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中南米編(3)対照的な中南米の二大市場、ブラジルとメキシコ

2010.07.15

Updated by Michi Kaifu on July 15, 2010, 17:00 pm JST

○中南米で最大市場のブラジルと、第二位のメキシコは、いずれもアメリカ・モビルとテレフォニカの競合を軸としながらも、前者は「アメリカ型」拮抗状態、後者は「日本型」独占的状態という異なる競合環境にある。

○両者ともに、これまでは携帯音声サービスを提供してさえいればどんどん成長できていたフェーズがそろそろ終わりに近づき、固定と携帯の統合を中心として次の時代への模索を開始している。

1. ブラジルの携帯電話市場

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ブラジルは中南米最大の携帯電話市場であり、中南米全体の加入者の3分の1を占める。世界で見ても、中国・インド・米国・ロシアに次ぐ第5位の規模である。(世界編第一回参照)後述するメキシコと合わせると、両国で中南米の半分となる。2007年12月に3G周波数免許がオークションで割り当てられ、2008年に各社で3Gサービスの展開が始まっている。

ブラジルは、突出したシェアを持つキャリアがなく、主要4社で分け合う構成となっているのが特徴である。トップのVivoはテレフォニカ系、第二位のClaroはアメリカ・モビル系である。

もともと携帯電話サービス開始時から、旧国営キャリアが一社でなく、アメリカ型の「長距離キャリアと地域ごとの複数地域キャリア」体制であり、これらの地域キャリアが携帯事業を開始した時点ですでにキャリアが細分化していたため、一社独占体制にならなかった。これらの旧国営地域キャリアの地域にそれぞれ、競合相手に周波数を入札で割り当てて参入させ、ますます数の増えたキャリアを、テレフォニカやアメリカ・モビルなどのグループが徐々に買い集めていき、現在に至っている。こうした経緯により、利用技術はGSM系が中心ながら、CDMA系も一部混在している。これら複数キャリアの競争により急速に普及率が上昇しており、その過程でより低所得層に顧客を広げるためにプリペイド比率が急増、現在では82.5%を占めている(参考:The Rio Times)。

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出典:TelegeographyをもとにENOTECH作成

ブラジルでは、中南米域内の他国と比べてSMSの料金が高く利用が少ない傾向が見られる(参考情報)。また、2008年のレポートによると、通話料金が高いために、携帯に保存されている電話番号を見ながら固定公衆電話から電話するといった風景も見られ、また携帯はステータスシンボルやファッションとしての意味合いが強く、「使わずに持っているだけ」ということもある。ファッションとしては、日本のような「デコ携帯」も人気がある(参考情報)。

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域内他国より少ないとはいえ、非音声利用の大半はやはりSMSであり、最近は料金が急速に下がって利用が増えている。2010年の調査によると、同年2月から4月にかけ、SMSの平均料金は一本あたり0.24レアルから0.13レアルに下がり、その分利用数が一ヶ月携帯電話一台あたり23本から26本に増えている。SMSを利用している人は、インタビュー対象者全体の79%に達する。また、ソーシャル・ネットワークをモバイルから利用する人も多くなっており、69%の人が利用している。この他利用が多いものは、音楽59%、ゲーム40%などがある。これに対し、動画やeメール利用はごくわずかで、それぞれ5%、3%しかない(参考情報)。

201007151700-3.jpgサンパウロ市内の携帯電話デコレーション・ショップ。アメリカや欧州では見かけないが、ブラジルではこのように、日本に似たデコ携帯の習慣がある。ブラジルの女性は、カーニバルのファッションに見られるように、チープ・シックな都会的センスがあり、他の中南米諸国と一味違うファッション感覚を持っている。

201007151700-4.jpg低所得地域でも、ステッカーで携帯電話をデコレーションするのが女性の間で流行。

写真提供:いずれもSandra Rubia Silva, anthropologist(Material World

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2. ブラジルにおけるテレフォニカの野望

前回紹介したテレフォニカは、ブラジルのトップキャリアVivoを傘下に持つ。しかし、本国の経済危機と市場飽和傾向であまり成長が見込めないために、新興国屈指の大市場で成長余力があるブラジルに大きな期待をかけている。また、最大のライバルであるアメリカ・モビルと、ブラジルにおけるシェアはあまり大きな差がない。

