WirelessWire News Philosophy of Safety and Security

by Category

「レベル7」の意味

2011.04.15

Updated by Asako Itagaki on April 15, 2011, 18:30 pm JST

福島第一原子力発電所(以下福島第一)の状況は未だに予断を許しませんが、4月12日にINES評価「レベル7」への引き上げが発表されました。各メディアは一斉に「チェルノブイリと同じレベル7」と大きく報じていますが、その「意味するところ」を考えてみたいと思います。

INES評価尺度の意味するもの

INESの評価尺度は3つの基準から構成されています。

  1. 所外への影響(放射性物質の放出量)
  2. 所内への影響(施設の損傷程度、所内作業員の被曝)
  3. 深層防護の劣化(放射性物質が多少なりとも放出されているような事象では既に損なわれている)

▼国際原子力事象評価尺度(INES) ※画像をクリックして拡大
201104151630-1.jpg

留意すべき点は、この基準は「原子力施設がどのくらい壊れているか」の評価尺度であるということです。「チェルノブイリと同じレベル7」というのは、「チェルノブイリと同じぐらいに福島第一は壊れている」という意味であり、「チェルノブイリと同程度の健康影響と環境影響を与える」という意味ではありません(もちろん、同等以上の影響がある可能性はあります)。

===

では、チェルノブイリと比較してどうなのか?

放射性物質放出量

「チェルノブイリで25年間に放出された量の10分の1が1ヶ月で出た」という心配をされる方がいます。「10%程度」の根拠は「チェルノブイリの放射性物質の総放出量が520万京ベクレル」なのだそうです。(参考記事:東日本大震災:福島第1原発事故 IAEA、「レベル7」チェルノブイリに遠く及ばず(毎日新聞)

ですが、今後まだどれだけ放出が続くか分からない状況の現段階での規模の評価をするには、25年間トータルの量よりは、初期の放出量と比較する方が適切だと思います。そう思って、初期の放出量についてのデータが無いか、ネットで探してみました。

チェルノブイリの場合、原子炉本体の爆発とそれに続く黒鉛火災によって放射性物質が一気に放出され、10日間で急速に放出量が減るという経過をとっています。(何が起ったかはダイヤモンドオンラインの「福島原発震災 チェルノブイリの教訓(3) ソ連政府はどのように収束させたのか」に詳しく紹介されています)。

以下はIAEAによる報告書"Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and Their Remediation: Twenty Years of Experience (2006)"(PDF)に掲載されている、事故発生から10日間の放射性物質放出量です。

▼1986/4/26-5/6に放出された放射性物質の量(同報告書P18.より引用)
201104151630-2.jpg

このグラフの数値を読み取って10日分足してみると、およそ1.8Ebqすなわち180万テラベクレルとなります。

===

では、全体でどれだけの放射性物質が放出されたかについて、報告書の記述(P2.)を引用すると:

The total release of radioactive substances was about 14 EBq1 (as of 26 April 1986), which included 1.8 EBq of 131I, 0.085 EBq of 137Cs and other caesium radioisotopes, 0.01 (10^16)EBq of 90Sr and 0.003 EBq of plutonium radioisotopes. The noble gases contributed about 50% of the total release of radioactivity.

漏洩した放射性同位体の量の全合計:(EBq=10^18Bq)
・ 14EBq =1400万テラベクレル
この数値には以下を含む:
・I131 1.8EBq = 180万テラベクレル
・Cs137等 0.085EBq = 8.5万テラベクレル
・Sr90 0.01EBq =1万テラベクレル
・プルトニウム同位体 0.003EBq = 0.3テラベクレル
※放出された放射能の5割を希ガス類が占める

Cs137のI-131への換算係数は40なので、I-131とCs-137のI-131換算量は、180万テラ+8.5万×40=520万テラベクレル(520京ベクレル)となります。つまり、最初に挙げた「トータルで520京ベクレル」というのは、全期間で放出されたI-131とCs-137の量だったのではないかと思われます。

一方で、4月12日に発表された福島第一からの放出量はチェルノブイリの約10%(I-131等価で37京〜63京ベクレル)ということですが、 こちらは「大気中に放出されたI-131、Cs-137の量」を元に推定したものであることに注意。つまり、希ガス類、他の核種、海洋水中に排水として放出されたものについては考慮されていません。これらを合わせるとどのくらいの量になるか、私には分かりませんが、とにかくこれよりも多いのは間違いありません。

ここから言えることは、以下の2点です。

  • 「チェルノブイリの放出総量が520万テラベクレル」に対して、現在放出されている放射性物質の量の合計がチェルノブイリの10%、というのは、水中などに放出されたものの量が分からない現段階では過小評価の可能性が高く、「すくなくとも10%は超えている」という方が正しいと思われる。
  • チェルノブイリの最初の10日と、福島第一の1ヶ月を比較すると、180万(希ガスを除く放射性物質の放出量) vs 37万〜63万+α(大気中に放出されたI-131とCs-137の量)ということになる。25年間の総量とされている数値と比較するのでなく、「初期段階で少なくともとも20%〜30%程度放出されている」という評価が妥当かもしれない。

