WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

外貨獲得にも携帯電話ビジネスを活用 ─ 100万加入を超えた北朝鮮携帯電話市場の実態(前編)

2012.04.27

Updated by WirelessWire News編集部 on April 27, 2012, 11:00 am JST

北朝鮮の携帯電話加入数は、2008年12月にサービスが始まって以来、右肩上がりの上昇を続けている。サービス開始から3年余が経過した2012年2月には、ついに100万加入突破が伝えられた(ブルームバーグ(2012年2月2日))。これまで謎のベールに包まれてきた同国の携帯電話市場の実態が、サービス開始以降、時間の経過そして加入数の拡大に伴い徐々に明らかになりつつある。

201204271100-1.jpg

(cc) Image by Joseph Ferris III

エジプト企業との合弁により3Gサービスを開始

北朝鮮における携帯電話サービスは、同国国営企業の朝鮮逓信会社及びエジプトの大富豪サウィリス一族が手掛ける大手財閥オラスコム・テレコム(注1)が設立した共同出資会社(出資比率:朝鮮逓信会社=25%、オラスコム・テレコム=75%)、コリョリンク(koryolink)(注2)によって2008年12月より提供が開始された。同社は、当局より当初4年間の事業独占権付きの25年間の免許を付与された北朝鮮で唯一の携帯電話事業者である。ネットワークには3G(W-CDMA)(注3)方式を採用しており、契約形態はプリペイド式のみ。コリョリンクのロゴマークには、1日に千里(約4,000km)を走るという、北朝鮮のシンボルでもある翼を持った伝説の馬「千里馬」が描かれている(図1)。

▼図1:千里馬が描かれたコリョリンクのロゴマーク
201204271100-2.jpg
出典:オラスコム・テレコムのホームページ

なお、北朝鮮における携帯電話サービスはコリョリンクによる3Gサービスが初めてのことではない。これに先立つ2002年11月には、コリョリンクの北朝鮮側の出資者である朝鮮逓信会社とタイ企業ロックスレー・パシフィックによる合弁会社、北東アジア電話通信会社が2G(GSM)方式でサービスを開始しており、加入数は2003年末時点で約2万件に達していた模様である。しかしながら当局は、2004年5月に突如として携帯電話使用禁止令を発布、これにより公には同国での携帯電話使用が全面的に禁止されるまでに至った。この1カ月前の4月に中国国境付近の龍川駅で起こった列車爆発事故に、携帯電話が何らかの関与をしたとする疑惑を発端として、同禁止令が出されたとも言われている。2008年12月にエジプトの協力の下で実現した3Gサービスは、約4年半に及ぶ携帯電話サービスの空白期間を経て、新たに開始されたものだ。

  1. 2011年12月、エジプト側の出資元がオラスコム・テレコムからオラスコム・テレコム・メディア・アンド・テクノロジーに変更となった(詳細は後述)。
  2. コリョリンクはサービスブランド名。正式社名はCHEO Technology JV Company。
  3. オラスコム・テレコムの2011年第3四半期決算に、サービスのラインナップの一つとして「HSPA」と記載されており、モバイル・インターネットはHSPA対応と推測される。

===

エジプトと北朝鮮の緊密な関係

韓国の約半分の人口(約2.4千万人)を擁し、かつサービス開始時点の普及率は実質ゼロ%という、巨大な成長ポテンシャルを秘めた北朝鮮の携帯電話市場を、エジプトはいかにして手中に収めることができたのだろうか。

両国は、長年にわたる軍事的相互協力を通じて緊密な関係を構築してきており、これが携帯電話ビジネスにおける提携成立の契機になったと考えられる。両国の蜜月関係は、2011年1月にオラスコム・テレコムの会長(当時)ナギブ・サウィリス氏が北朝鮮を訪問した際の手厚い歓迎の態度からも察することができる。同氏は故金正日総書記との面会も果たしており、韓国統一省によれば、北朝鮮のトップ自らが外国の企業人を公式に迎え入れることは異例だと言う。当時の模様について北朝鮮の国営メディア、朝鮮中央通信社は、故金正日総書記がナギブ・サウィリス氏を温かく迎え入れ、通信を含む様々な分野でオラスコム・テレコムによる投資が実を結びつつある、と伝えた(朝鮮中央通信社(2011年1月24日))。

サウィリス一族の北朝鮮に対する投資は、通信だけにとどまらず金融や建設分野など多岐に及んでいる。エジプトは今や北朝鮮の経済発展にとって欠かせない存在であろう。

100万加入を突破するも頭打ちの懸念

サービス開始月(2008年12月)末時点には僅か1,694件であったコリョリンクの携帯電話加入数は、その後、現在に至るまで急速に増え続けており、2009年12月末時点で9万件超、2010年12月末時点で43万件超、そして2011年9月末時点では80万件超に達した(図2)。さらに2012年2月には、エジプト側の出資元であるオラスコム・テレコム・メディア・アンド・テクノロジーが100万加入を突破したことを発表した(ブルームバーグ2012年2月2日)。前回のGSM事業では、加入数が2万件程度にとどまったことを考えれば、コリョリンクは劇的な成果を上げていると言える。

