WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

世界の概況(3)新興国の経済成長を牽引する携帯電話産業

2010.04.15

Updated by Michi Kaifu on April 15, 2010, 14:00 pm JST

○2000年以降の新興国携帯通信市場の成長はめざましい。その背景には1998年の「通信自由化合意」があった。固定電話の普及率が極めて低かった新興国でのデジタル携帯電話分野は、先進国のキャリアにとって、きわめて投資効率が高く魅力的な市場であった。

○それまで国営・独占があたりまえだった通信市場に、先進国による競争と世界標準化で低価格化した端末が持ち込まれたことで、携帯電話は急速に普及した。通信手段を多くの人が持つことで、新興国では、経済活動のみならず女性の社会的地位や共同体の権力構造までが変わりつつある。

201004151400-1.jpg

(cc) Image by Judith

1. 成長の引き金は98年世界通信自由化

第一回で紹介したように、2000年代にはいってから、中国・インド・ロシア・ブラジルのBRICs4国をはじめとする新興国市場が急速に加入者を増やしている。

その背景には、グローバリゼーションや資源インフレによる経済全体の発展に加え、通信業界特有の要因もある。1990年代の「民営化・外資導入ブーム」とそれに続く「1998年通信自由化」である。

先進国ではNTT民営化、AT&T分割、BT民営化などのテレコム自由化がほぼ同時期(1985年頃)に起こり、その余波が新興国にはやや遅れて届いた。80年代終わり頃、中南米と東欧を中心に、国営であった通信キャリアを民営化し、外資を導入する動きが起こり、世界各地に波及した。このときは、携帯電話は先進国でもまだ揺籃期であり、対象は固定通信キャリアではあったが、それまで「国営」が基本で、資本不足と非効率の悪循環が続いていた新興国の通信の世界に、大きな変化が訪れた。

90年代半ばのインターネットブームと光ファイバーのDWDM技術の実用化は、「ネットバブル」のコインの裏側でもあった「テレコムバブル」を引き起こし、この時期、世界的に通信インフラが急速な成長・高度化を遂げた。これを受けて、世界貿易機構(WTO, World Trade Organization)では、69ヶ国が「1998年通信自由化合意」に参加し、従来の国営キャリアが国を単位とした外交のような形態で相互接続する仕組みから、より自由でグローバルな事業展開が可能な仕組みへと大幅に変更された。

このときに先進国ではキャリアの外資制限が撤廃されて相互参入が可能となった。日本にもワールドコム(当時)やBTなどが続々と第一種通信事業免許を獲得して参入し、また第二回で紹介したように、欧州ではキャリアが域内の他国へ相互参入する動きが盛んに起こり、大型統合が相次いだ。

新興国では国により進み方は異なっていたが、いずれも固定電話の普及率が極めて低い国が多く、固定電話分野での自由化・普及促進よりも、ちょうど普及期にはいったデジタル携帯電話分野で新規免許割り当てのほうが注目された。デジタル携帯のほうが固定電話よりも投資効率もよく、また収益見込が高いために投資家(外資含む)も魅力を感じやすく、資金を集めやすかった。最初から複数の周波数免許を認可して競争状態を作り出すこともでき、またその際には、従来のような「袖の下」で決めるやり方でなく、公平な「オークション」で割り当てる方式がすでに欧米で導入されており、多くの新興国でもオークションや入札で割り当てが実施された。

インド・ブラジル・ロシアなどでは、1998年から2000年代前半にかけ、国営電話会社の分割民営化、外資制限の大幅緩和、デジタル携帯免許の入札、中小キャリアの再編成などが続けざまに行われた。いったんライセンスを獲得して参入した国内外の資本も、何年かのうちに他に買収統合されたり転売されたり、といった経緯を経て、現在はいずれも大手数社が全国で大きなシェアを握るようになり、いずれの国でも外資が影響力を保持している。より小さな国においても、同様の動きが波及した。

ただし中国だけは、政府主導で複数の国営キャリアが国内市場を支配する体制で現在まで続いている。

このように、新興国市場がここ数年急激に成長しているのは、突然ではなく、20年にわたり徐々に自由化・民営化・外資導入を進めてきた結果なのである。

なお、日本のキャリアについては、「第一波」の90年頃には、NTTの海外進出は許されず、当時のKDDは規模が小さかったために限定的な参加にとどまり、他の先進国に比べて出足は遅れた。デジタル化による「第二波」以降、ドコモが各地で進出を試みている。

===

2. 先進国の影響分布

201004151400-3.jpg

(cc) Image by Bernt Rostad

先進国キャリアが投資先を選ぶ場合には、(1)旧植民地であり言語が共通である場合、(2)地理的・経済的につながりが大きく事業シナジーが期待できる場合、(3)いずれにも当てはまらないものをあえて選ぶ場合、といったいくつかのパターンがある。

(1)欧州主要国の場合はこれが多い。この典型的な例としては、下記のようなものがある。

  • ヴォーダフォン(イギリス):アフリカ、中近東、香港、アジア、インド、米国(ベライゾン・ワイヤレスへの出資)
  • テレフォニカ(スペイン):中南米
  • ポルトガル・テレコム:ブラジル
  • フランス・テレコム:アフリカ

(2)あまり植民地をもたない先進国の場合はこのケースに当たる場合が多い。

  • AT&T:メキシコ、中南米(America Movil経由)
  • Tモバイル(ドイツ):東欧、米国
  • Tele2(スウェーデン):東欧、ドイツ
  • NTTドコモ:米国・ブラジル(いずれも現在は撤退)、東南アジア、インド

(3)は、なんらかの投資戦略のもとに特定ニッチに投資する場合などが該当する。あまり例は多くなく、長期的には、投資ファンドやより事業上のシナジーの大きいキャリアに売却するケースが多い。

