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全方位からの電波を観測し、宇宙状況把握を高度化する

全方位からの電波を観測し、宇宙状況把握を高度化する

Observing Radio Waves from All Directions to Improve SSA

Updated by 日立製作所「協創の森」の現場から on November 4, 2025, 06:29 am JST

日立製作所「協創の森」の現場から hitachi_editor

日立製作所・研究開発グループのメンバーが研究開発中の技術について語ります。

宇宙状況把握(SSA: Space Situational Awareness)においては、光学カメラによる観測と並んで、電波による位置や速度の推定が重要な要素です。日立製作所 研究開発グループは、2024年には宇宙状況把握の高精度化をめざし、全方位からの電波を観測して電波源を特定する基本技術を開発しました。2025年には、宇宙からの災害監視・インフラ管理の精度を高める「構造化電波」技術の原理検証に成功。宇宙状況把握と構造化電波の技術開発に携わってきたNext Research 宇宙プロジェクトの田部洋祐主任研究員と木村寿利研究員に、取り組みの経緯から今後の社会実装まで話を聞きました。
(本記事は、日立製作所・研究開発グループ「研究の現場から」の抄録です。全文はこちら )

全方位観測衛星を作る

木村:宇宙の課題として、宇宙空間に衛星などさまざまな物体が打ち上げられていて、混雑化が懸念されています。そこで、宇宙状況を宇宙空間に打ち上げた衛星から把握するための研究開発を始めました。一般的な宇宙状況把握(SSA:Space Situational Awareness)は、地上からレーダーや光学望遠鏡を使って観測していますが、この方法では、ある特定の区画しか観測できず、観測できる範囲が狭いという課題がありました。しかし、宇宙空間に打ち上げた衛星からSSAを実現できれば、衛星の周囲全体の状況をマッピングすることが可能になります。全方位観測衛星を作ろうというわけです。他の衛星やスペースデブリ(衛星やロケットの破片などの不要な人工物)などから守りたい重要な衛星の近くに従衛星(co-satellite)を打ち上げて全方位を観測することで、妨害する物体や危険な物体の存在を監視できると考えたわけです。

テンセグリティ構造で宇宙空間に薄膜を展開

田部:打ち上げた宇宙機から、全方位の観測を可能にするためには、アンテナを宇宙機の周囲に全方位に展開しなければなりません。打ち上げるときは小さく、宇宙空間に打ち上げてから全方位に広く展開する必要があるのです。ここで、テンセグリティ(tensegrity)構造という特殊な構造の適用を思いつきました。宇宙船地球号(Spaceship Earth)を着想したことで有名な建築家のバックミンスター・フラー(Buckminster Fuller:1895‐1983)が考案したテンセグリティ構造は、張力材と圧縮材を組み合わせて、膜を全方位に向けて張ることができます。大学生の頃から知っていた構造ではあるのですが、宇宙機の周りに小型軽量で展開するアンテナ構造が求められたときに「これだ」と思いつき、研究に適応してみました。

テンセグリティ構造で3次元空間把握の確認ができたことをきっかけに、自ら電波を出して対象物から跳ね返ってくる電波を観測するアクティブな測定の方法にシフトさせ「構造化電波」という特殊な電波を研究対象に取り上げました。偏波状態や位相、周波数、電波の形などを自由に制御して作り上げた電波を発することで、反射波を使って対象の状況を調べる方法で、レーダーと同様の考え方です。宇宙の状況把握から、宇宙からのセンシングデータを使った地球の観測という、研究テーマに新たに取り組んでいます。

「構造化電波」を使って時空の状況を把握へ

私たちが開発している構造化電波は、螺旋の波面を持つ電波を重ね合わせて作ります。構造化電波を利用することで、地球観測でよく使われているレーダーの画像が2次元的なのに対して、歪みのない3次元の画像が得られると考えています。また、この螺旋の波面は壊れやすく、大気中を伝搬していく過程で波の形が崩れていきます。すなわち、大気に対する感度が高いということであり、崩れの度合いを分析することで空間的な情報も分析できます。構造化電波を使うことで大気に対する空間的な情報を得られれば、天候の状況や気候変動などを空間的に把握できるのです。もちろん、感度が高いということは、送信して反射した電波を受信するまでのハードルが上がることでもあります。どのように送受信したら良い応答が得られるか、また、それをどう分析するかなど技術課題が多く残ります。それでも新しいことに挑戦していると、面白く楽しいです。

木村:構造化電波の社会実装のメインとして考えているのは都市インフラの監視や環境モニタリングです。都市インフラは労働人口が減少するにつれ監視が行き届きにくくなりますが、宇宙からの監視で広範囲にインフラのデータを取得できれば、インフラの老朽化をいち早く見つけ、安心安全な暮らしを提供できるのではないかと考えています。また、地球温暖化などに対応する社会を作るために、従来は過去のデータから予測していましたが、構造化電波を使えば宇宙からのリアルタイム情報を基にした環境モニタリングで、環境の状態を予測することができるようになります。このように日々変化する環境に対応していける社会が作れたらいいなと考えています。

(撮影:服部 希代野

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