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アフリカ編(3)アフリカ市場における新興国キャリアの参入と戦略

2011.02.03

Updated by WirelessWire News編集部 on February 3, 2011, 16:00 pm JST

○一般的に発展途上国では、市場開放も進まず外資への規制も厳しいのではないかと思われがちだが、発展途上国が多数を占めるアフリカ市場は、他地域と比較し開放度が高い。

○さらに、アフリカ各国で規模の大きなキャリアは、概して外国資本の入った多国籍のところが一般的だが、最近その顔ぶれが変わりつつある。

主役は旧宗主国から新興国へ

アフリカ市場で当初特に参入に積極的であったキャリアはボーダフォン(英国)とオレンジ(フランス)である。両者とも植民地時代の宗主国であったこと等により、アフリカとのつながりは強い。両社は1990年代から植民地の国営通信キャリアの民営化に伴い、その株式を取得したり、その国営キャリアと合弁会社を設立するという形態によりアフリカ地域に進出を深めていった。

この動きとは別に、2000年代中ごろから、新興地域のキャリアがアフリカ展開の大勢を強める動きを強めている。今回は、直近で注目すべき動きを見せたインド最大手の携帯事業者バーティ・エアテル(以下、バーティ)とクウェートの携帯事業者ザインのケースを取り上げる。

アフリカ市場の買収により世界5位の携帯事業者グループに浮上したバーティ

バーティは近年急成長を遂げているインド市場で最大の加入者数を擁する業界トップの位置付けにあることから、一見して安泰であるとも思えるが、年々過熱する料金競争の下で業績停滞という厳しい経営局面を迎えている。同社は伸び悩む国内事業を補完するため、インド同様に年々成長の勢いを増しているアフリカ市場に新たな活路を求め、2010年6月、アフリカ市場第2位の通信事業者であるザイン・アフリカの15市場を買収した。

[買収の概要]

バーティは2010年2月15日、ザイン・アフリカの買収に関し同年3月25日までの期限でザインと独占交渉を行うことを発表。翌月3月30日には法的拘束力を持つ合意に達し、それから約2カ月後の6月8日に買収手続きを完了し、アフリカ市場進出を果たした(図1)。買収額は107億米ドルであった。

今回の買収でバーティは約4,000万の顧客ベースを持つザイン・アフリカの全15市場を獲得し、市場数を一気に3から18へ増やした。バーティはこの買収によって、加入者数ベースで世界5位の携帯事業者グループへのし上がり、老舗の大手グローバル事業者のボーダフォンやテレフォニカなどと肩を並べる存在となった。

バーティは既に2009年にスリランカ、2010年初頭にはバングラデシュへ進出を果たしていたが、南アジア地域以外における大規模な海外進出という点において、今回のアフリカ市場参入が同社にとって初の本格的なグローバル展開となったと言える。2010年8月にはアフリカでさらにテレコム・セーシェルを買収、これによってアフリカの市場数は16、そして全市場数は19に達した。

▼図1:売却前後のアフリカ市場におけるザインとバーティ
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*2009年12月末実績をベースに算出。
**英調査会社ワイヤレス・インテリジェンス"Snapshot(2009/6/25、2010/4/15)"に基づく順位。
***スーダン、モロッコは地理的にはアフリカに属するが、ザイン・アフリカ傘下にないため今回の売却対象外。
出典:各社のニュースリリース、決算書等を基に作成。

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3度目の挑戦で念願のアフリカ市場進出を実現

バーティのアフリカ市場進出への挑戦は今回が初めてではなかった。同社は、過去にも2回買収を画策したがいずれも失敗に終わっており、紆余曲折の末、実に3度目の挑戦でアフリカ市場を手中に収めることに成功したのだ。

