「おもてナビ」の特徴の一つは、「ARカメラ画面」にある。カメラはアプリに限らず画面幅をワイドに使うのが一般的であり、また、当時主流だったAndroid OS2.1は、カメラ画面で縦向きを選択できない仕様であったことから、あまり意識せず画面は「横向き(ランドスケープモード)」とした。確かに、エアタグはたくさん浮かぶし、画面両側外へとパンする動作を誘いやすい。
しかし、先に述べたように、横向き画面を目の前にかざすには両手を使わざるをえず、姿勢が長続きしない。それだけでなく、荷物を持って片手がふさがっていると道具として使ってもらえないこともわかった。
改めて、スマートフォン利用時の動作に注目してみると、当たり前のようだが多くのユーザーが画面を「縦向き(ポートレートモード)」にして、片手で操作していることがわかる。画面を見るときにはスマートフォン本体を裏側から包み込むように支えていた右手を、画面操作するときは右手全体を少し左回転させて、フリーになった親指を器用に動かしている。スマートフォンの大きさ、男性と女性、手の大小で若干の差があるものの基本動作に大差はみられない。
一方、「おもてナビ」が採用した横向きの場合、ユーザーの動作はどうなるだろうか。画面をみるときは、片手でも人差し指と親指でスマートフォンを挟み込むようにして持つことができるが、画面操作するときは、片手では親指がフリーにならないので上手に操作できず、両手に持ち替えざるをえないのである。
動作に無理があると、ユーザーは使いにくさを強く感じる。特に長時間使う観光ガイド用のアプリでは然りである。
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小さくともユーザーに共通した基本動作は、アプリのデザインに大きく影響する。「おもてナビ」の後継アプリとして開発した「下町そら散歩」は、アダプティブ・デザインを取り入れたうえで、不十分ながらもこの基本動作に忠実にデザインを試みた。
視覚は当然ながら画面全域をとらえるものの、実際に操作するボタンなどの範囲は限られている。ボタンをどこに配置したらよいか?答えは親指の腹の位置にあると考えるのが妥当である。また、右利きの場合、画面左側は腹部分で柔らかく、画面右側は指先に近い部位でより強く接触していることが多く、その点で右側に重要なボタンを配置した方が効果的ということもいえる。そこで「下町そら散歩」では、「ナビ開始ボタン」を画面中央右側に配置した。
アプリはユーザーの行動や動作に連動しないと使われる道具にならない。それは2週間かけて練り上げられる旅の計画でも、2時間かけてゆっくり歩くまち歩きの場面でも、一瞬の親指によるボタン操作の場面でも同じである。このように、ユーザーの行動を合理的に誘導することが、直接提供される情報サービスの質とあわせてアプリに求められてきている。
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こうした「おもてナビ」の経験を活かして、「下町そら散歩」は改めて大小の行動連動に注目することにした。これまで述べてきたデザインの他に、観光アプリであることから特に「旅」という大きな行動に注目した。
旅は、「どこかに行きたい」という発意から始まり、次に「どこに行くか」を決め、「どこに泊まるか」「どんな乗り物で行くか」「何を見るか」などと具体化していく。現地に入る前の計画の楽しみも旅の重要な要素である。
この計画段階では、観光ガイドブックや最近ではウェブページが主なメディアとして情報提供を担っている。しかし、現地に入った後は、分厚いガイドブックを持ち歩くことはほとんどなく、もっぱら紙一枚の「まち歩きマップ」がメディアとして活用されている。
計画支援のメディアと、現地案内のメディア。この二つのメディアを一つのアプリに併せ持たせようというのが「下町そら散歩」の基本コンセプトである。計画支援メディアとしては、施設検索やお薦めルートのシミュレーション機能などを用意し、旅の計画を支援する。一方、現地に入って「ナビ開始ボタン」を押すと、現地案内メディアが起動し、「おもてナビ」同様に詳しくガイドを行う。まち歩きマップとは比較にならない情報量がスマートフォン一つで提供できる。
また、二つのメディア(出口)に対して、入口であるデータベースは共通である。「下町そら散歩」では、まだまだ二つのメディアの違いを演出しきれていないが、ウェブページを含めて出口が複数あることを前提に情報収集や編集をしていればデータベースを個々に持つ必要はない。一つの観光地で観光データベースは一つあればよいことになる。これまでストックしてきた観光コンテンツに位置情報を付与しなければならないという課題を抱える観光地において、マルチディバイスへの対応は、データベースレベルでも進行している。
(次回に続く)
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