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ビジュアライゼーションは「情報を見つける」ための行為

2012.06.13

Updated by WirelessWire News編集部 on June 13, 2012, 15:00 pm JST

携帯電話向けの日本語予測変換機能「POBox」の開発者としても知られるユーザーインターフェース研究者の増井 俊之氏を講師に迎え、情報を見いだすためのビジュアライゼーションをテーマにしたセミナー「"想定外"を発見するためのビジュアライズ・テクニックの使い方(主催:日経BP社)」が開催される。2011年秋に出版された書籍「ビューティフル・ビジュアライゼーション」(オライリージャパン/オーム社)の監訳者でもある増井氏から見た、ビジュアライゼーションの現状と課題について、話を聞いた。

(聞き手:竹田 茂(スタイル株式会社)/構成:WirelessWire News編集部)

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増井 俊之(ますい・としゆき)
慶應義塾大学 環境情報学部教授。1959年生まれ。ユーザーインターフェース研究。POBox、QuickML、本棚.org、Gyazoなどのシステムを開発。ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、Apple Inc.など勤務を経て現在慶應義塾大学教授。著書に『インターフェイスの街角』などがある。

「敷居が下がった」ビジュアライゼーション

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──「ビューティフル・ビジュアライゼーション」、まだ内容は読んでいないのですが、おもしろそうな本ですね。

増井:きれいな本でしょう。ビジュアライゼーションのテクニックを網羅しているというものではないのですが、新しめの話題がたくさんあります。ちなみにビジュアライゼーションに関する書籍では、多摩美術大学の久保田さん(久保田晃弘氏)が監修している「ビジュアル・コンプレキシティ ―情報パターンのマッピング」(ビー・エヌ・エヌ新社)もおすすめです。

──今回のセミナーでは、ビジュアライゼーションを取り上げることにしたわけですが、これは、どちらかというとウェブのサービスを作る人に向けた講義ではないかという感じがしています。

ウェブがビジュアライゼーションの方向に向かっているのは間違いなくて、例えば、SNSと言われるものは、Twitter、Facebookから、写真だけを共有していくPinterestのようなものがはやりはじめています。またニュースサイトもWall Street Journalのようなオーソドックスなものだったのが、The Vergeのような、大きな写真を中心にした構成のものがでてきている。日本ではまだいまひとつなところもありますが、海外ではインフォグラフィックスも流行しています。

すなわちビジュアライゼーションというのは、時代の要請であり、潮流であろうと。これが、今後どういう進化を遂げていくのか、といったところを解説していただきたいのですが、いかがでしょうか。

増井:トレンドになっているのは、データがあって、ビジュアライズするツールが出てきたからだと思います。以前は、データはあっても、(ビジュアライズするのは)簡単なことではありませんでした。言い換えるとJavaScriptで絵が描けるようになったということなのですが、例えば従来であれば、Webの上にあるデータを拾ってきてちょっとしたグラフを描こうとおもっても、Flashのようなものを使わなくてはいけなかった。これは、かなり手間のかかる作業でした。でも、JavaScriptなら、HTTPでウェブをつないで、データを読み込むだけですぐにビジュアライズできます。

また、絵を描くためのライブラリが数多く提供されていますから、Excelでグラフを描くような感覚でビジュアライズができてしまう。表があれば円グラフを描けます、と同じような感覚で、ちょっとかっこいいグラフがWeb上に描けるようになりました。敷居が下がったことで、元々、かっこよさを競っているようなところがあった、システムやコンテンツを開発する人達が、みんなビジュアライズに走るようになって、今の状況があるのではないでしょうか。

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きれいなだけでは役に立たない

──今のビジュアライゼーションの動きのなかで、増井さんが問題だと感じていることはありますか?

増井:加工中心になってしまっていることですね。本来、ビジュアライゼーションというのは、何かを理解したり、検索したりするために使うはずなのに、「きれいだったらいい」という感じになってしまっています。インフォグラフィックスというのも、ポスターを頑張ってきれいに描くのとあまり違いはない。

そこに注力しても、ではこれは本当に便利なのだろうかというと、怪しいものが多い。そういう印象があります。本当に便利だったら見栄えが悪くても使われると思うんです。Googleのテキスト検索が典型的です。でも、いまのビジュアルの方向というのは、ともかくかっこよければいい、影をつけましたとか、光っていますとか、それでかっこよく見えるということの方が、便利さよりも重要になっています。

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──つまり、意外と「ビジュアライゼーション」というものを理解してない可能性が高いということでしょうか。

増井:今のビジュアライゼーションは、見て分かった気にはなるけれど、本質的に役に立ったというのはないのではないでしょうか。なぜビジュアライゼーションをやるかというと、「普通に計算したり、数値を見たりするだけではよく分からないことを、別の表示の仕方をすれば分かるのではないか」ということだと思うのですが、今のトレンドはそういう方向性なのかといえば、怪しいところがあります。ビジュアライゼーションができたことで、新たに発見できたことというのは、実はあまり多くない。

なぜそうなるかというと、予見を持ってビジュアライゼーションを始めるからです。「このような絵を描いたらこうなるのではないか」と最初から思っているから、「え、そんなものが出てきましたか」という発見がない。

その理由は、「簡単になった」とはいってもやはり実際はそれほど簡単ではない。きれいなものを出力するには、細かく設計する必要があるのです。何も考えずにデータを与えるとぱっときれいな絵が描けて、そこに何か新たな発見があるような、そんな都合のいいものにはまだ遠いのです。

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「辞書のビジュアライズ」から誕生した予測変換

──ご自分でビジュアライゼーションの作業をやって、大きな発見をしたという経験はありますか?