同社が初めに買収を狙っていたのは、南アフリカのMTNであった。MTNはアフリカ市場を中心に21カ国で携帯電話サービスを展開しており、1億1,603万加入(2009年12月末時点)を持つアフリカ市場最大手の携帯事業者だ。バーティは、2008年に同社の買収を試みたが交渉は決裂、翌年2009年に再び買収を企てたが海外事業者に主導権を奪われることを嫌った南アフリカ政府の反対もあり、最終的に買収は成立しなかった。

なお、自国市場が飽和を迎え新市場を探し求めていた英国やドイツの事業者もMTNの買収を検討していたと報じられたが、全て破談に終わっていた。また、逆にMTN自らがインド第2位の事業者リライアンス・コミュニケーションズの買収を模索しているとも報じられたが、これも成立には至らなかった。

バーティは2度のMTN買収交渉失敗の後に、標的をアフリカ市場2位の今回のザイン・アフリカに移した。ザインとの交渉は円滑に進展し、独占交渉開始から4カ月足らずで、念願のアフリカ市場進出を実現させた。ザイン・アフリカを巡っても、過去にフランスのヴィヴェンディやインドのリライアンス・コミュニケーションズなど複数の事業者が買収を狙っていた模様だ。

買収成立後の7月14日に行われたコンフェレンスコールでバーティは、「アフリカの人口は中国そしてインドを追い抜き、長期的に見てアフリカが生産と消費の観点で世界最大の市場になる」とコメントしており、失敗を経験しつつもアフリカ市場獲得に強く執着していたことが窺える。

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執着の理由:インド国内市場の加入者数は好調な伸びを見せるも業績は横這い

バーティのアフリカ市場進出を決定付けた大きな理由は、停滞する国内市場を補う必要性に迫られていたことであろう。インドの携帯電話加入者数は2008年に米国を追い抜き、既に中国に次ぐ世界2位のポジションにある。2010年5月時点で加入者数は6億1,753万に達したが、現在も依然として月間純増数1,000万超という高い増加ペースを維持している。

中国の携帯電話加入者数との差は2009年12月時点で約2.2億であったが、2010年5月には約1.8億にまで狭まり、インドの携帯電話加入者数は中国をも凌ぐ勢いで増加する傾向にある。普及率もやっと50%を超えたばかりのインドの携帯電話市場は巨大な成長余力を残していると言える。

しかしこうした将来性とは裏腹に、業界トップのバーティの台所事情は、近年苦しい状況に追いやられている。2010年1〜3月期業績の対前年同期比で、加入者数は36%増と好調な伸びを見せたものの、売上高は僅か2%増に留まり、純利益に至っては8%減のマイナス成長に陥っている。なお、売上高も携帯サービスに限定した場合には0.3%減となっており、高い成長ポテンシャルを秘めるインドの携帯電話市場で早くも発展に陰りが見え始めている(表1)。

過去1年間の各四半期業績を見ても、売上高は1,000億インド・ルピー(22億米ドル)前後の横ばい状態で、純利益については2009年4〜6月期の252億インド・ルピー(5億5,300万米ドル)をピークに減少が続いている。これらの業績を見ても、もはや加入者数増に比例した売上高、純利益の伸びが望めなくなってしまっている実態は明らかであろう。

▼バーティ・エアテルの2010年1〜3月期業績数値
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*インド市場の数値。
※米ドル換算額については、1Rs(インド・ルピー)=0.022米ドルで算出。
出典:バーティ・エアテルの決算書を基に作成。

バーティの業績を停滞せしめている背景には、インドで勃発している激しい料金競争の実態がある。インドには10以上もの事業者が乱立しており、急成長真っ只中にある市場で各社は一人でも多くの加入者を獲得すべく極度の値下げ合戦を繰り広げており、さらに2009年には秒課金プランが導入されたことによって、競争は益々激化する一途を辿っている。

