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2020年といえば東京オリンピック。この一大イベントでネットワークアーキテクチャはどう変わるのか、そして通信事業者はどのような役割を果たしていくのでしょうか。引き続きプロセラネットワークスジャパン代表の菅野真一が、情報通信総合研究所上席主任研究員の岸田重行氏に話をうかがいました。(構成:WirelessWire News編集部 板垣朝子)

スタジアムの上りトラフィックはスマートフォンのカメラが決める

情報通信総合研究所上席主任研究員 岸田重行氏

情報通信総合研究所上席主任研究員 岸田重行氏

菅野:2020年にはオリンピックがありますが、海外から選手や観客が来て会場でのトラフィック集中がかなり大変だと思います。ロンドンオリンピックの時にはBT(British Telecom)がWi-Fiを整備したりしていましたが、さまざまなコントロールが必要になるでしょうね。

岸田:オリンピックというのはネットワーク運営者から見ると「たまらん」イベントです。局地的に特定の時間帯に、しかも会期中という短い期間にトラフィックが集中するのですが、その容量は他の時には要らないものです。仮設スタジアムを作って仮設座席を置くように簡単にはいかないでしょう。需要を完全に満たすことが不可能だとすれば、混んでいる時は利用者の方にある程度我慢してもらう必要があると思います。

とはいいつつ、ある程度の使い勝手は必要ということになれば、ありとあらゆる手段でなんとか負荷分散するしかないということになるでしょう。基地局を作るのか、オリンピック委員会がWi-Fiルーターを大量にばらまくのか、いずれにしてもコントローラーが必要になります。

来日される外国人の方にとって、最初に接続するネットワークはWi-Fiなんです。LTEはWi-Fiより料金が高いですから。逼迫することは目には見えています。ロンドンオリンピックの時にはオリンピックファミリー(選手関係者、スポンサー、報道関係者など)向けの映像コンテンツの送り出しには一般向けとは別のネットワークが設けられていましたので今回もおそらくそうなると思いますが、一般の方もスマートフォンで撮影した動画をSNSにアップロードするため、上りトラフィックが増えるでしょう。

動画をSNSに上げられないと、席を立ってしまう観客もいるかもしれません。実際にアメリカの大学のフットボールスタジアムで、学生が試合の応援に来てもすぐに帰ってしまうので、原因を調べてみたら、「撮影した画像をFacebookに上げようと思ってもネットがつながらなくてつまらないから」ということだったのだそうです。特に若い世代の観客にとっては、「ネットワークはつながってあたりまえ、つながらないなんてことはありえない」。スタジアム向けのソリューションは、そういう設備の使われ方を前提としたものになっていくでしょう。

ほんの2、3年前まで、スタジアムソリューションといえば多地点同時中継のカメラとか、観客席でドリンクが注文できるとか、そういったことが注目されていましたが、これからは「上りでアップロードできないのはダメ」となります。スマートフォンのカメラが上りのトラフィックを決めます。今までスタジアムの映像を外部に送り出すのは一握りのプロでしたが、今やスタジアムに来ている10万人みんながカメラを持っている。ちょっとした対策で乗りきれるレベルではありません。設備的に対応しきれなければ、大晦日の電話のように「ピークをはずしてご利用下さい」というお願いをしなくてはいけなくなるかもしれません。

菅野:基地局を増やすことも回線を太くすることも当然必要になりますが、それでも追いつかない様なバーストやイベント時のソリューションとして、うまくトラフィックを識別、コントロールして全体としての体感をあげる事が必要になると思われます。

岸田:本当に交通整理の話な気がします。ゴールデンウィークの交通渋滞が発生することは避けられないが、どうやれば緩和できるか、手の打ちようがいくつかあるという話でしょう。

会場にいる時に味わえる臨場感みたいなものも、2020年にはVR技術も進歩して体験・体感のあり方が現在とは違うと思いますから、イベントの楽しみ方が相当変わると思います。今でもOculus Riftを実際にかけて体感してみると没入感はすごいですから、ここに4K、8Kの映像があれば、現実に近い感覚を楽しめるでしょうし、離れたところにいる人も会場にいるような臨場感を感じられるでしょう。映像圧縮技術も進歩するでしょうが、大きな映像が送り出されていきますので、やはりトラフィックコントロールは重要になります。

コアネットワークは仮想化で分散できますが、アクセスネットワークはそうはいかないので辛いでしょうね。エッジコンピューティング的に、基地局にサーバーを置いてクラウドもエッジに寄せてしまうようなアーキテクチャをベンダーも提案していますが、そういうものが広がるのではないでしょうか。HetNet的なものがどこまでカバーするのかはまだわかりませんが、ネットワークのどの階層でコントロールするのが効率良いのかといった議論はこれから変わっていくだろうと考えます。

通信事業者の役割は「場」を提供すること

プロセラネットワークスジャパン代表 菅野真一

プロセラネットワークスジャパン代表 菅野真一

菅野:とはいいながら、2020年に皆が持っている端末はスマートフォンの形をしているのだろうか、ということも考えたりします。

岸田:5年前を振り返ってみると、5年後、みんながLINEを使っているとか、タクシーをスマートフォンのアプリで呼ぶなんてことは誰にもわかりませんでした。それなりの数の人が使いはじめると、そこでお金が回っていきます。スマートフォンがサービスの基盤となって、皆が活用するようになりました。

IoTになって、端末はさまざまなところに埋め込まれて、いろいろなものが変わっていくでしょう。制度は後追いでついてきます。飛行機の中でWi-Fiなんてちょっと前まではありえなかったサービスが普通になっています。

菅野:ある意味オープン・イノベーションの世界ですから、さまざまなプレイヤーが参入して、さまざまなものが出てくるでしょう。使われ方もさまざまで、広がりが予想されます。その中で通信事業者はどのような役割を果たしていくのでしょうか。

岸田:通信事業者は長年、通信というサービスを物理インフラ設備に投資することによって提供してきました。ビジネスモデルが変わるのは新しい動きが広がった時で、例えばiモードの登場でドコモはプラットフォームの提供者になりました。そしていま、スマートフォンの急速な普及でいろいろなものがコントロールしづらくなってきて、次はIoTです。この変化の先にどのようなモデルが出現するのかまだ見えていないので、弾はたくさん打ちたいのではないでしょうか。

ベンチャーも含めて多くのプレイヤーが参入して、打率は決して高くない勝負ですが、うまく波にのれたらそれを使っていこう、というのがここ数年間は続くでしょう。通信事業者は、自らがユーザーに通信サービスを提供するだけでなく、物理的な通信インフラの上に新しいものを作ることで、多くの利用者とパートナー企業が活躍できるような「場」を提供する役割を果たすことができます。卸というのはその中の一つの形です。

通信事業者は通信事業でがんばるのか、自社の定義をもっと広げるのか、という選択をする時期が来ているのだと思います。ソフトバンクの孫正義社長は2015年3月期の決算説明会で、「ソフトバンク2.0」を打ち出しましたが、「これまでソフトバンクはインターネット企業だとずっと言ってきたけれど、これからは通信事業は次の世代に任せて、自分は起業家として他のことをやる」という宣言だと私は捉えています。ソフトバンクはグローバル企業に変わっていくということですが、通信事業はローカルな事業であって、マーケットが違います。NTTグループも、通信サービスにとどまらず、もっと広い事業展開を目指しています。

よほど大きなイノベーションが無い限り、通信サービスに対してユーザーが今以上にお金を使うということは考えにくい。携帯電話が登場した時は、あまりにも便利なので、ユーザーは他のことに費やしていたお金を携帯電話に費やすようになりました。本やCDを買うのをやめて携帯電話料金を支払うようになり、ここ何年かは通信やICTにみんながお金を使ってきました。MVNOの登場で安い選択肢も増えています。

選択肢が増えたことで通信サービスそのものは値下げ競争が始まっています。音声通話のかけ放題プランを用意しても、「LINEやSkypeの音声通話で十分なのでキャリアのプランは使わない」というユーザーもいます。選択肢が増えて幅が広がったことで、平均のARPUは下がります。これを再び上げるためには、新しい価値を追加するしかないのです。発想なのかイノベーションなのか、どこで価値を出していくのかという競争になっています。

あらゆる壁がなくなる社会へ

菅野:最後に、IoTによって社会はどう変わるのかということを少し、おうかがいしたいと思います。

岸田:これからの社会の、ネットワークに対する依存度はどんどん高まっていくと思います。ネットワークがなければ生活レベルが下がってしまうし、さまざまな格差が大きくなります。IoTってそういうことですよね。

「地方創生」が国の課題となっていますが、今はさまざまなものがインターネットにつながり、サービスが場所を平準化しているので、商圏人口や経済圏が仮想化され、距離が関係なくなりつつあります。巨大アウトレットモールまでわざわざ行かなくても、ネット上にアウトレットショップはたくさんあるし、買ったものをすぐに届けて欲しければアスクルもアマゾンもあります。距離と時間の壁や密度は少しずつ変わってきています。

農業もロボットとセンサーの組み合わせ等で、工業化できます。そこに新しいマーケットが作れるような気がします。産業としては、第一次産業・第二次産業・第三次産業の区分は意味をなさなくなるのではないでしょうか。プロダクトがサービス化していくことで、全ての産業はどんどん第三次産業に近づいていく。ここでも壁がなくなっていきます。ネットワークを仮想化していくことも、壁をなくすことに近いかもしれませんね。

菅野:2020年に向けて、ネットワーク、サービス、社会がどのように変わっていくのか、大きな見取り図を描いていただきました。その中のピースの一つとして我々の製品が貢献できればいいと思っています。今日はどうもありがとうございました。

(終)

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