このため、2010年5月に、同社はVivoの合弁相手であるポルトガル・テレコムの持分を狙っている。テレフォニカは現在Vivoの31.8%を保有しており、同じ比率のポルトガル・テレコムの持分と、市場公開されている3%を、市場価格の140%で買い取るというオファーを出したのである(参考情報)。

しかし、ポルトガル・テレコムの方も、本国の状況は同じであり、またブラジルの戦略重要性は、他にこれといった海外市場を持たないポルトガル・テレコムにとってむしろ大きく、同社も必死である。6月、テレフォニカの買収提案は株主の過半数の賛成を得たが、ポルトガル政府が欧州連合裁判所に提訴して買収を阻止しようとした。7月、裁判所では政府は買収に対する拒否権を持たないという判決が出たが、テレフォニカ側もポルトガル・テレコムの持分をマイノリティとして一部残すという新たな提案を出して、落しどころを探っている(参考情報)。執筆時現在、この件はまだ落着していない。

一方、4月には欧州側で、テレフォニカがAT&Tと激戦の末、テレコム・イタリア(本国の親会社)を買収した(参考情報)。この結果、ブラジル第三位のTIMブラジルが事実上テレフォニカの一部となった。両社を合わせると、市場の54%をテレフォニカが支配することになり、公平の競争が阻害される懸念があるとして、ブラジル政府が介入する可能性が取り沙汰されている(参考資料)。

なお、テレフォニカもアメリカ・モビルも、いずれもブラジルで携帯電話事業だけでなく固定電話事業も保有している。アメリカ・モビルは、後述する本国メキシコと同様、ブラジルでも2010年にグループ内の携帯キャリアが固定キャリアを買収する形で統合を行っており、テレフォニカも上記のポルトガル・テレコム持分を買収が成功した場合には、固定キャリアと統合することを計画している。

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3. メキシコの携帯電話市場

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拮抗状態で厳しいバトルの続くブラジルと異なり、メキシコでは旧国営キャリア・テルメックスからのスピンオフで、アメリカ・モビル傘下のTelcelが圧倒的なシェアを持つ。ブラジルと異なり、テルメックスが一社で全国にサービスを提供していた「日本型」の体制から出発しているためである。現在はTelcelが元親会社のテルメックスを買収して、固定と携帯を合わせて支配的な地位にあり、ライバルのテレフォニカ系Movistarは大幅に水をあけられている。

このような独占的な体質のために、競争が阻害されて料金が高止まりしているという批判が多く、政府は、非対称規制で2位以下のキャリア優遇策などの対策に躍起になっている。

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出典:MarketResearch、foxbusiness、prnewswire、rcrwirelessをもとにENOTECH作成

2010年5月には、3G周波数(1.9GHz)と、政府の保有する光ファイバーの譲渡のためのオークションを同時に実施した。政府は、チャイナ・テレコム、リライアンス(インド)、ドイツ・テレコムなど海外キャリアを誘致して、新規参入を促そうと努力したが、既存設備の共用ルールなどといった政府の保護策が十分でないとして、これらの有力キャリアは不参加を決めた(参考資料)。結局、携帯でも固定でも、オークションは既存4社を中心とした戦いとなった(参考資料)。(執筆時現在、結果は発表されていない模様。)

メキシコでもそろそろ普及率が飽和に近づき、2008年以降は経済減速により加入者数の成長率が鈍化しているために、放置すればカルロス・スリムのTelcelグループの独占支配がますます強まりかねない。このため、第四位キャリアのNextelは、メキシコ最大のテレビ・ネットワークTelevisaの30%出資を受けて両者に参加するなど、「固定・携帯」を統合して新しい競争の枠組みへの移行のための努力が行われている。

今回で、海部の担当連載はいったん終了し、次の担当者に引き継ぎます。ご愛読ありがとうございました。このあとは別の形で当サイトに時々書かせていただきたいと思っていますので、今後とも宜しくお願いいたします。

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海部美知(かいふ・みち)

ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
(ブログ)Tech Mom from Silicon Valley
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