バーティもご多分に洩れず積極的な料金値下げを進めてきた結果、加入者数は堅実な増加を維持しているものの、その増分効果が値下げで相殺されてしまうというジレンマに陥っている。事実、バーティの2010年1〜3月期の1分平均通話料金は、前年同期の0.63インド・ルピー(0.014米ドル)から25%減となる0.47インド・ルピー(0.010米ドル)に引き下がり、ARPU(1人当たり月間平均収入)も305インド・ルピー(6.7米ドル)から28%減の220インド・ルピー(4.8米ドル)へ下落している。

こうした厳しい競争環境がバーティのシェアをも蝕んでおり、トップシェアを維持しつつも2010年1〜3月期のシェアは前年同期の24.0%から2.2ポイントダウンとなる21.8%に落ち込んだ。昨年5月の3G免許獲得に伴い3Gネットワークの導入が進展すれば、データ利用増大によるARPU向上が期待できることから、国内事業の業績が再び上向きに転ずる可能性もあり得る。しかし、これはまだ少し先のシナリオであり、即効性を持って経営改善を推し進めるためには、成長性の高い新たな市場への進出、つまり今回のザイン・アフリカの買収がバーティにとって現時点で採り得る最善の策だったのかもしれない。

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ザインの事情:非採算のアフリカ事業売却で経営の立て直しを模索

そもそもザインが今回手放すことになったアフリカ資産は、同社が自ら開拓したのではなくバーティと同じく他社からの買収によって手に入れたものであった。

ザインは当初、本拠地のクウェートおよびその周辺の中東地域で携帯電話サービスを展開していたが、事業拡大のため2005年にアフリカ13市場に拠点を持つオランダ資本のセルテルを買収した。しかし買収後、アフリカ事業は順調に推移せず、皮肉にも同事業が会社全体の経営を圧迫する状況にまで悪化してしまっていた。こうした中、ザインは非採算のアフリカ事業を売却し、好業績を上げている中東を中心とする事業にリソースを集中させることで、経営再建を目指す決断を下したのだ。

ザインの業績を見れば、アフリカ事業がいかに厳しい状況に陥っていたかが一目瞭然だ。(表2)。売却したアフリカ15市場は、市場数の割合でザインの全市場(23市場)の6割強を占めているが、2009年業績における同15市場の合計加入者数は、この比率と同じく約6割を構成している。しかし、収入割合は全体の4割に留まっており、売上貢献度が低いことが分かる。そして純利益に至ってはマイナス1億1,500万米ドルと赤字を弾き出している状況だ。

一方で、ザインが引き続き事業を継承する8市場(2010年Q1より事業を開始したモロッコは含まない)は、4億9,700万米ドルの利益を生み出している。両者の業績比較からも、マイナス収支のアフリカ事業がザインの業績に大きなダメージを与えている実態が浮き彫りになる。

▼表2:ザインの売却事業および継続事業の2009年業績比率
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*2010年Q1より事業を開始したモロッコの数値は含まれない。
出典:ザインの決算書を基に作成。

バーティは非採算事業と化したザイン・アフリカを大金と引き換えに手に入れたという点において、大きなリスクを抱えていることになる。とはいえ、ザイン・アフリカの買収によって進出開始当初からアフリカ市場第2位のポジションを手中にし、しかも15市場中10市場で既にトップシェアを得ていることは大きなメリットであろう。

買収後初の業績で、売上高は好調も純益はマイナス成長

2010年11月、バーティーは2010年7月〜9月期業績を発表した。前四半期(4月〜6月期)業績には、アフリカ事業が23日分しか反映されていない為、実質的に今回が買収後初の業績となった。

約4,000万のザイン・アフリカの加入者数をそのまま引き継いだことで売上高は、前年同期比47%増の1,521億5,000万ルピーを記録し、近年の停滞傾向から脱却し成長軌道へ復帰した。しかし一方で純益は、買収に伴う各種関連コストの増大が大きく影響し、前年同期の226億2,800万ルピーから166億1,300万ルピーへ引き下がり、好調な売上高とは対照的に27%減のマイナス成長という結果に終わった。また、アフリカ事業単体では、純損37億8,800万ルピーという状況だ。バーティは、多額の資金を投じて獲得したアフリカ事業で採算がとれるまでには相当の時間を要するとの見解を示している。

