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モバイルヘルス2011報告(前編):医療現場のデジタル化を大きく加速するモバイルクラウド

2011.08.31

Updated by Yuko Nonoshita on August 31, 2011, 18:00 pm UTC

▼電子カルテの普及が進み次のステップとしてモバイルの活用が注目を集めている
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医療現場のデジタル化が進む中、より機動性の高い診療を可能とするモバイル機器やシステムの開発が進められている。電子カルテとの連動や診療記録のクラウドソーシングによって医療の現場はもちろん、ヘルスケアモニタリングや医療情報の提供など、個人が健康に関するデータを自分で管理できる可能性も拡がっている。

8月27日に東京品川のコクヨホールにて開催されたシンポジウム『モバイルヘルス2011』では、医療技術と移動体通信技術との連携がどのようにはじまっているのか、具体的な活用事例を交えながら紹介された。本シンポジウムを主宰するITヘルスケア学会の「移動体通信端末の医療応用に関する分科会」では、予定していた春の開催を震災のため中止していたが、モバイル技術を用いた救急医療の実例や、医療記録の保存方法など、災害医療の現場で役立つ情報を提供するため、今回の開催に至ったという。

9時間にわたるシンポジウムの内容を、「モバイルクラウドの普及(前編)」、「医療現場におけるスレートPC・iPadの利用状況(中編)」「人体通信とバイオセンサー(後編)」の3回に分けてお送りする。

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クラウドとの連携で患者自身が医療情報を持てるようになった

国立成育医療研究センター情報管理部情報解析室の山野辺裕二室長による特別講演「クラウド・モバイル時代の医療ITの変容」では、今回の震災では医療施設が被災したり、カルテが津波で流されてしまったことから、個人の医療データの携帯性や共有をどうするかについて注目が集まり、具体的な方法が検討されはじめたとしている。避難所では、代わる代わるやってくる医者に診療内容を患者自身が何度も答えなければならず、時間も手間もかかって効率的な診療ができなかったことから、基本的に診療記録や電子カルテを患者自身に渡し、モバイルで管理する方法なども提案されている。それらはエレクトロニック・メディカルレポート(EMR)や、パーソナルヘルスレコード(PHR)として、クラウドで保管され、さらに患者自身が健康状態を記録できるようにするなど、今まで以上に患者本位の考え方になってきているという。

▼医療現場のモバイル化はシステムのコスト削減だけでなく稼働率も高くなるという
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背景にはスマートフォンやタブレット端末の流行があるが、過去の同様のモバイル端末とは異なり、操作性が良くバッテリーも持ち、価格が安く、連携できるサービスもいろいろ登場していることから普及が進んでおり、クラウドサービスのサイボウズLiveとiPhoneを使って在宅医療支援する動きなどもあるという。できれば、ゲーム機器をはじめすでに利用している端末を使えるようにするのが望ましく、山野辺氏は仮想化技術や管理技術の利用によりモバイル端末をコントローするモバイルデバイスマネジメント(MDM)が導入の鍵になるとも。一方で、モバイル化の課題はコストにあり、規模的にはクリニックよりも病院のほうがかえって難しくなる。利用料金を利用者が一部負担するなどフォローの仕組みも必要だとしている。

特にクラウドは必須で、すでに病院では診療行為や施設関するものなど、多種多様なデータが集まり、クラウドで一元管理する必要性がますます出てきている。さらに、端末とサーバーを結ぶのは無線LANで、ある導入例によると900台のパソコンを有線LANを使って50台に繋いでいたが、サーバーをクラウド化して無線LAN化したところ、400台のスマートフォンやスレート端末をスタッフがそれぞれ携帯できるようになったという。今後は4GやWIMAX回線を利用する可能性もあり、さらに施設から患者がデータを持ち出し、活用の場が拡がる可能性もある。セキュリティや遠隔による患者と医師の距離が離れてしまうといった可能性も生じるが、方向としては概ねモバイル化に向かっており、端末があれば世界中どこでも医療情報が共有できる世界がやってくるかもしれないともしている。

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システムの開発は身近にあるものを利用する方向へ

▼東京大学の健康空間情報学講座ではNTTドコモの協力による実証実験も行われている
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すでに現場でモバイル技術を利用している事例としては、東京大学大学医学系研究科でNTTドコモの協力によって2009年9月から開校している健康空間情報学講座の特任准教授である藤田英雄氏が「東京大学病院におけるモバイル活用の実際」として、氏の講座でとりあげている、心筋梗塞や糖尿病、服薬、医療業や外来患者を対象とした支援システムなど、モバイルICTの医療への応用事例を紹介した。たとえば、モバイルクラウド心電図は、心筋梗塞の救命と治療を目的としたもので、搬送中に受け入れ先が心電図をリアルタイムに監視することで救命につなげている。高コストのリアルタイム監視を敢えて行わず、都度伝送で臨床的有用性との両立を図った新システムで救命医療への貢献をめざす。機材は既製品を改良したりスマートフォンを使ってコストを最小限に抑え、モバイルテレメディシンと呼ばれる技術の実用化に向けた産官学連携プロジェクトとして現在実証実験を行っている。臨床的アウトカムを重視した医師主導型モデルで医療法人北斗 北斗病院(北海道帯広市)、北里大学医学部(神奈川県相模原市)との共同研究として実証実験の開始準備を行っている。

▼モバイルクラウド心電図の概要
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日本人がかかりやすい糖尿病についても、普段の生活に大きな支障がない2型患者については、モバイル技術を使って積極的に支援しようという技術があちこちで開発されている。藤田氏の講座では、患者が体調管理を行う「Dialbetics」というシステムを紹介。スマートフォンで患者の生体情報を収集したり、食生活を管理したり、さらに音声入力ができるようなど、より管理を行いやすくするというもの。患者の生活に密接したセルフケアシステムが糖尿病治療に与える効果について、今年冬から東京大学大学医学部付属病院で臨床実験が行われる予定だ。

服薬支援システムはさらに身近な内容になっており、スマートフォンで服薬を管理できる電子版おくすり手帳を発行して、QRコード付きの処方せんから情報を読み取れるようにしたり、「あっ!くすり」というAndroidアプリを開発したところ人気になったという。クラウドと端末の両方で服薬情報を維持できるので、ネットのつながらないところでも利用できるのがポイントだ。他にも薬箱を開けたかどうかの情報をブルートゥースで発信して服薬を判断する仕組みを開発するなど、とにかく利用者が手間を感じずにシンプルにすることが大切だとしている。

いずれにしても、今まで医療とICTは近い関係にあるようで、なかなか相容れない状況にあったが、デバイスの敷居が低くなってきたことがデジタル化の後押しにつながっている。スタッフの業務支援システムも、今までの医療機器に比べるとコストが低く、端末はAndroid、ネットワークはVNCを数万円で構築できるようになってきた。ソフトウェアやコンテンツについて米国では、ソーシャルを利用して患者同士が支えあうシステムが登場しており、藤田氏は今のモバイル端末の利用傾向から考えると、日本でもそうした方向に進む可能性があるかもしれないとしている。

【修正履歴】
11/10:講演者の藤田英雄氏から以下の2点について事実誤認の指摘があったため、一部文章の訂正および図版を差し替え致しました。

1)モバイルクラウド心電図は、コスト・時空間の制限を受けやすいリアルタイム伝送は行わず、広範な実用システムを目指している。2)モバイルテレメディシンは産学官による実証プロジェクト群であり、藤田氏自身は直接関与していない。

関係者の皆様にはご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び致します。(編集部)

【関連URL】
モバイルヘルスシンポジウム

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。