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「文脈の時代」がもたらす強力なサービスの光と影

2013.10.24

Updated by yomoyomo on October 24, 2013, 17:30 pm JST

海外においてアルファブロガーの代表に挙げられる古参にロバート・スコーブル(Robert Scoble)という人がいて、正直この人のブログを読んでためになったことはほとんどなく、というか読んでもいないのですが、シェル・イスラエルと共著した『ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』(原題は Naked Conversations: How Blogs are Changing the Way Businesses Talk with Customers)は、「ビジネスブログ版クルートレイン宣言」というべき、ブログを通じた企業と顧客の対話の重要性を訴える活気ある語り口が印象的な本でした。

そういう本を書いておきながら、後に Twitter や Friendfeed への中毒をマイケル・アーリントンにたしなめられたこともあり、最近は Google+ に熱中した時期もあったように記憶しますが、要は新しいウェブサービスに対する好奇心が人一倍強いのでしょう。

201310241730-1.jpgただ多数のフォロワーを持ちながらも、スコーブルのビジネスブロガーとしてのキャリアは順風満帆とはいえないようで、マイクロソフト退社後は PodTech から FastCompany、そして現在はクラウドベンダ企業である Rackspace と雇用先を転々としながらビデオポッドキャストを続けています。

そのスコーブルが7年ぶりにシェル・イスラエルとタッグを組んだ本が『Age of Context: Mobile, Sensors, Data and the Future of Privacy』なのですが、本の内容に触れる前に、ちょっと変わった執筆のための資金調達について書いておきます。スコーブルシェル・イスラエルの説明によると、二人は本を執筆するための資金獲得について以下の代表的なやり方を検討し、却下しています。

  • 従来からの出版:内容のコントロールを失う代わりに受け取る前払い金は減るばかり。出版社と契約することで本屋の棚と出版物への批評が確保できるが、それは以前ほど重要でなくなっている。
  • 自主出版:これなら内容を著者が完全にコントロールし、一冊売れるあたりに得る額も二倍、三倍になるが、話はそれほど簡単ではない。デザイン、編集、流通、宣伝すべてを自分たちで行うのはかなり大変。
  • クラウドファンディング:多くの読者に小額のお金を募るやり方だが、これは無名だが創造的な著者に有効な手法で、自分たちは無名ではなく、それなりに名も知れている。

そこで彼らは、ガイ・カワサキが『Ape: Author, Publisher, Entrepreneur-How to Publish a Book』において提唱する APE という自主出版の方法論を採用しつつ、『The Human Face of Big Data』という本で「ビッグデータ」に取り組む一風変わった写真家リック・スモーランに倣い(彼については、「(ギークだけでなく)誰もがビッグデータを気にすべき理由」という Wired の記事が参考になります)、企業スポンサーを募る手法を採用します。

そして Rackspace やマイクロソフトといったスコーブルの新旧雇用先をはじめ、Google Now の iPhone アプリ版にあたる文脈認識モバイルアプリを作る EasilyDoInstapaper や Digg を買収したことでも知られるデータ駆動型メディア企業 Betaworks、3D デザイン、エンジニアリング企業 Autodesk、ウェブデザインやモバイルアプリを手がけるインタラクティブエージェンシー MindSmack のスポンサーシップをとりつけ、ざっと10万ドル(!)の資金を調達したそうです。しかも、スポンサーは執筆する本の内容に干渉しないという条件があったようです。

従来からの出版においても前払い金(アドバンス)の制度などかなり違いがありますし、ガイ・カワサキの APE にしろ企業スポンサーにしろそのまま日本に持ってこれる話ではありませんが、10万ドルの資金のおかげで二人はフルタイムで本の執筆ができたというのですから相当なものです。

さて、肝心の『Age of Context: Mobile, Sensors, Data and the Future of Privacy』の内容ですが、ブログ一本足打法だった前著と比べると随分遠くに来たなと思わせる、しかし、スコーブルとイスラエルの新しいテクノロジーに対する強い好奇心と活気ある語り口は相変わらずな本でした。

本書は、我々自身並びに我々を取り巻く環境を理解する「文脈的テクノロジー」が、マーケティング、ショッピング、ヘルスケア、車の運転、広告といったいろんな面で我々の生活を大きく変えるぞ! と訴えるもので、キーとなる要素は以下の5つです。