▼図2:コリョリンクの携帯電話加入数/普及率推移
201204271100-3.jpg出典:各種資料に基づき作成
※加入数=オラスコム・テレコムの各四半期決算を基に作成(2012年2月実績は、オラスコム・テレコム・メディア・アンド・テクノロジーの発言に基づく値)
※普及率=米国統計局公表の各年央の人口を基に算出(2012年2月実績は、2011年央の人口を使用)
※2012年2月の数字については、公表時期ベース。100万加入を突破した具体的な時期は不明。

但し、サービス開始から僅か3年余で100万加入に達したとは言え、普及率はいまだ約4%と、極めて低い水準にとどまっており、携帯電話が一般市民にまで広く浸透したとは言い難い状況である。実際、携帯電話を手にすることができるのは、政府高官やごく一部の富裕層等に限られているのが現実だ。建前的には一般市民の所有も認められている模様だが、携帯電話端末の販売価格は約350米ドル(ロイター(2011年11月20日))と言われており、国連統計局公表の同国一人当たりGDP(504米ドル、2010年)の約7割にも匹敵する。一人当たり平均月収は僅か約15米ドル(年換算額=約180米ドル) (同)であるとのデータもあり、北朝鮮において携帯電話はまだまだ一般市民には到底手の届かない高嶺の花の贅沢品である。

直近でも対前四半期比20%超の加入増を記録するなど、サービス開始から3年以上が経過した現在もコリョリンクは順調に加入を伸ばし続けているが、この増加傾向に陰りが見え始める可能性もある。北朝鮮の全組織活動を指導する立場にあり、同国の富裕層の大半を構成していると思われる朝鮮労働党の党員数は外務省によれば約300万人であり、さらに党員の中でも富裕層に属する者は一部のみと見られる。それゆえ100万加入に達した今、近々に加入の伸びが頭打ちになることも十分考えられるだろう。

===

人口カバレッジは9割超に達し各種VASも導入済み。但し、利用上の制約が存在

コリョリンクは2011年9月末時点で、453基の基地局を設置済みであり、サービス提供地域も首都平壌のほか、14の主要都市と86の小都市にまで拡大している。面積カバレッジは14%だが、人口カバレッジは既に94%となっており、先進国と遜色のないレベルにまで達している。

同社は通常の音声通話に加え、SMSやMMS、ボイス・メール、ビデオ通話など様々な各種VASも導入済みだ。2011年6月からは顧客間で利用できる残高移行サービスも投入された。さらに、モバイル・インターネット・サービスも始まっている。なお、チャージ用のプリペイド・カード販売店は、平壌を中心に約50店舗にまで拡大している。

このようにサービスのラインナップが増え、利便性も高まる一方で、当局はモバイル・インターネット・サービスの利用を一部の層に限定したり、また通話は国内のみに限るなど、様々な利用上の制約を課している。それゆえ北朝鮮では、携帯電話を所有できたとしても大半の者は、情報ツール、生活インフラとしての活用はおろか、自由なコミュニケーションさえもままならず、本来、携帯電話が持っている多くのメリットを十分に享受できていない状況にある。

また、携帯電話は国内外の情報流出入を促すものであり、情報統制が国家体制維持の要となっている北朝鮮において、携帯電話は危険因子であると言える。それ故、同国では、当局が承認した監視・盗聴可能な端末のみが利用許可されている模様だ。当局の管理下に置かれていない外国人入国者による携帯電話の持ち込みも禁じられている。2011年11月にワールドカップ・アジア3次予選が北朝鮮で行われた際も、日本代表選手や日本からのサポーターらは、携帯電話を持ち込むことができなかった。

外貨獲得の手段に携帯電話ビジネスを活用

自国通貨の信用性が低い北朝鮮にとって外貨獲得は重要な国策であり、携帯電話ビジネスもまた、そのための一手段として活用されている。コリョリンクは2011年2月より、従来の北朝鮮ウォン建ての料金プランに加え、ユーロ建ての「ユーロ・パック」と銘打った特別料金プランの販売を開始している。これは、ユーロで料金を支払うことを条件に、オフピーク時の音声とVASを無料で利用できる特典が付くというもの。外貨獲得に躍起となっている北朝鮮は、携帯電話ビジネスでも、ユーロ払いを促進するこうした方策を採ることによって、外貨稼ぎを積極推進しているようだ。

(後編に続く)

文・松本 祐一(情報通信総合研究所副主任研究員)

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら