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【3】モバイルソーシャルアプリの理論的背景(2)人は何に価値を感じるのか

2010.12.28

Updated by WirelessWire News編集部 on December 28, 2010, 18:00 pm JST

本稿は、山上俊彦氏の著書「仮想世界錬金術―モバイルソーシャルアプリに見る現代ディジタルコンテンツ革命」(2011年2月発売予定)より、著者および出版社の了承を得て一部を抜粋したものである。
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エクスペクトロジー

エクスペクトロジー(期待学)は中川聰東大特任教授が2005 年から「期待値」や期待感という独自のデザイン価値論に関する実践的な調査研究を行い、予測感性デザインの新たなデザイン理論として2007 年に発表したものである [9]。

エクスペクトロジーは、「期待する」という意味の" Expect "と「思想」を指す" Logos "という2 つの語意を合成したデザインや発想を巡る新しい考え方の概念である。

「期待感」や不安感は、使い手が製品を使い始める前にとらわれる感性価値であり、エクスペクトロジーはそうした製品や環境、サービスに至るまで、様々な場面で使い手が抱く「使ってみたい」という動機や「使いやすそう」と予感する心理的なメカニズムの研究である。

「不安」は「期待」の心理的な地平を形成し、「期待」には「不安」がつきものであり「不安」がないところには「期待」も存在しにくいと考えるからだ。

ゲームニクス理論と同様に、エクスペクトロジーも「見えていない期待感」、「潜在化した不安感」を調査し、不安感と期待感が交錯し、ユーザ自身もコントロールできないくらいに高速に入れ替わる状態が「ドキドキする」状況が形成としている。

個人差こそあるものの自分の心理的な反転の許容値に従って「ドキドキ感」が高まっていくものと言える。

この「期待感」と「不安感」の交錯は高い「興味」や「期待」につながる。このため、エクスペクトロジーでは、故意に自ら「不安感」を作る心理を論じている。「ドキドキ」がなくて固定的な予測に基づく状況では人は興味を失っていき、「喪失感」や「失望感」だけを味あうことになる。

ゲームニクス理論と同様に、ここでは、適切に不安感を創り出す技術が、ユーザの高い「興味」や「期待」につながることを示唆している。

ゲームニクス理論で、存在しないフラストレーションを作り出し、それを解消してサービスするという概念に接した時、ゲームという概念の中でそのようなデザインが行われると捉えた読者も多かったのではないだろうか。しかし、そのような「不安」の人工的な生成は、実は感性工学というようなより広い工学領域においてもひとつの焦点として捉えられる重要な技法だったのである。

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期待外れには図2.7 のようなパターンがある。

▼図2.7: 期待と不安のアンバランス(「期待外れ」)のパターン
201012281800-1.jpg

エクスペクトロジーでは次の2 つの場合を論じている:

  • 「不安値」が「期待値」に勝っている「ドキドキ」
  • 「期待値」が「不安値」に勝っている「ドキドキ」

前者の場合は、「不安」が一つずつ払拭される度に「期待値」が膨らんでいく。「不安」が「期待」に変容していく。「不安」が払拭されることが嬉しさにつながる。

後者の場合は、「期待値」の中に「不安値」が関与して、「期待」を脅かすような状況であろう。まさに「不安定」な「期待感」を意味している。いつ「不安値」が上昇するかもしれないという大きな心理的下降や急激な変化を孕んだ「ハラハラ感」たっぷりの状況である。

ソーシャルアプリにこの理論を適用するとすれば、これらの「ドキドキ」特に、時間軸、ソーシャル軸におけるゲームバランス調整によって制御され、ゲームの楽しさを構成していくと考えられる。特に偶然性、お預け、他者との交流などの

要素に基づき、不安感を適度に調整しながら与え、それを解消する喜びを与えるところにモバイルソーシャルアプリの本質的ゲーム性とユーザを捉えて話さないゲームの楽しさがある。

決して、単に、友達がいるからゲームをやめられない、というような単純な話ではない。

余談になるが、このエクスペクトロジーは、フレームワークやプラットフォームの普及などにも応用できると思う。サービス工学において、さまざまなフレームワークやプラットフォームと呼ばれる共通部分が重要な役割を果たしている。しかし、そのような共通部分の普及は、共通部分の上に構築されるサービスに対する未来の期待から選択されていく。共通部分だけではサービスとして完結していないからである。

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スター経済

ゲームニクス理論に加えて、任天堂出身者が発信した、モバイルソーシャルアプリを説明するのに有用な、もうひとつの概念がある。それが「スター経済」である。岡本基社長(スターファイア、任天堂出身)が命名し、ゲームジャーナリストの新清士氏が取り上げて広く知られるところとなった。

スター経済の例として岡本社長はニコニコ動画の「マイリスト」数や、画像投稿SNS「pixiv」の1日1回投稿できるスター、などをあげている。

スター経済を簡単に図2.8 に示す。

▼図2.8: スター経済
201012281800-2.jpg

よく考えるとゲームの中でレベルが上がろうが称号が上がろうが、現実社会ではなんの経済的利益もない。しかし、いったん数字がつき、それが人目に触れるとともに認知額的経済価値がでてきてしまう、それがスター経済である。モバイルソーシャルアプリの中でもスター経済の要素は頻繁に目撃することが可能である。まあ、楽しく遊んでいるひとに、レベルが上がってそれが何なの、といっても野暮というものである。しかもそんなユーザが何百万人もいるのである。

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終末努力

心理学の用語では、一般に、何かの作業を行うときの集中力は、始めと終わりが特に強くなることを言う。始めが「初頭努力」、終わりが「終末努力」と呼ばれる。

締め切りが近づくと一所懸命がんばる、これを心理学では終末努力、と言う。締め切りが近づくのでやらなければならない、というのと、締め切りが過ぎればやらなくていいのだから最後のがんばり、といういくつかの要素がある。

マーケティングでも期限を決めることによってマーケティング効果をあげるのはよく行われる補法です。モバイルソーシャルアプリでも期限をきったイベントは課金率を上げるのに有効である。

また、プレイによって得られるいくつかのアイテムをグルーピングして、これをすべて集めるのを「コンプ」と言う。

スター経済は意味のない数字が人間を動かすこと全般に関する理論ですが、ある一定数集まることによって達成感を煽る、あるいは一定数集まると次の報償が得られたり、もうアイテムが盗られなくなったりする、ということによってユーザを動かすこともできる。

「課題の終了に近づけば近づくほど強くなっていっそう集中する」というのが心理学の教える週末努力である。コンプはこの心理的効果をビジネスに応用した例と言える。

文・山上俊彦(株式会社ACCESS CTO Office シニアスペシャリスト)

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