• 執筆者一覧Contributors
  • メルマガ登録Newsletter
現代アートを道具としてビジネスシーンに活かす・後編

現代アートを道具としてビジネスシーンに活かす・後編

Updated by 八十雅世 on October 21, 2025, 06:10 am JST

八十雅世 masayo_yaso

情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー 早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。

データ分析と問題定義――現代アートの「問い」の立て方

前編の記事では、ピックアップしたビジネスの構成要素の中から、「経営戦略」「組織マネジメント」についてお話ししました。後編では「データ分析」「マーケティング」について取り上げます。まず、「データ分析」です。

データ分析と聞くと、現代アートと少し離れているように感じられます。数学をベースとした統計学のアプローチが、どのように芸術とつながるのかと思われるかもしれません。が、共通点があります。それは「問いを立てる」ということです。ビジネスにおけるデータ分析は、プロセスの一番最初に「問題定義」を行います。この問題定義とは、データ分析を通じて解決したいビジネス上の課題を、分析可能な形で具体的に明確化することを指します。このフェーズでは、「何が問題なのか」「それを解決することで何を目指すのか」「どのようなデータで分析が可能か」を、客観的な事実に基づいて定義し、明確な言葉で表していきます。問題定義が曖昧なままでは、分析の価値が低下するため、分析作業に入る前に課題を明確にすることがデータ分析成功の鍵となります。

この「何が問題なのか」を考える際に、大抵の場合、多様な着眼点が求められます。それにあたり、思考をあらゆる領域に発散させて、決まりきったロジックにハマらないために、各種ビジネス向けのフレームワークを活用する訳です。が、結局、自分が常日頃思っていることの発露として、結論ありきで、問題を定義してしまうことが多々あります。

そこで、前編記事で組織マネジメントの章でお話しした多視点を、自分の中にもつ必要があります。そして、それに現代アートが有効だと思われるのです。

マーケティング――ニッチ戦略の極みにいる現代アート

「マーケティング」については、作品を参考にするというより、現代アーティスト自体の戦略的な部分を参考にする方がよいかもしれません。先の記事(「そもそも「現代アート」とはなにか」)で触れた通り、現代アートは「新たなテーマを掲げている感」があることが必要です。独自性、オンリーワンが求められます。これはつまり、ビジネスでいうところのニッチ戦略、付加価値戦略のもとに作品が生み出されているといえます。村上隆氏は、『芸術起業論』において、今の芸術の世界の中心地はアメリカであり、欧米市場をターゲットに作品を作ることを奨励します。そして、“自分自身のアイデンティティを発見して、制作の動機づけにする”や、“欧米美術史および自国の美術史の中でどのあたりの芸術が自分の作品と相対化させられるのかをプレゼンテーションすること”などが、欧米アート市場のルールだと看破します。ターゲットを見定め、競合分析の上、自分の立ち位置を明確にしなければならないなんて、その点においては、一般企業の事業創出とそう変わりません。

昔々、私が大学生だった頃、とある美術館で、複数の若手現代アーティストによる展覧会の展示をお手伝いしたことがあります。そこには絵画、彫刻、さまざまな形状の作品があったのですが、「売れるアーティストは運搬方法を考えている」と学芸員の方がおっしゃっていたのが印象的でした。アトリエで巨大な作品をつくったところで、展示空間に壊さず搬入できなければ、観てもらえません。マーケティングには、「4P」という、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4つの要素の頭文字を取ったフレームワークがあります。それぞれ4つの観点から戦略を立てよう、というものなのですが、「運搬方法を考える」は、まさにその中のPlace(流通)にあたります。「現代アート作品といっても、しっかりマーケットがあって、商品でもあるのだな」と痛感したのでした。

イノベーションと現代アート

ここまで、ビジネスの構成要素――「経営戦略」「組織マネジメント」「マーケティング」「データ分析」に、現代アートがどのように効くかを挙げてきました。が、まだ触れておらず、かつ避けて通れないビジネスキーワードがあります。それは「イノベーション」です。

現代アートに期待されることとして、イノベーション力や柔軟な発想力の向上が、よく挙げられます。しかし、「観ればイノベーティブな発想が出る!」という即効性は、現代アートだけでなくアート全般に期待しない方がいいと思います。そんな簡単に事が運ぶのであれば、私はとっくにシリアルアントレプレナーとして名を馳せていることでしょう。

現代アートができることは、発想の種が育つ土壌を豊かにすることです。経営学でいうところの、イントラパーソナル・ダイバーシティ(intrapersonal diversity)――個人内多様性を育むことにつながります。入山章栄氏はダイバーシティ経営について、“経営学の視点からは、「知の探索を促し、イノベーションにつながりうる」から求められる”とし、“「一つの組織に多様な人がいる」(=組織ダイバーシティ)ことも重要だが、「一人の人間が多様な、幅広い知見や経験を持っている」のなら、その人の中で離れた知と知の組み合わせが進み、新しい知が想像できるのだ”(『世界標準の経営理論』)と述べています。

また、イノベーションは既存知と既存知の掛け合わせ、といいます。ということは、イノベーションを生み出すには「既存知自体を増やす」か「既存知の掛け合わせ方を多く知る」ことが必要になります。現代アートに触れることで、既存知自体を増やすことはもちろん、既存知の掛け合わせ方を知ることができます。

先の記事(「そもそも「現代アート」とはなにか」)で取り上げた、マルセル・デュシャンによる<泉>は、「トイレ×美術館」という、当時としてはあり得ない掛け合わせを提示することで、歴史に名の残る作品を創りました。もちろん、現代にも不思議な掛け合わせの作品があります。現代アーティストの杉本博司氏による「劇場」と呼ばれる写真作品シリーズ(HIROSHI SUGIMOTO 公式サイト)があるのですが、この作品では一見、映画館の何も映っていない真っ白なスクリーンがただ写っているようにみえます。しかし実は、映画の始まりから終わりまでシャッターを開放して撮影したことによって、スクリーンが白くなっているのです。「映画一本×写真」という掛け合わせによって、2次元の平面の中に、時間軸も埋め込まれている、他にない作品になっています。

ただ、読者の方々もご存じの通り、アイデアがよければイノベーションが生み出せる、なんてことはありません。アイデアを具現化して世に受け入れてもらうところが大変なのです。長谷川一英氏は『イノベーション創出を実現する「アート思考」の技術』にて、アーティストが持つ力で、かつイノベーションを起こそうとするビジネスパーソンに必要な力として、「思考の飛躍」「共感力」「突破力」という3つを挙げました。アイデアコンセプトに関わる「思考の飛躍」「共感力」はもとより、「突破力」という、アイデアを実現させる力が欠かせないのです。

次回は企業倫理と現代アートについてお話ししたいと思います。

Tags