昨年から本ブログで取り上げようかと思いながら、どうも気が乗らなかった話題に P2P ベースのデジタル仮想通貨 Bitcoin があります。
昨年後半から IT 系ニュースサイトでこの名前が話題になることが目立って多くなり、そうでなくてもマイクロペイメントの夢を追ってきた人間としては、いやぁ、当然ワタシも大昔から目をつけてましたよ、とばかりにいっちょかみしておきたい気持ちはあったのですが、一方でどうも話題の波に乗ることへの不安を感じていました。
ただ昨年末、なぜかワタシも参加できた ICPC 2013秋会合において、人間的な好き嫌いはまったく別として仕事に敬意を払っている八田真行氏らの話を聞いて、その試みに面白みを感じるところまでは来たように思います。
この文章を読まれている方で Bitcoin についてあまり知識がない方は、まずは Bitcoin Project が公開している日本語字幕付き解説動画をご覧になるのが一番手っ取り早いでしょう。
そして、Bitcoin の具体的な仕組みについては山崎重一郎氏のスライド、仕組みの話に加えて実際の利用の現状とその問題については楠正憲氏のスライドが、日本語で読める分かりやすい資料でしょうか。
今年に入って、ポルノこそ Bitcoin のキラーアプリになるのではという、歴史上何度も繰り返されてきたキラーアプリとしてのポルノ待望論を目にして苦笑いしたものです。Bitcoin を使った取引は履歴が分散データベースで公開されるものの、同時にセキュアで匿名性が保たれると言われます。が、その匿名性については2011年の時点で疑う声があがっていたりします。ポルノを買いまくった人が、個人特定されて大恥かきませんように(笑)
しかし、ワタシが Bitcoin に感じる不安というのはそうしたレベルの話ではありません。ずっともやもやしたものを抱えていたのですが、そのあたりを突く批判と、それに対応する擁護論の両方が偶然にも年末年始に公開されているのを知ったので、それを紹介したいと思います。
まず批判のほうは、斉藤賢爾氏の「ビットコイン─人間不在のデジタル巨石貨幣」(リンク先 PDF ファイル)です。斉藤賢爾氏は、中本哲史(Satoshi Nakamoto)なる正体不明の人物をはじめとする Bitcoin の設計者たちは、現代の貨幣システムに以下の問題を見ていると書きます。
できるだけ自由かつグローバルな貨幣システムを目指す裏にある、国家や銀行の介入に対する忌避感はリバタリアン的発想と言えます。そして、Bitcoin の設計者たちのバックボーンとなったのは、「信用ではなく、暗号学的な証明に基づく支払いシステムをつくる」という宣言からも分かる通り、サイファーパンク的な自負です。
これに対して斉藤賢爾氏は、現行の貨幣システムの問題を解決するはずの Bitcoin は、それが生むのと何ら変わらない問題を、もう一度生み出すに過ぎないと批判します。何より斉藤賢爾氏が批判するのは、Bitcoin の設計には人間に対する信用という概念がなく、人間が不在であることで、これは Bitcoin の設計の背後にあるリバタリアニズムに対する批判と言えるでしょう。
Bitcoin の設計背景にリバタリアニズムを見るのは彼だけではなく、例えば一貫して Bitcoin に懐疑的な経済学者ポール・クルーグマンのコラムでワタシは知ったのですが、フリーソフトウェアへの造詣が深い SF 作家のチャールズ・ストロスも、Bitcoin は中央銀行と貨幣を発行する銀行に打撃を与えるべく設計された武器であり、収税し自国民の金銭的取引を監視する国の能力に打撃を与えようとするリバタリアンな政治的企てであり、Bitcoin は地獄の火の中に投げ込まれて死ぬべきであると書いています(ちょっと誇張あり)。
ここまでの批判に対して紹介したいのは、投資家、起業家のクリス・ディクソン(Chris Dixon)が書いた Why I'm interested in Bitcoin という文章です。
この文章はまず、Bitcoin の支持者にリバタリアンが多い(が、自分はオバマ支持の生まれながらの民主党支持者であり、リバタリアンじゃないよ)という話から始まります。
初期の Bitcoin の支持者にリバタリアンが多かったのは確かだが、IT 周りの重要なムーブメントを突き動かしたのはいつもイデオロギー的な動機だったとディクソンは指摘します。最初のパーソナルコンピュータは1960年代のカウンターカルチャー文化と密接なつながりがあったし、オープンソースにしろ、ブログにしろ、Wikipedia にしろ、その勃興の背景にはイデオロギーがあった、と。
それならリバタリアンでないディクソンはなぜ Bitcoin に興味をもったのか? 以下、ディクソンの主張を軽くまとめておきます。
やはり2008年の世界的な金融危機がでかかった。あの危機のピーク時、合衆国政府はなすべきことをしたとは思うが、その後金融システムを改革するチャンスを逃してしまった。金融システムを改良するやり方は二通りある。法規制にとってトップダウンに行うか、競争を通じてボトムアップに行うか。
仮に(自分が投資する)テクノロジー産業が金融サービス産業を変えようと思っても、既存の金融サービス企業の上では新しいサービスを作るというのはありえない。例えて言うなら、Google や Apple のプラットフォーム上でサービスを作ることで Google や Apple を打倒しようとするようなものだ。本当にインパクトを与え、大きなビジネスを生み出すには、既存の金融産業を完全に迂回して出し抜くサービスを作る必要がある。
銀行やクレジットカード会社は、金利やら個人の商取引で大層儲けているわけだが、新しいペイメントサービスをやろうと思ったら、既存の銀行やクレカ会社に依存してたんじゃ破壊的存在にはなれっこない。
自分が Bitcoin に興味を持ったのはおよそ二年前で、最初は多くの人と同じく、投機バブルでお金をするか、インフレを怖がる人がお金をしまっておくところだろうと片付けていたのだけど、あるときひらめいて、Bitcoin ってペイメント産業をより良く、より安価に再構築可能なソフトウェアプロトコルと考えるのが一番いいと気付いたわけ。
ペイメント産業って5000億ドル産業だよ。つまり、銀行とクレカ会社はサービスの料金に毎年5000億ドルを課してるわけだけど、いくら彼らが信用やらセキュリティやらトラブルの解決を負ってるとはいえ、ペイメント産業はボリすぎで、少なくとも桁一つは小さくなってしかるべきなんだ。自分の経験上、スタートアップ企業にとって支払い手数料こそすごい頭痛の種なわけで、同時にユーザにとっても足かせになっている。
でも、Bitcoin の一番エキサイティングな(しかも、危険をはらんでいるのは認めなければならない)ところは、「プログラム可能なお金」があらゆる面白く新しいビジネスや技術モデルを可能にするところだ。例えば、自分はマイクロペイメントについてとても楽観的に考えている。なぜって、iOS や Android のアプリ内課金という世界規模のはじめてのマイクロペイメントの実験が、深刻な設計上の欠陥(中央集権的支配や、胴元がアプリ価格の30%をいただくなど)があるにもかかわらず、世界中で行われており、しかも大成功してるわけで。Bitcoin はオープンなウェブにマイクロペイメントのシステムを可能にするもので、ジャーナリズムなど多くの重要なサービスにバナー広告に頼らないビジネスモデルを提供できると思うんだ。
何も Bitcoin が世界の経済を救えるなんて言いたいんじゃない。テクノロジー産業は、新たな活動を可能にするか、あるいは既存の活動をより安価にする製品なりサービスを生み出すビジネスなんだ。投資家はそうした新しい製品やサービスを作ろうとする実験を行う起業家に資金を与えるのが仕事だ。テクノロジー産業が金融サービスを意味ある形で改良できるとしたら、それは既存の企業に頼らない新サービスの立ち上げによってのみ可能になるになるんじゃないかな。Bitcoin はペイメント産業を劇的に改良する重要な提案なんだ。未解決の問題はたんと残っているけど、やってみる価値のある実験だと思うんだ。
──以上がクリス・ディクソンの主張ですが、テクノロジー産業のスタートアップに投資する人間として、シリコンバレー的価値観からそうした背景に留まらない Bitcoin の可能性を擁護しており、ワタシの曲解かもしれませんが結果的にそのリバタリアニズムの擁護にもなっているように思います。
Bitcoin を「プログラム可能なお金」と表現し、お金がソフトウェアだったらずっと可能性が開けるという見方は、かつてソフトウェアはすべての産業と仕事を大食いしていると宣言したマーク・アンドリーセンを思わせますが、クリス・ディクソンはそのアンドリーセンが共同創業者であるベンチャーキャピタル Andreessen Horowitz のパートナーであり、その Andreessen Horowitz は、Bitcoin を使った決済を容易にするアプリ Coinbase に昨年末2500万ドル投資しており、また改良版 Bitcoin を名乗る OpenCoin にも投資するなど抜かりないところをみせています。
2014年に入っても Bitcoin 絡みの話題は尽きませんが、果たしてこの実験は今年どのような展開を見せるのでしょうか。
Twitter の創業物語の裏側にあった創業者たちの暗闘を暴露したベストセラー『Hatching Twitter』においてその冷徹さと強面ぶりが印象的だった著名投資家のフレッド・ウィルソンがお勧めしていた Bitcoin 2014 - Top 10 predictions における10の予測を紹介して本文を締めることにします。
今の時点では予想としてまあまあ良い線行ってるように見えますが、果たして今年の終わりにはどうなっていることでしょう。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。