  • 旧ウェスタン・ワイヤレス(米国):ボリビア、ハイチ、ドミニカ共和国など(現在はファンドTrilogy International Partnersに譲渡)
  • 旧パシフィック・テレシス(米国):東欧(現在はヴォーダフォンに統合)

こうした「棲み分け」の結果、現在では下記のように先進国の影響力が分布するようになっている。

  • 東欧: Tモバイル、Tele2など
  • アフリカ:ヴォーダフォン、フランステレコムなど(主に旧宗主国)
  • アジア・インド:ヴォーダフォン、ドコモなど
  • 中南米:テレフォニカ、ポルトガル・テレコム、AT&Tなど

こうしてみると、先進国から新興国への投資としては、旧宗主国から旧植民地に対するケースが、言語の点でも経済上のつながりにおいても最も自然であり、数も多いことがわかる。その次には、米国と中南米、ドイツと東欧のように、国家としての影響力が大きい投資先というケースが多い。こうした「過去の遺産」をもたない日本のキャリアは、地理的にも経済的にも近いアジアに注力する傾向があるが、現在のところ新興国においてあまり大きな存在感がない現状は、ある程度仕方ないとも言える。こうした中で成功するには、なんらかの統一的でしたたかな投資戦略が求められるだろう。

なお、中国はここでも最大の例外であり、現在でも引き続き外資の参入を排除している。

===

3. 携帯電話の新興国社会へのインパクト

デジタル携帯導入以前、新興国では固定電話の人口普及率が数%という国が多かった。その理由としては、固定電話の投資額が大きく、国内の資本蓄積では十分でなかったことが挙げられる。また、投資回収期間が長いインフラであるために、民間ではリスクが大きすぎて扱えないとされ、電話会社は「独占・国営」が当たり前であった。独占・国営であるが故に非効率な運営で、汚職がはびこることも多く、ますますインフラの建設が進まないという、悪循環に陥るケースが多かった。

この悪循環を断ち切るために、90年代に固定電話会社の分割・民営化・外資導入が行われた訳だが、デジタル携帯電話は固定電話と比べて格段に投資効率が高かった。デジタル携帯電話は、光ファイバーと並び、90年代の「テレコム夢の時代」の二大要素で、通信サービスのコスト構造を劇的に変えた。ちょうど「民営化」推進時期とデジタル携帯電話実用化が同時期に重なった。さらに、外資を導入したことで、進んだ経営や運営技術を持つ先進国キャリアのノウハウ、先進国流の販売方法や競争が導入され、GSMの世界標準化で価格の下がった進んだ携帯端末が持ち込まれた。すべてが「好循環」にはいったため、ユーザーへの浸透は急速に進んだ。

現在でも、遅れて発展した新興国ほど、固定回線数と携帯回線数の比率が大きく携帯に偏っている。(第一回参照)新興国での携帯電話ネットワークの運営では、基地局への電力供給が整っておらず、自家発電設備を備えた基地局を設置しても燃料が盗まれる、などといった、先進国とは異なる苦労も多い。それでも、「電力」よりも「基地局」が先に設置されることからもわかるように、国全体の他のインフラ整備の速度よりも、携帯電話サービスの進歩・普及のほうが速いことが多い。

201004151400-4.jpg

(cc) Image by Ken Banks

携帯以前では、新興国では村に固定回線は有力者の家に一本だけで、通信したい人はその家で有料で貸してもらうなどの方法が採られていた。電話を持てない人は、商売が非効率なだけでなく、電話の貸し借りを通じて村の有力者に従属することを余儀なくされていた。しかし、固定電話よりもさらにパーソナルな携帯電話を持つことにより、ビジネスの効率化でより儲かるようになり、村の中での権力構造も変化する、といった影響が出始める。

家庭の中でさらに従属的な立場に置かれていた女性も携帯電話を持つことができるようになり、女性の地位向上にも役立っていると言われる。またアフリカでは、銀行へのアクセスのない人々が、携帯電話を使って送金する「モバイル送金」の仕組みも活用されている。

このように、新興国の携帯電話産業は、他のインフラや産業を牽引する役割を果たす一方、人々の生活や社会でも、一部の人に集中していた富やパワーを、より広い範囲の多くの人に拡散することにも役立っている。

===

4. 新興国携帯産業成長の象徴、カルロス・スリム

201004151400-2.jpg

(cc) Image by José Cruz/ABr

新興国市場というと、特に日本では隣国である中国ばかり注目されるが、ここまで見てきたように、国営企業だけの中国の成長の仕方は特殊で、それ以外の世界各地では、先進国主要キャリアや民間資本のおかげで活性化している例が多い。

その最も象徴的な存在が、今年フォーブス誌の「世界一の億万長者」にランク付けされた、カルロス・スリムである。同氏は、「新興国」出身で史上初の「世界一の億万長者」である。

新興国での外資導入にあたっては民族資本の参加が義務付けられる場合が多く、外国のキャリアと地元の資本家という組み合わせが多い。スリムは1990年、メキシコ国営電話会社テルメックスを米国のSBC(当時、現在はAT&T)と組んで落札、その後AT&Tとの合弁で中南米各地の携帯電話会社に出資する持株会社、アメリカ・モビルを設立した。

詳細は中南米編に譲るが、スリムの富はテルメックスとアメリカ・モビルの株であり、その価格上昇により評価額が膨らんで、長年「世界一」の地位にあったビル・ゲイツを追い越した。競争に敗れるキャリアもある一方、セクター全体として、いかに魅力的な投資対象であったかがわかる。

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

海部美知(かいふ・みち)

ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
(ブログ)Tech Mom from Silicon Valley
(英語版ブログ)Tech Mom Version E