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アートは「直感的」なものとは限らない

アートは「直感的」なものとは限らない

February 9, 2026

八十雅世 masayo_yaso

情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー 早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。

アートで直感を鍛えることはできるのか?

「仕事ではロジカルシンキングばかりだから、アートで直感を鍛えたい」
そう考えるビジネスパーソンの方もいるかもしれません。ロジカルシンキングに溢れる仕事の現場で行き詰まりを感じ、「これからは論理よりも直感だ! アートだ!」と、いわば逆張り的に発想しているケースです。

ただ、その発想には、少し検討の余地がありそうです。現状に疲れた結果として、隣の芝生が必要以上に青く見えているだけ、という可能性も否定できません。ビジネスは原則、論理や理性で成り立つものであり、アートは直感、本能や感情でできている――そうした対比で物事を捉え、アートの側にだけ理想像を求める見方は、やや単純化しすぎている面があるでしょう。

そもそも「ロジカルシンキング」とは何か

日々のロジカルシンキングにお疲れの皆さん、一度立ち止まって考えてみてください。そもそもロジカルシンキングとは何でしょうか。

渡邉雅子氏は「論理的であること」を“読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる概念である”とし、“社会的な合意の上に成り立っている”といいます(『論理的思考とは何か』)。
同じテーマのプレゼンテーションであっても、相手によってストーリーを組み替えた経験がある方なら、渡邉氏の言葉にピンとくるのではないでしょうか。渡邉氏はさらに、世界共通の「論理的であること」は存在せず、経済、政治、法技術、社会といった4つの領域における、それぞれ独自の論理があると指摘しています。

我々ビジネスパーソンは、その4つの領域の1つである経済領域における「論理的なもの」、例えばアメリカにおけるエッセイに類似した作文構造に依拠しながら、仕事を進めているにすぎないのです。

ロジカルシンキングのフレームワークとして有名なのが、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)、つまり「モレなく、ダブりなく」情報を整理する考え方です。しかし、ビジネススクールで教鞭を執ってきた山田英夫氏でさえ、“現実的には100%厳密な MECEというのは難しく、「MECE」感が得られたかどうかが鍵となる”と述べています(『ビジネス・フレームワークの落とし穴』)。ロジカルシンキングの代表格とも言えるMECEですら、「MECE感」という、どこか曖昧で、直感的とも言える感覚の上に成立しているのです。加えて山田氏は、自社の外部環境と内部環境の分析に利用されるフレームワーク、SWOT分析についても、“やりたい戦略があって、上司やトップ・マネジメントを説得するために作られる”といいます。
もちろん、ロジカルシンキングやMECE、SWOT分析といったフレームワークが無意味だと言っているわけではありません。ビジネスという特殊な環境において、相手と簡便に意思疎通を図るための有効なツールであり、私自身も頻繁に活用しています。
ただし、それらが純粋に「理性」だけで成立しているわけではなく、その土台には「感情」が脈々と流れている――この事実を、私たちは忘れてはならないのです。

現代アートに「論理や理性がない」ことはない

先の記事(「そもそも「現代アート」とはなにか」)で述べた通り、現代アートは、「美」よりも「問題提起」、すなわち新たなテーマを打ち立て続けることが重視されています。そうした背景から生み出された作品を、本連載ではいくつか紹介してきました。例えば、女性解放運動や人種差別、高齢化、暴力などの社会問題に取り組んできたスザンヌ・レイシー氏の《玄関と通りのあいだ》や、スペキュラティブ・デザインを用いた長谷川愛氏の《シェアード・ベイビー/Shared Baby》(現代アートを道具としてビジネスシーンに活かす・前編)です。これらの作品は本当に「直感的」といえるでしょうか。私には、関係者一人ひとりに丹念に向き合い、冷静に観察を重ねる理性的な態度が強く感じられます。

ロンドン芸術大学に属するカレッジの1つであるセントラル・セント・マーチンズでは、アーティストやデザイナー志望の学生に対し、その基礎過程で、自分の創作を取り巻く物事への理解を深めるために、綿密なリサーチプロセスを身につけることを求めています(ルーシー・アレクサンダー、ティモシー・ミーラ『世界最高峰の美術大学セントラル・セント・マーチンズで学ぶデザイン・アートの基礎過程』)。

確かに、現代アートには、ビジネスの現場で求められるような論理や理性は見えにくいかもしれません。ビジネスパーソンのプレゼンテーションのように、結論から語るPREP法を採用した、わかりやすい構成の作品は多くないでしょう。
アート作品は、視覚をはじめ聴覚・触覚など五感に訴えるものが多く、表層だけを見れば、感性に依拠した直感的なものとして受け取られがちです。しかしだからといって、作品の内側にあるものが、論理や理性を欠いていると結論づけることはできません。

ビジネスにおける「直感」とは何か

さて、「ビジネス=論理、アート=直感」とする二項対立的な考え方は、必ずしも成り立たないことが見えてきました。ここで改めて問い直したいのが、ビジネスシーンで使われる「直感」という言葉です。実はこの言葉は、言語化しにくい判断や思考を、かなり雑に総称したものになってはいないでしょうか。
データが揃っていない状況での判断、ロジックで説明しきれない意思決定、頭に不意にひらめいた思いつき、勘、衝動。これらはしばしば一括りに「直感」と呼ばれますが、本当に同じものなのでしょうか。さらに言えば、経験の浅い人のそれと、十分な経験を積んだ人のそれとでは、大きな隔たりがあるはずです。それにもかかわらず、私たちはそれらを丁寧に区別しないまま、「論理の限界」を補う便利な言葉として、直感を使ってはいないでしょうか。

入山章栄氏は、著書『世界標準の経営理論』の中で、経営と直感に関する理論をいくつか取り上げています。その際、同氏は、「直感」という言葉について、次のような注記を加えています。“直感は、本能と異なることに注意していただきたい。本能とは、まさに動物の本能や脊髄反射のように、生物に本質的に備わっている反射的な行動パターンのことだ。直感はそうではなく、あくまで「無意識の知性」である。知性である以上、それは鍛錬・経験によって習得が可能である。”

この定義にもとづけば、ビジネスにおける直感とは、衝動的なひらめきではなく、論理や理性の積み重ねと地続きのものだと言えるでしょう。その観点に立てば、鍛錬や経験を積む一つの手段として、現代アートを鑑賞する行為は「アリ」だと考えられます。現代アートは、「倫理や価値観、またそれにもとづく振る舞い」に対して、示唆を与えてくれる存在だからです(美意識を鍛える道具としては現代アートをおすすめしない)。もっとも、「鑑賞すれば一気に直感が身につく!」といった都合のよい話はありません。直感とは、あくまで、思考と経験の蓄積の先に、静かに立ち現れるものなのです。

次回は、アートと近しい分野の言葉について整理をしていきたいと思います。
(八十雅世/情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー)

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