  1. モバイル
  2. ソーシャルメディア
  3. ビッグデータ
  4. センサー
  5. 位置ベースサービス

これだけだと、そんなのもう聞き飽きたと言う人もいるでしょうが(「センサー」がピンとこない方には、手前味噌ですがワタシが4年前に書いた文章を紹介しておきます)、確かに興味深いサービスがいろいろ紹介されています。ソーシャル、ローカル、モバイルの頭文字をとった SoLoMo というマーケティング用語が一部で使われていますが、その先を見据えた内容ともいえるでしょう。

スタートアップも多数取り上げられていますが、「文脈の時代」という切り口でも最重要な位置を占めるのは(本書のスポンサーはマイクロソフトですが)Google なようで、文脈的サービスとしての Google Now、ウェアラブルテクノロジーの代表選手としての Google Glass、そしてセンサーとデータの塊といえる Google の自動運転車がフィーチャーされている印象があります。

個人的に興味深かったのは、著者たちがただ「ビッグデータ」を持ち上げるだけでなく、小規模で的を絞った文脈のデータを「リトルデータ」と呼び、リトルデータはビッグデータに勝つことを示唆している点です。

あと広告やマーケティング周りで、ドク・サールズの『インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済』を引き合いに出しながらも、「顧客が支配する経済」はちょっと行き過ぎで、もう少し企業側がイニシアティブをとってもよいのでは、と現実寄りなところも、クルートレイン宣言に大きく影響を受けながらも、その共著者との方向性の違いをうかがわせます。

このようにいろいろ読みどころのある本ですが、個人的には微妙な違和感が残るところもありました。それは個人的に Google Glass を知ったときに最初感じた嫌悪感に近いものがあります。これは個人的な嗜好性もありますし、ウェアラブルコンピュータが社会規範に受け入れられない話も関係するのかもしれませんし、あと本書表紙の男性の絵柄が蓮コラを連想させるのも少しだけ関係しているかもしれませんが、それだけではありません。

前著『ブログスフィア』と比べれば、『Age of Context』は遥かに我々にとって有用で効果的なテクノロジーを扱っています。センサーも位置情報も各種データも、人間が書くブログよりもずっと便利で効率的に使えるでしょう。しかし、「文脈的テクノロジー」は、ブログを通じたむきだしの対話にあった「人間の顔」が感じられないのです。

なんだか自分でもマヌケなことを書いている自覚があるのですが、「文脈的テクノロジー」のスマートさと洗練を知れば知るほど、それに生活を心地よくコントロールされることに不安も覚えるのです。本書には「信頼こそ新たな通貨」という章もありますが、NSA による PRISM 騒動の後になっても、Google などのこれだけ強力なサービスを提供でき、しかもそれを政府に渡しうる可能性のある企業を「信頼」できるか? という問題が残ります。それは本書の副題にもある「プライバシーの未来」についての記述への評価にも影響するでしょう。

本書については既にいくつか書評も出ていますが、個人的に面白かったのは(シェル・イスラエルも執筆者である)Forbes に載った Rawn Shah の書評です。

ここではなぜか「バットマン」と「アイアンマン」という二つのアメコミ(の映画版)が引き合いにされます。両者とも中の人はスーパーパワーを持たない大富豪という共通点がありますが、ブルース・ウェインに仕える執事のアルフレッドが時にウェインに逆らってでも彼を諌め、道徳的指針を示すのに対し、トニー・スタークにとってそれにあたる存在である人工知能(AI)の J.A.R.V.I.S. は、ただトニーの要求に応じてサポートする存在だというのです。

『Age of Context』において称揚される「文脈的テクノロジー」は、アルフレッドでなく J.A.R.V.I.S. であり、顔がなく道徳的指針を示すこともありません。Rawn Shah はやはりスーパーパワーを持たない人間として、それに少し危惧を抱いているようですが、これは以前書いた今のインターネットにはセレンディピティが欠けているという話に通じるものがあるように思いますし、あと既に日本で出ている本では小林雅一『クラウドからAIへ アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』が共通する内容を扱ってそうですが、こちらは未読のためこれ以上の言及は避けます。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。