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地域と産業の再設計へ、ワット・ビット連携が支えるAI前提社会の現場

地域と産業の再設計へ、ワット・ビット連携が支えるAI前提社会の現場

January 27, 2026

岩元 直久 Naohisa Iwamoto

WirelessWire News編集長。日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。ITジャーナリスト、フリーランスライターとしても雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。

ワット・ビット連携は、インフラやアーキテクチャの議論にとどまらない。最終的に問われるのは、その基盤の上で地域や産業がどう変わるのかだ。「ワット・ビット・コネクトフォーラム」(主催、総務省・経済産業省、2026年1月13日開催)の第3セッション「DCを核とした地域の活性化」では、一次産業から三次産業までの現場におけるAI・データ活用の実践が紹介された。

モデレーターを務めたのは三菱総合研究所顧問の中村秀治氏。パネリストとして、中央大学 国際情報学部教授 兼 東京大学名誉教授の須藤 修氏、京都女子大学教授 兼 東京農工大学名誉教授の澁澤 栄氏、KDDI 先端技術統括本部 先端技術研究本部 本部長の宮地悟史氏、アルゴグラフィックス データセンタ準備室 室長の河野証氏、DeNA グループエグゼクティブ メディカル事業副本部長 兼 アルム取締役副社長の菅原賢太氏が登壇。これまでのセッションで語られてきた構想が、現実の社会課題と結び付き始めていることが見えてきた。

モデレーターを務めた三菱総合研究所の中村氏は、「地域、すなわちリアルワールドにはICTが不可欠であることを古くから提唱している。都市部だけではなく、地域にはAIやロボットが必要だ。そのためこのセッションでは、地域のデータ化やAI化の進展を、デジタルデータやAIのユーザーに尋ねたい」と切り出した。ここで中村氏が示したのは、ワット・ビット連携が電力と通信を結ぶ話だけではなく、地域の現実をAI前提で再設計する変革への試みを支える取り組みという視点である。

自治体・行政の立場から登壇した中央大学の須藤氏は、「自治体はAIを使わなければ経営が立ち行かない時代に入っている」と語った。人口減少と人手不足が進む中で、行政サービスの高度化と効率化は不可避だ。RAG(検索拡張生成)を前提にした自治体AIの導入が全国で進みつつある一方で、須藤氏は「個人情報、行政機密情報を保護しないといけない。それも庁内だけでなく医療機関からまちづくりの情報まで、地域のあらゆる情報が対象になる。地域社会のAI化には、強力な電力基盤と通信基盤、セキュアな分散データセンターネットワークが不可欠になる」と指摘する。すなわち、地域のAI化を実現するためには、ワット・ビット連携が必然的に求められるという指摘だ。

一次産業の現場からは、スマート農業の研究を通じた農業を取り巻くリスクの構造について、東京農工大学・京都女子大学で教鞭を取る澁澤氏がコメントした。最近でも、気候変動や家畜感染症、国際情勢、物流の混乱などの影響で、農業の不確実性は依然として残る。澁澤氏は、「リスクとは『諸目的に対する不確かさの影響』のこととISOで定義されている。プラスもマイナスも含めて、不確かさの影響がすべてリスクになる」と説明。そうした中で、新型コロナウイルス感染症やアフリカ豚熱の拡大の事例を引きながら、「新型コロナでは学校給食がなくなったことで生乳の行き場がなくなった。アフリカ豚熱も急速に世界に拡大して豚肉の流通に大きな影響を与えた。データ連携とリスク管理が重要だ」(澁澤氏)。農林水産省は、農場のリスク管理に関する取り組みのGAP(Good Agricultural Practices)の実施を推進するなかで、「農業データの核心となるGAPデータの集積と運用のためには、管理組織として地域のデータセンターが必要になる」(澁澤氏)と、ワット・ビット連携型の地域インフラの重要性を説いた。

二次産業では、アルゴグラフィックスの河野証氏が製造業の現場課題を紹介した。製品開発の高度化と複雑化が進む中で、開発効率の向上が喫緊の課題になっている。「開発効率を上げるにはデータ活用が不可欠だが、設計データは極めて秘匿性が高い。安全に使えてハイスペックな計算基盤が必要になる。高消費電力のシステムをどこに置くかが課題になる」(河野氏)。同社が北海道・北見市に開設したデータセンターは、冷涼な気候と近隣の風力発電などの再エネを生かしつつ、産官学連携や人材育成の拠点として設計された。河野氏は「データセンターをマネージドサービスとして提供することで、製造業の課題解決に寄与したい。課題は多くあるが、ワット・ビット連携で課題解決に期待している」と地域のAI基盤活用の姿を語った。

三次産業の視点からは、KDDIの宮地悟史氏が「AIデータセンター構想」と、全国に分散する「マルチレイヤーAIデータセンター構想」について紹介した。AIデータセンターは、大阪・堺市のシャープの拠点跡に開設。既存施設をデータセンター化することで、短期間で商用稼働を実現する。「ハイパースケーラーのクラウドはどこで動いているかわからないが、堺のデータセンターは国内基盤で動くことを担保できる」(宮地氏)。マルチレイヤーAIデータセンター構想では、全国に中小規模のデータセンターを分散配置する。「携帯電話基地局を活用したAI-RANや、ローソンの店舗、auショップに小型のAIデータセンターを設置することで、エッジの推論拠点にする」(宮地氏)。さらにローソンの品出しロボットや、全国1000カ所のドローンポート設置計画による災害や事故の対応など、地域分散型のデータセンターが求められる施策を紹介。ワット・ビット連携を活用しながら、地域貢献をしていく意気込みを語った。

医療分野からはDeNAの菅原賢太氏が登壇し、AI活用の最大の課題は「質の高いデータ」だと語った。「ガベージイン、ガベージアウトというように、どんな優秀なAIモデルでも学習データの質が低いと良い結果は得られない。一方で、医療データは病院ごと、部門ごとに分断され、患者を軸に統合されておらず“分断”されている。最も重要な統合データがAIに集まる仕組みが必要」(菅原氏)なのだ。そうした中で国は「全国医療情報プラットフォーム」の整備を進める。菅原氏は、「情報の“箱”は整いつつあるが、患者や医療者が日常的に使うサービスとして価値を提供する“魂”が不可欠」と語る。ワット・ビット連携によるセキュアな分散データ基盤と計算基盤がインフラとして提供された上に、DeNAのような事業者が使いやすいサービスを提供することで、医療データの活用が可能になるとの見方を示した。

第4セッションを通じて見えてきたのは、ワット・ビット連携が「データセンター立地論」ではなく、「地域社会の再設計」になりつつあるという点だ。農業のリスク管理、製造業の開発基盤、医療のデータ統合、行政のAI活用。いずれも電力、通信、計算資源、データが一体となって初めて成立する。現場の課題とインフラ構想を結び付ける軸として、ワットとビットの連携が急務であることが改めて浮き彫りになった。

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