"希望の達成を創り出す"ゲームの本質をマネジメントに生かすゲーミフィケーションが自分とチームの仕事を変える
2012.07.09
Updated by WirelessWire News編集部 on July 9, 2012, 18:26 pm JST
2012.07.09
Updated by WirelessWire News編集部 on July 9, 2012, 18:26 pm JST
山上俊彦氏(やまかみ・としひこ)
株式会社ACCESS ソフトウェアソリューション本部 シニアスペシャリスト。東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。電電公社横須賀電気通信研究所、AT&Tベル研究所、NTTマルチメディアビジネス開発部、NTTデータ新世代情報サービス推進部を経て、現在(株)ACCESSにて仮想世界錬金術、サービスイノベーションなどを研究、コンサルティング業務などに従事。著書に著書「仮想世界錬金術―モバイルソーシャルアプリに見る現代ディジタルコンテンツ革命」
──最近、ソーシャルアプリに関する話題が本当に多いですね。同時に「ゲーミフィケーション」という言葉を、あちこちでよく聞くようになりました。
山上:人間は本質的にどんな行動を取りやすいのか、それぞれの行為がどんな感情と結びついているのかを理解したうえで、ものごとをデザインするというのがゲーミフィケーションの考え方です。おもてなしの準備や仕組みを用意しておくと、人は「楽しさ」を感じて夢中になりやすいということですね。
もう少し具体的に言うと、人は基本的に自分が嬉しくなれることを行うので、なるべくなら気分の良いことを言ってくれる人と付き合いたいのです。同じように、気持ちが良いことを言ってくれるように工夫された仕組みなら「楽しい」ので使い続けようとする傾向があります。これらは詰まるところ、「行動誘導技術」と呼ばれるテクノロジーが応用されたシステムなのです。
──人々がソーシャルゲームに夢中になるのは、ゲーム設計者が行動誘導技術などを上手に実践しているからと、「仮想世界錬金術」の中で説明されていますね。
山上:「仮想世界錬金術」では、3つの行動誘導技術があることを述べました。第1に「どうやって人の行動を変えるか」、第2に「どうやって夢中にさせるか」、3番目が「どうやって課金するか」です。夢中にさせる方法と、スムーズに購買行動に至らせるテクニックは、実は別の話になります。この3つのテクノロジーに関わるのが「サービスニクス理論」であり、「行動誘導マーケティング」です。買うという行動に踏み切らせて、課金に至るためには、まず行動を変えさせることが重要になるのです。
こうしたテクノロジーを、自分自身の仕事や自分が属するチームの働き方に応用してみるとどうなるか、というのが今回セミナーでお話してみようと考えているポイントです。
──「ゲーミフィケーション」を応用すると仕事はどう楽しくなるのですか?
山上:「楽しくないより楽しいほうがいい」という理屈だけで説明してしまうと、誤解を招くかもしれないですね。
「辛いのを我慢して仕事をする」と「南の島でずっと遊んでる」という2つの選択肢があるとします。間違って南の島を選ぶ人がいるかもしれませんが、たぶん一週間程度で飽きてしまうでしょう。というのも人間は、努力して仕事をしたうえで成果を出せたときに「楽しさ」を強く感じるものだからです。
ところが現実はそう簡単ではありません
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山上:辛い仕事を我慢して頑張っても期待していたような成果をうみだすことができなかったり、逆に意外に簡単に成果に結びついたりして、結果的に楽しさや醍醐味をきちんと味わうことができないことも多いのです。ところが、ソーシャルゲームの世界は、このあたりが実にきちんとデザインされています。
明確な目標が示されて、それに至る方法もある程度提示され、途中の段階で自分がレベルアップしてゆく過程もきちんとフィードバックされる。しかも、少し頑張れば達成できそうだと感じられるような目標に設定されています。こうした「目標設定>実行>フィードバック」というサイクル全体が緻密にデザインされているので、ソーシャルゲームの世界は楽しくなってしまうわけです。
じゃあ、現実の仕事も、このサイクルが達成できるようにきちんとデザインしておけば、あまり辛いと思わずに楽しみながら進んでいけるのでないかというのが、お話ししたいポイントになります。
──自分の仕事にどう応用すれば楽しくできるのでしょうか?
山上:具体的に言いますと、仕事を楽しくする技の本質は、その仕事を「今日やるべきこと」へとブレイクダウンできるかどうかにつきます。人の頭の中には、目の前にある仕事や課題について、今やるかやらないかの二つしかありません。
ソーシャルゲームはこのブレイクダウンが実によくできていて、「今、これをここまでやりましょう」という極端に分かりやすいトリガーを与えてくれます。ゲームのその部分をやるにはどれくらいの時間がかかるのか、どんな良いことがあるのかが分かりやすく示されているのです。だから、人はそのゲームをやらずにはいられなくなり、しかも、電車の中で数分でプレイして満足を得られるように絶妙な難易度に設計されているのです。これはゲームをプレイする人の「時間を管理」していることに他なりません。
仕事でも同じように自分も含めた人の「時間を管理する」ということが重要です。「今じゃなく後でこのゲームをしよう」「この仕事は明日にしよう」というのは、実際はやらないのと同じです。ソーシャルゲームの設計者は、今すぐにプレイしてもらうための方法を考え抜いています。仕事術についても同様に考えることができるのではないでしょうか。
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──教育や営業の現場で、個人やチームの成績をグラフにして競わせる方法があります。これもゲーミフィケーションの応用と考えればよいのでしょうか?