増井:昔話で申し訳ないのですが、辞書をビジュアライズしたことがあります。辞書を検索する時は、フィルタリングやズームインで単語を見つけますよね。ビジュアライズすると、それをしなくても、最初の2〜3文字を入力するだけで、10個ぐらいの候補が出てきて、意外にすぐ見つけられる、ということが分かりました。

何文字入力すれば単語が出てくる、ということが感覚的に分かったので、これを日本語入力支援に使おう、という発想から予測変換が生まれた。それは、たぶんビジュアライズしていなかったら、分からなかったことだと思います。

──そういう意味では、ビジュアライズの話というのはユーザーインターフェースの話と非常に近い気がしますね。

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増井:それは、ビジュアライゼーションはユーザーインターフェースの一種だから。優れた実用的なユーザーインターフェースの一部に、優れたビジュアライゼーションが欲しいのは当然ですから。

──「社会実情データ図録」というサイトがありまして、見た目が良いとは言い難いのですが、内容はめちゃくちゃおもしろいです。テーマの一つ一つに図版がついているところがポイント。それぞれの図版は、エクセルで作成したグラフのレベルで、それほど凝ったことはしていないのですが、「理解する」という意味ではこういうのはありなのかなと思いました。

今のビジュアライズのムーブメントは、こういう方向ではなく、「かっこよければいい」という感じがします。

増井:今、はやっているのは、リンク関係をビジュアライズしようとしているものが多いですね。このサイトで取り上げているようなものは、リンクではなくて表だから、グラフがかけるのはあたりまえ。学校でビジュアライゼーションの授業があるのですが、ビジュアライズの課題を出すと、学生はみんな表を描いてくるので、実につまらない、これは余談ですが。

そういうものではなくて、SNSの人間関係とか、民主党と共和党の支持者の投票行動とか、そういうことをビジュアライズするというのが、今までなかったからはやっているんです。誰と誰が友達、とか、誰と誰が同じような投票行動をとっている、とか、そういうものがぐちゃっとネットワークにすると、今まで見たことがなかったグラフが出てきて、ちょっと嬉しいかなと。

──ソーシャルキャピタルのビジュアライズ化という感じでしょうか。

増井:そうかもしれません。「ただのグラフじゃないものを見たい」というのが、最近の傾向なのだと思います。ExcelでSNSのビジュアライゼーションはできないでしょう。

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検索とデータから意味を「見つけ出す」ということ

──ビジュアライゼーションの動きと次世代の検索は関係がありそうな気がするのですが。

増井:そのとおりです。だけどビジュアライズできたら検索できるというものではない。まず、先ほど紹介いただいた「ビューティフル・ビジュアライゼーション」に掲載されている事例の多くも「きれいに表示しました、どうですかっこいいでしょう」とやっているだけで、検索にはそれほど役立っていません。

その本に紹介されている事例に、Facebookの友達関係を線で結んだらクラスターができたというものがあります。でもそれをすごい発見だとは思わないですね。やってみると「学生時代のクラブの友人」「元同僚」など、なるほどと思うクラスターができていますが、それはかっこいいとか思い通りの結果が出たといって喜んでいるだけで、検索に役立っているとは言い難いです。

──Googleのような、テキストによるキーワード検索の次に来る検索は、こういうグラフのようなものをフックにしたものになりますか?

増井:それはなるでしょうね。でも、最初のGoogleのレベルにはまだ達していないと思います。今はもうGoogleの検索に慣れてしまっているけれど、最初に見た時、単語を入力する窓が1つだけあって、それだけでこんな結果が出てくるんだ、という驚きがあったでしょう。まだまだそこまでは遠いです。

──検索結果をグラフで表示できるサービスはいくつかあって、たとえばSpicyだと、「同じウェブページに掲載されている人は近い」というロジックでグラフができます。するとどうなるかといえば、たまたま同じセミナーでしゃべっただけの知り合いでもない人が、そのセミナー告知のページに隣り合って名前と写真が出ていたという理由で、近い人と判定されてしまいます。そういうところが、あまりリアリティがないです。

リンクのビジュアライズについては課題が2つあると思っていまして、ひとつは方法がまだ確立されていないということ。もうひとつは、実空間とあまり結びついていないということです。そのあたりをターゲットに開発をしていけば、ビジネスになると思うのですが。

増井:もしやりたいことが検索なら、別に必ずしもビジュアライズする必要はないのかもしれません。わざわざビジュアライズする目的は何かといえば、「データから意味を見つけ出す」すなわちデータマイニングの助けにしたいのです。

データマイニングの研究者はたくさんいるし、難しいアルゴリズムもいっぱいある。でもそれが、人の役に立ったという話はあまり聞きません。例えば、リコメンデーションシステムですら、「これはすごい推薦をしてくれる」というシステムの話は聞いたことがなくて、それだったら友達にお酒をごちそうして話を聞いた方がマシだ、というレベルでしかない。たいして難しいアルゴリズムじゃないと思うのですが。

──今のリコメンデーションシステムは、推薦というよりは広告、あるいはプレゼンテーションという感じがしますね。当日は、なかなか難しいかもしれないけど、ビジュアライゼーションの現状と今後について、お話していただきたいと思います。

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