前回は『史記』を閉じ、白い紙を開くところで終わりました。項羽の沈黙や、記録に残らなかった選択が、歴史の続きを動かしていました。では、紙の上の「何もない」は、何をしているのでしょうか。書の作品は、墨のあるところだけではでき […]
2026.10.30
今度は「本物の本紀」を開く 前回、自分の研究歴を振り返り、履歴書はその人についての小さな「本紀」だ、と書きました。年と肩書を並べれば人生は妙にまっすぐに見えますが、実際には脇道や行き止まり、後から効いてくる出会いの方が多 […]
2026.10.29
履歴書は、小さな「本紀」である 研究者の経歴は、年表にすると妙にまっすぐです。何年にどこへ移り、何を研究し、どんな論文を書いたか。出来事を年月順に並べると、あたかも最初から行き先を知っていた人が、予定された駅を順番に通過 […]
2026.09.10
現代アートは「勝てば官軍」? 近年、映画館で作品をみる機会がだいぶ減ったが、二年ほど前に久しぶりに出向いて、これは面白いと感じたのが『TAR/ター』という映画である。このタイトルは主人公である女性指揮者の名字だが、ブラン […]
2026.06.09
私たちの研究チームは、まだ地球上にない高齢者のケアを探求している。今回紹介するのは「読経」の健康への効果を検証する研究である。仏教には只管打坐と専修念仏という2つの柱があるともいわれる。只管打坐は世界の医学者が注目する「 […]
2026.06.05
科学も歴史学も、学説は変化する 近年、病気治療に関する従来のやり方に対して、大きな変化が見られる場面が少なくない。典型が糖尿病に関するものである。かつてはカロリーの過剰摂取が問題ということで、肉や油のようなカロリー高めの […]
2026.06.02
北里柴三郎と森鴎外の対立は、データ対テキストの闘いだった 日本近代医学の礎を築いてきた北里柴三郎はコッホのもとで病原菌の研究をしていたが、同時期にベルリン留学中の軍医森林太郎(後の鷗外)との間で学術論争を繰り返していた。 […]
2026.05.27
地図は一度作って終わるわけではない 車で出かける際、カーナビはもはや欠かせない装置であるが、それを過信して痛い目にあったドライバーは私だけではないだろう。ここを右、という指示に従ったら道がなかったとか、ナビが示す道がやた […]
2026.05.26
業務の境目をめぐる境界確定作業 つい先日まで、メディアでは21世紀の花形職業の一つとしてデータ・サイエンスの名が喧伝されていた。しかし最近、関係する記事を読むと、むしろその将来に暗雲が立ち込めているという不穏な予測がちら […]
2026.05.22
体調が悪いとき、「この症状なら病院に行くべきか、それとも自宅で様子を見るべきか」とAIに相談したことはないだろうか。近年、スマートフォンのアプリなどを通じて、対話型AIを健康相談に活用する人が増えている。 なぜAIは「と […]
2026.05.20