山上:「実績の見える化」は、比較と競争を生み出すので大きなモチベーションになります。ゲーミフィケーションのいちばんプリミティブな応用と言えるでしょう。見方を変えると、そうした単純な方法ですらかなり効果があるということです。ゲーミフィケーションには、さらに効果的な行動誘導技術があります。
ゲームの本質は、人が望むことを実現する、つまり"希望の達成"を作り出すことです。「自分にとって気持ちの良い結果がでることを頑張る」「頑張ることで達成できる可能性が高くなる」「達成度がレベルやポイントで自分にも他人にも分かる」「行為が目標に誘導されて、達成につながる」「希望を達成できた喜びが心を満たす」──これがゲーミフィケーションのプロセスです。
──山上さんは「仕事を楽しくする技の本質は、その仕事を『今日やるべきこと』へとブレイクダウンできるかどうかにつきる」、とおっしゃっていました。マネジャーなら、部下に対してどんなことをすべきでしょう。
山上:1ヶ月の目標、1年間の目標を与えて個々が努力する方法はナンセンスだと私は思います。前回も申し上げましたが、心理学的に言えば人間にあるのは、「今すぐ実行しなくてはならない」と「今は実行しなくていい」という2つ選択肢だけです。「今すぐ実行しなくてはならない」こと以外は、実行しないのと同じなのです。
だからマネジャーにとって一番重要なのは、「今日あなたが実行すべきこと」を部下と確認しあうことです。実行すると決めたことの優先度とその労力が、長期的な目標の達成にマッチしているかどうかは、マネジャーである上司が判断すべきことでしょう。
結局のところ、研究にしろイノベーションにしろ、仕事の成功とは「やるべきすべてのこと」を──それが3つか100個か500万個かといった数の差はあれ──、きちんと実行する、それだけです。
そのために、「今すぐ実行すべきこと」「今日中に完遂すること」「会社を出る前に終わらさなければならないこと」といったミッションをどうリストアップし、その日のうちにこなすか、それに尽きます。それぞれのミッションは、50〜100パーセントの力でできるものに設定すること。
そして上司は、部下がミッションをクリアできたら「よくやった!」「君がきちんとやるのを見ていたよ」「君の働きは僕の思い通りだ」と承認してあげる、それがゲーミフィケーションの技術です。
つまり、「リアルタイムでポジティブなヒューマンレスポンス」が、人間にとって一番心地良い、究極のコンテンツなんです。それ以外に気持ちいいコンテンツなんてありません。上司はそれを与えればいい。
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──逆にモチベーションを下げてしまうのはどういう行為でしょう?
山上:自分がしたことの意味がなくなってしまう、それが人間にとって一番悲しいことです。少しずつ意味を持った行為が積み重なっていって、実行したことは決して無意味に消えてなくならない、このふたつが重要です。
ゲーミフィケーションの研究をしていると、人間はとてもポジティブな生き物だつくづく感じます。評価されることを求めているし、一生懸命働きたいとも思っています。自分の行為がきちんと形になることにとても興味を持っているし、他人と協力して働きたい、人には援助したいと思っているのです。
そういう人たちが、仕事がちゃんとできない、会社がつまらないと感じているとしたら、それは会社の責任が甚大なんですよ。
人がポジティブな生き物だということは、脳生理学や脳科学の進化によって10年ほど前から分かってきました。ゲーム心理学の研究が進んだことも大きいですね。ゲームプレイ中に、人間の脳の中では喜びを感じさせる化学反応が起こっていることも明らかになっています。
──ゲーミフィケーションという言葉が生まれた背景には何があったのでしょうか
山上:ゲームをする人の数、ゲーム人口が世界中で膨大なものになったという事実です。先進国では、子どもが20歳になるまでの間にゲームに費やす時間は1万時間にもなると言われています。つまり、ゲームという行動が極めて普遍的なものになったので、ゲーミフィケーションという言葉が生まれたのです。
ゲーミフィケーションは、自分と周りを幸せにする素晴らしいテクノロジーだと私は思いますね。20代の頃にこの技術に出合って勉強したかった(笑)。今回のセミナーで、ゲーミフィケーションをうまく使えばポジティブに生きることができるというメッセージを、受講される方々に送れるとしたら私も幸せに思います。
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