今後、放出量の総量がどうなるかは、今後いかに早く閉鎖系の冷却サイクルを確立して漏洩を止めるかにかかっています。現段階ではなんともいえません。

===

健康被害

レベル7発表以来、「被曝が原因で死んだ人はいないからチェルノブイリとは違う」という報道が時々されていますが、結論から言えば、現段階で比べることそのものが無意味だと考えます。

チェルノブイリ発生後3ヶ月までの死者は、現場に入った消防士や作業員です。事故の事実を隠蔽したまま、直後に多数の作業員に通常の装備で発電所内で活動をさせたり、高レベル放射線環境下で線量管理を十分しないままの石棺作業などで、被曝による急性症状で亡くなったので、(基準や徹底度に問題はあったにせよ)当初から線量管理をしながら作業をしている福島第一と比較するのは意味がありません。なのにことさら「死者が出ていないからチェルノブイリよりは深刻でない」という言い方は、誤解を招く表現だと思います。

また、チェルノブイリでは近隣住民に急性放射線被曝の症状が出ていますが(参考資料:京都大学今中哲二氏らによる共同研究「チェルノブイリ原発事故の実装解明への多角的アプローチ―20年を機会とする事故被害のまとめ―」 の付録3(PDF))、 福島第一の周辺では出ていないという点だけを見れば、現段階において福島第一の影響は、チェルノブイリよりも小さいかもしれません。しかし、長期的影響については、まだこれから現れるものです。やはりこの状況で「チェルノブイリよりも健康被害が小さい」と言い切るのは無理があって、「今のところ小さい」としか言うことはできません。

環境被害

チェルノブイリの場合、爆発と黒鉛火災によって高く吹き上げられた放射性物質が、広範囲に飛散しました。また、現在でも300km以上離れた地点にホットスポット(放射線量の高い点)ができてしまっています。(参考資料:Maps of Chernobyl contamination(国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)))それに比べれば、現段階での福島第一の影響は限定的です。ただし、海に直接流した排水など、チェルノブイリには無かった要素がまだ評価されていないので、本当にチェルノブイリより影響が限定的だったかどうかは今のところ分かりません。

Maps of Chernobyl contamination
201104151630-3.jpg

===

環境被害・健康被害を決めるのは放射性物質の総量だけではない

INESの基準では外部への影響を「放射性物質の総量」ではかります。「原子炉の蓋が吹き飛んでいる」と「格納容器が残っている」の違いは、 INESの基準でいえば意味がありません。チェルノブイリと福島第一はどちらも「レベル7」の壊れ方をしていると判定されました(機能が損なわれていると はいえ格納容器が残っていることで、今後の経過や処置の方法は違ってくるはずですが、壊れているものは壊れているのです)。

原子力産業に携わっている皆さんには「レベル7」か「レベル6」か、チェルノブイリと「同じ」か「違う」かという点が大問題になるようですが、一般人にとっては「壊れたことで何が起るのか」ということが重要なので、原発の破損の程度にこだわっても意味はないのではないでしょうか。レベル7はレベル7だとそのまま受けいれるのが正しい態度のように思います。

実際の環境被害、健康被害を決めるのは、「放出された放射性物質がどこにどのように分布し、どのように人や環境と接触するのか」ということです。 チェルノブイリと福島第一では、地形、気候の違いがあり、また、福島第一では、チェルノブイリではなかった海洋水中への放射性物質の放出も行われています。

そして、被害の総量は、今後の対応で決まります。具体的には、「少しでも早く今出ているものを止めること」と、「今までに/これから、何が、どこに、どのくらい落ちたのか/落ちるのか」を知り、適切に行動することで、今後の被害は減らすことができるということです。

伝えるべきは「被害をチェルノブイリと同じにしない」ために必要なこと

出ているものを止めるのは専門家と現地の作業員の方にお任せするしかありません。我々ができることは、危ない場所からは逃げ、危ないものは食べないことです。しかし、素人が「何が危なくて何が危なくないか」を適切に判断することは無理があります。こうした規制は、根拠と強制力を持って政府が行わなくては、風評被害による二次災害につながります。

具体的には、周辺地域の放射線量をモニターして遅滞なく発表すること、データの無い初期の放射線量を推定して積分線量の推定値を実際に近づけ、適切な避難とスクリーニングを行うこと、農産物や水産物のモニタリングによって、危ないものは食べない、だからといって危なくないものを不必要に避けないよう、基準を明確化することを政府には求めなくてはいけません。

政府のやることは信用できないと叩くだけでは状況は変わりません。信用できる情報を収集することと、その情報を元に判断する知見を持つ専門家がいるならそれを採用した施策を行うようにあらゆる手段で政府に圧力をかけるのが、正しいやり方ではないでしょうか。メディアやるべきことはまさにそれなのに、 今、「レベル7」「チェルノブイリと同じなのか違うのか」にこだわることで、もっと必要なことが見えなくなってしまっているような気がします。

原発はチェルノブイリ級に壊れても、被害をチェルノブイリ級にしないために、できることはまだあるはずです。

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。