AI-Enhanced Platform for Regional Asset Linkage
March 24, 2026
日立製作所「協創の森」の現場から hitachi_editor
日立製作所・研究開発グループのメンバーが研究開発中の技術について語ります。
医療だけでは対応しきれない生活習慣病や孤立・孤独――。人口減少に向かう日本社会には、さまざまな課題が山積していますが、それを解決するためのリソースにも限りがあります。日立製作所 研究開発グループでは、健康を維持するための機能を医療だけでなく、スポーツクラブや栄養指導などの地域資源を活用して実現する「社会的処方」の研究に取り組んでいます。そのひとつが新潟県十日町市での実証です。地域資源と住民をつなぐリンクワーカー(保健師など)の業務を、音声認識×生成AIで支える「リンクワーカー業務支援システム」の検証が着実に進んでいます。家電から医療・サービスまで横断した経験を持つUXデザイン部の荒川正之主任デザイナーと、医療分野のデータ活用を現場から研究し続けてきたデジタルヘルスケア研究部の大崎高伸主任研究員に、日立と社会的処方の掛け算が生み出す価値を聞きました。
(本記事は、日立製作所・研究開発グループ「研究の現場から」の抄録です。全文はこちら)
大崎:医療のデータ分析を継続している中で、新潟大学の菖蒲川先生(新潟大学大学院医歯学総合研究科 十日町いきいきエイジング講座 特任教授)からお声がけいただきました。菖蒲川先生は、新潟県十日町市をモデル地域として、社会課題の解決に取り組んでいらっしゃいました。当初はデータ分析からリスクを抽出することを想定していましたが、打ち合わせを重ねるうちに、課題の抽出から解決まで一緒に考えることになりました。
まず地域の課題とはどのようなものかを議論しました。十日町市は中山間地域にあり、人口も減少しています。医療資源や生産年齢人口が減少する中で、どのように住民の健康維持を図っていくのかという課題が見えてきました。住民の健康維持のために医療資源だけに頼ることが難しくなるかもしれない中、地域にあるさまざまな資源を使うことができるのではないかという視点から、議論が深まりました。そして糖尿病を地域課題の一つとして検討を進め、運動や栄養指導ができる「地域資源」を効果的に活用することができると気づいたのです。
地域資源を活用して社会的要因を改善することで健康を維持するという考え方は「社会的処方」と呼ばれます。イギリス発祥の考え方で、十日町市の取り組みもまさに社会的処方だと気がついたわけです。医療的に治すだけでなく、社会環境を良くすることで健康を維持し、より良く生きられる社会を作っていくイメージです。
大崎:そこで新潟大学と十日町市、日立は、社会的処方とテクノロジーで健康社会のシナリオを創出するプロジェクトを開始しました。「データを分析して地域の課題を見ていく」「地域の資源を使いながら住民の健康を維持していく」ことを目的にしたもので、2023年から2024年にかけて実施しました。そこでは、支援を必要としている人と行政や民間の地域活動やサービスなどの地域資源とをつなぐ「リンクワーカー」に着目しました。糖尿病で生活習慣の改善が必要な人に、保健師がリンクワーカーとなって、地域の管理栄養士やスポーツクラブを紹介する実験を行ったのです。荒川さんに、課題や将来像のデザインで入ってもらって、デザイン面から支援していただきました。
荒川:糖尿病の患者にインタビューする事例があって、デザイナーに入ってほしいという依頼がありました。実は日立のデザイナーは調査やインタビューが業務になっていることも多いので、大崎さんのチームと繋がったのはごく自然だったかもしれません。十日町市で、病院の先生や市役所の方々と、現場レベルの課題を解決するための将来像を描く仕事です。
大崎:当初の実証では、10人ほどの糖尿病患者にリンクワーカーが紹介した管理栄養士やスポーツクラブを利用していただきました。参加者には血糖を示すHbA1cという検査値に改善が見られ、社会的処方の効果が確認されています。実証を始める前は、10人に参加してもらっても、プログラムの最後までは数人しか残らないだろうと予想していたのですが、8人が最後まで参加し続けてくれました。実証が終わった後も、自己負担でスポーツクラブに通い続ける人も出ています。糖尿病患者の健康回復に加えて、地域の活性化にもつながる取り組みにもなってきました。

大崎:こうした実証の成果から、新潟県、新潟大学、日立は、さらにテクノロジーを利用することで社会的処方に携わるリンクワーカーを支援するプロジェクトを始めました。このプロジェクトは、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)が推進する社会技術研究開発事業のひとつであるSOLVE for SDGsソリューション創出フェーズの2024年度の新規プロジェクトとして採択されました。
それまでの実証で、リンクワーカーとして活動した保健師の負担が予想以上に大きいことがわかりました。リンクワーカーは、まず対象者から生活状況や健康状態などをヒアリングします。そして、その状況から、スポーツクラブや管理栄養士といった地域資源のマッチングを図ります。実際には、対象者のヒアリング結果をレポートとして記録に残し、紹介先の地域資源につなぐ作業も発生します。保健師の方々にはその他にも多くの業務があり、負荷が増えては持続可能な取り組みになりません。そこで、面談の記録をAIで自動的にレポートを作成し、適した地域資源を紹介する仕組みを開発することになりました。

具体的には、AIを活用したリンクワーカー業務支援システムの開発です。まずリアルタイムでリンクワーカーと対象者の面談時の会話内容をリアルタイムでテキスト化します。さらに、地域資源の紹介に必要な健康状態や生活状況、希望する支援内容などの情報を、整理・要約して、レポートのフォーマットで表示していきます。リンクワーカーが聞き漏らしていることがあれば、視覚的に確認できるため、その場で必要な項目を漏らさずに聞き取れるようになります。さらに、生成AIによって要約、整理した面談内容を元に、地域資源の候補を検索、提示します。
荒川:このAI活用のリンクワーカー業務支援システムの画面などのデザインは、開発のスピードを優先したため、まだあまり手を付けていません。一方で、システムとしては確実に機能するよう、対象者とリンクワーカーが面談をする場所について調査をして、音声認識における騒音への対応などは、設計から加わって開発しています。
大崎:生成AIの進化の動きが早いこともあり、早く開発して現場で実証できるレベルのアプリケーションを作ることを最優先しました。リンクワーカーとしての業務に即して必要な情報の分類・整理を行うように工夫しました。
荒川:現場に何度も試作機を持ち込んで、ちゃんと面談の会話を認識できるように調整しました。十日町市の現場の皆さんと密にやり取りをしながら、信頼関係ができていたことから、一緒にシステムを作っていく関係が出来上がったと感じています。
大崎高伸(Takanobu OSAKI)
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D
ヘルスケアイノベーションセンタ デジタルヘルスケア研究部 主任研究員
荒川正之(Masayuki ARAKAWA)
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D
デザインセンタ UXデザイン部 主任デザイナー
