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霞ヶ浦のシラウオ漁を持続可能に、AI活用で負のスパイラルから脱却

2023.12.11

Updated by Naohisa Iwamoto on December 11, 2023, 06:25 am JST

AI(人工知能)の活用が叫ばれる一方で、PoC(概念実証)止まりで実業に有効に生かせないケースも少なくない。そうした中で、茨城県行方市(なめがたし)とDX支援などを手掛けるima(あいま)は霞ヶ浦の特産品であるシラウオをAIで目利きするプロジェクトを推進している。単にAIを使って匠の技を置き換えるだけでなく、漁業の持続可能性を高める大きな目的の中にAIのテクノロジーをはめ込んだプロジェクトだ。

▼シラウオの品質判定機器について説明する行方市の鈴木市長(右)とimaの三浦社長

霞ヶ浦は、日本第2位の湖面積をもつ淡水湖で、茨城県南東部に位置する。流域には多くの市町村があり、その中の1つが行方市だ。行方市長の鈴木周也氏は「霞ヶ浦では古くから漁業が盛んだった。一方で、食文化の多様性、魚価の低下、漁業者の高齢化などから漁業の存続が危ぶまれるようになってきた。霞ヶ浦の漁業が持続可能な産業であり続けられるようにするため、2021年度に『霞ヶ浦シラウオ×AIプロジェクト』を立ち上げた」と語る。

シラウオは淡水魚で、産地の霞ヶ浦には市場がない。収穫したシラウオは、低価格で地元の佃煮などの加工業者に買い取られる慣習が続いていた。魚価が低いことから漁業者は漁獲量を増やすことで収益向上を図っていたが、近年では漁獲量も減少し収益性が低下していた。鮮度よりも漁獲量を優先する傾向もあった。

▼行方市のシラウオ漁の課題

こうした状況は、霞ヶ浦のシラウオ漁に負のスパイラルをもたらしていた。「人口減少、市場減少により魚価が低迷し、漁業者の収益が悪化する。それにより担い手が不足し、さらに水産資源の減少が追い打ちをかけて漁業者が減少する。実際、シラウオの魚価は2014年の1kg1200円台から2020年には800円台へと低下、漁業者は2011年の約500人から2022年までの10年余で半減して250人を下回った」(鈴木氏)。

霞ヶ浦シラウオ×AIプロジェクトは、こうした負のスパイラルを断ち切るための方策として立ち上がった。さらにシラウオをAI活用のテストケースにすることで、霞ヶ浦で漁獲される100以上の魚類や、水産物以外の農産物のブランディングに活用する期待もある、産学官民の連携により、「持続可能で強い水産業の実現」という課題の克服の実践が始まった。

漁業者も同じく課題解決の必要性を強く感じていた。漁師で、なめがた地域活性化協議会の会長を務める伊藤一郎氏は、「漁師の思いとして、新鮮なシラウオを食べてもらいたいという気持ちがある。AIを活用し、新鮮なシラウオを全国に届けることがプロジェクトの目的だ。さらに、プロジェクトを成功させることで、漁師を目指す若者が増え、地域が元気になることを目指す」とプロジェクトが持つ意味を説明する。

AIでシラウオの鮮度を判定し、ブランディングへ

産官学民連携の霞ヶ浦シラウオ×AIプロジェクトで、行方市と手を組んだのが社会のDX化の支援を掲げるimaである。同社代表取締役の三浦亜美氏は、「独自の文化圏を持つ行方市の漁業が負のスパイラルに陥っていることを知った。AIという最新技術で目利きをしたら、サステナブルな農業が実現できるのではと考えた。AI活用は、若手の参入のきっかけにもなる。AIをツールとして、モノトーンだった負のスパイラルをカラフルなプラスのスパイラルに変える取り組みを進めた」と語る。

▼AI活用をトリガーにして正のスパイラルをもたらす施策

中核になる技術は、AIによりシラウオの品質判定を行い、シラウオの格付けを行うこと。これにより、シラウオのブランド化を推進する。白魚漁の衰退と品質劣化が引き起こしていた負のスパイラルを断ち切るための施策である。一方で霞が関シラウオ×AIプロジェクトの特徴は、AIを活用した施策という「点」だけの改革ではなく、シラウオ漁を取り巻く社会的なスパイラルの全体を改革していくことを目指したことにある。AIでシラウオを目利きしてブランド化をすることをきっかけに、ブランド価値、商品価値の向上を実現し、漁業家の収益の拡大が可能になれば、人材や技能の継承と拡大につながる。サステナブルな漁業の実現という目標にたどり着くループが出来上がるわけだ。