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薄利多売のビジネスモデルの再現、データ利用創出で成長を目指す

バーティはこれまで自国のインド市場で、低料金戦略の下、大量の加入者数を獲得するという薄利多売のビジネスモデルで成長を遂げ、業界トップにまで上り詰めた。低料金実現のために、同社はネットワークのアウトソース化を推進しローコストマネジメントにも積極的に取り組んできた。

アフリカ市場は、未だに普及率が低く大幅な加入者増が見込めるもののARPUが低いという点でインド市場と共通している。そのためインド市場と同様に、まずは低料金を武器に顧客ベースを増大させることが喫緊に取り組むべき施策であろう。バーティは、アフリカ全16市場中、既に約10市場で値下げを実施済みだ。例えば2010年12月には、アフリカ最大の市場ナイジェリアで通話料金を24ナイラ/分から12ナイラ(0.08米ドル)/分へと半額に引き下げている。ナイジェリアに先行して2010年8月に最大45%の値下げを行ったケニア市場では値下げ実施から5カ月で加入者数は200万から400万へ倍増、平均通話分数も3倍に増大しており、既に低料金戦略の成果が如実に表れている。

また、バーティは、低料金戦略の積極推進に繋がるローコストマネジメントも取り入れ始めている。2010年9月、同社はアフリカ全16市場におけるネットワーク運用をIBMにアウトソースすることを発表、IBMは各国の異なるIT環境を統合的に管理していく方針だ。因みにインドでは、既に2004年より同社との契約が取り交わされている。バーティは、このようにインド市場における薄利多売のビジネスモデルを早くもアフリカ市場で再現している。

また、固定網が脆弱なアフリカにおいては、インターネット利用が今後モバイルを中心に拡大していくと思われる。それ故、大半の国々で未整備の状態にある3Gネットワークの構築を他社に先駆け推し進め、低所得者層にも広く受け入れられる低料金のモバイルブロードサービスを提供することができれば、新たな収入を創出するデータ利用を短期間の内に飛躍的に増やすことができるかもしれない。

今後の激しい値下げ競争の行く末によっては、アフリカでもインド同様に、早かれ遅かれ業績が停滞期に突入する懸念は払拭できない。そのためにも、今まさにインド市場で3G導入をトリガーとして推し進めているARPU向上施策を、アフリカ市場でも同時進行的に進めていくことが望ましいであろう。

「エアテル」ブランドに統一、アフリカ市場で1億加入を目指す

2010年11月、バーティは自社ブランド「エアテル」のロゴを一新、これを機にアフリカ事業でも「エアテル」ブランドが使用されることになり、バーティの全拠点が「エアテル」ブランドに統一された。同社は今後、同一の「エアテル」ブランドの下、グローバル市場で一体感を持った事業展開を推進していく方針だ。

これは従来のザインによる戦略から脱却し、自ら打ち出した新たな戦略によってアフリカ事業の立て直しを図っていくというバーティの強い意志表明であるとも言えよう。単にザイン・アフリカの資産をそのまま維持するだけに留まれば、同社はザインの失敗をも受け継ぐことになりかねない。

<旧ロゴ>
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<新ロゴ>
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バーティは2013年までにアフリカ市場の加入者数を現在の約4,000万の2.5倍に当たる1億に増やすことを目下の目標に掲げており、アフリカ事業が今後の業績に与えるインパクトが期待される。時には政情不安といった要素も加わり困難な経営が予想される中、バーティはザインから獲得した巨大なアフリカ資産をうまく活用し、ザインが成し得なかったアフリカ市場での成功を収めることができるか、今後の事業展開が注目される。

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