エリクソンに入社前は、技術系スタートアップ企業、IT 業界、コンサルタント会社に勤務。2024年2月から現職。

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