スパイラルには複数の経路がある。ブランド化により、佃煮加工業者による買取から飲食店やECなどの直販経路の開拓にシフトし、価格の適切なコントロールを可能することでさらにブランド価値を高めることができる。価格が適正化されれば、漁獲量に頼るビジネスからの脱却が可能になり、環境保全につながる。同時に、AIによる目利きを通じてシラウオ漁の改良や品質改善にも期待できる。もう1つ、ブランド化したシラウオ漁を体験する「霞ヶ浦漁業ツーリズム体験」の事業化も推進する。漁業者が、シラウオ漁を体験型のサービスとしてマネタイズできるようにする施策だ。

こうした大きな変革を目指す上で、不可欠なアプローチとして三浦氏は、「AI技術による品質判定の実現と、直接販路の開拓、鮮度保持基準の整備、判定・分類基準の整備の4つがある。その上で将来的には認証システムの運用を視野に入れている」と語る。

2021年から2022年にかけて、核となるAI技術による目利き技術の開発と、直販の経路開拓を実施した。漁業者の目利きをAIに学習させるために、収穫したシラウオを1kgなどごとに透明なケースに格納。これを撮影した画像に対して、匠が下した品質判定を教師データとして用意した。「透明率や光の直線率、黒目と白目の割合、そして鮮度が低いときに目玉が飛び出た形になる“ぶどう目”などが鮮度判定の基準になっていることをAIが学習した。現在では、透明な箱に入れたシラウオを品質判定機器にセットして、判定ボタンを押すだけでS、A、B、Cのランク付けができるようになった」(三浦氏)。2023年の漁の時点までに、AIの判定モデルは信頼度80%を実現し、匠の目利きによらず自動判定が可能になった。

▼AIでシラウオの品質判定を実現するプロセス

直販経路の開拓では、都内の高級飲食店などへのサンプル提供を行い、これまで約70店舗が受け入れて「品質が良い」「美味しい」「生きが良い」といった評価をもらえた。その上で、「2023年には高級飲食店の9店舗と取引を始めることができた。AIを使って品質管理を徹底したことで、これまでの市場価格である佃煮加工業者の買取価格の1kg当たり1500円程度から、4~5倍の買取価格を実現した。実際に朝採れたシラウオを東京まで小一時間で運べるため、CO2排出も抑えられる。非常に価値があることを認識してもらっている結果だ」(三浦氏)。

鮮度保持から分類まで次の一手を開発

2023年度には、さらに鮮度保持基準の整備と、判定・分類基準の整備に手をつけた。ブランド化の実現と持続可能性のために不可欠なアプローチである。

シラウオは小さな魚であるだけに、痛みやすい。底引き網の一種のトロール漁で収穫するが、網を長時間曳けば収量が増える一方で、鮮度が維持できなくなる。鮮度のために、曳く時間は45分以内、陸に到着するまでの1時間以内に水揚げを基準とした。船上では氷水でよくまぜて冷やすこと、運搬用の箱に入れる際は7~8kg程度までにすることを洗浄処理のルールとして決めた。さらに陸揚げ後、1時間以内にAIによる鮮度判定をしてパッキングを行い、出荷まで5℃以下で保持する。こうした基準を設けることで、鮮度を保てるようにした。

その上で、判定の基準に名前をつけた。東京などへ直販で提供するのは、AI判別の「S」「A」のシラウオだ。それ以外は移動により鮮度が落ちる可能性が高く、佃煮などの加工用に選別する。さらにSとAのシラウオに対しては、大きさにより風味が異なることから、それぞれに商標を付けてブランド化する。「7~8月の4~5cmのものは『清澄』、9~10月の7~8cmのものは『清盛』、11~12月の10cmのものは『清壽』と名付け、商標を申請した。2024年度の漁からは、imaにより認証を開始し、将来的には行政や業界団体と連携して認証の運用を制度化していきたい」と三浦氏は語る。

▼次の一手としてシラウオの認証を推進

行方市長の鈴木氏はこうしたプロジェクトの歩みについて、「漁業は継続が必要で、そのためには収入があることが重要だ。これまでは佃煮などの加工が中心だったが、AI判定をきっかけにして消費者の顔が見える漁業に展開していきたい。地域の人達が離職しないで住み続けてもらえる特徴ある街のブランディングの1つのパーツが、霞ヶ浦シラウオ×AIプロジェクトにあると思っている」と語る。AI活用だけでなく、さまざまな波及効果をデザインして地域活性化と持続可能性につなげるプロジェクトが、現実のものとして動き出したところだ。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。